第547話 妖艶な踊り子

 酒場の二階は、部屋の中心にある円形の舞台を中心に、それぞれの机が隣り合わないように十分な間隔をもって配置されていた。


 そのお蔭で、大きなロキがシドたちの卓に一緒についても、周囲に迷惑をかけることはなかったが、それ故にシドたちは中央の舞台について近くの人たちに聞くこともできず、ロキがいるからか周囲から注がれる奇異の視線に耐えながら料理が来るのを待っていた。



 そうして待つこと数分、


「お待たせ~」


 相変わらず目のやり場に困る格好をした受付の女性が両手いっぱいに皿を持って現れ、シドたちの机に料理を並べていく。


「とりあえずシドが肉を食べたいって言っていたから、肉を多めに持って来たわ」


 そう言って置かれた皿には、こんがりと揚げられた手羽先肉が山と盛られていた。


「表面は鶏肉だけど、中には牛や豚の肉も入っているから好きなだけ肉を食べてちょうだい。わんちゃんたちの分は、また別に持ってくるから、気にしなくていいわ」


 そう言って二つあった山盛りの肉の皿の一つを、ロキの前に置いてやる。


「ヘヘッ、助かるぜ」

「あ、ありがとうございます」


 正に肉祭りと言っても過言ではない皿の登場に、シドは舌なめずりをして喜ぶが、対するソラは冷や汗を垂らしながら若干引き攣った笑みを浮かべる。


「フフ、ソラ……安心していいわよ」


 ソラのリアクションを見越していたのか、受付の女性は二つ目の皿を机の上に並べる。


「こっちには野菜と果物を盛っておいたわ。ご所望のオリーブもこっちに入っているから、ウサギちゃんに好きなだけあげてね」

「――っ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですか? こんなにも沢山……」

「フフッ、大丈夫よ。この店は食べ物以外で採算を取ってるからね。ソラたちみたいに、ごはんだけ食べて行くお客様も多いのよ」

「そ、そうなんですね……」


 受付の女性の気遣いに、ソラは恐縮しながら小さな赤い木の実を一つ手に取って口に放る。


「……美味しいです」

「それは良かったわ。ソラ、あなたは育ち盛りなんだからたくさん食べなきゃダメよ」

「は、はい、わかりました」


 まるで本当の姉のような態度で注意してくる受付の女性に、ソラは頬を赤く染めながら恐縮したように頭を下げる。


 ソラの殊勝な態度に、受付の女性は双眸を細めると、手を伸ばして彼女の頭を撫でる。


「フフッ、あなたのお蔭で、なんだか本当に故郷の姉妹たちを思い出しちゃった。よかったら、サービスするからまたお店に遊びに来てね」

「は、はい、必ず」

「ありがと。この後はあっちの舞台で私も出るちょっとした催しがあるから、よかったらそっちも見ていってね」


 最後にもう一度ソラの頭を撫でた受付の女性は、小さく手を振りながらまた受付の仕事に戻るのか、二階から立ち去っていった。




 受付の女性を見送ったソラは、ハンカチを取り出してオリーブといくつかの野菜と果物を見繕うと、うどんの前へ置きながらシドに話しかける。


「いい人でしたね」

「そうだな。あたしよりよっぽど姉の仕事をしていたな」


 姉としての格の差を見せつけられたからか、器用に骨だけ残して食べ終えた手羽先肉を置きながらシドは唇を尖らせる。


「もう、姉さんは姉さんですよ。心配しなくても、私は姉さんが姉さんで良かったと思ってますからね」

「わかってるよ……別にあたしはへそを曲げちゃいないよ」


 フォークを手にしたシドは、手羽先の奥から出てきたたっぷりとソースが付いた牛肉を口に運びながら話す。


「あの人、ソラを見て故郷の姉妹を思い出したって言ってただろ? 大体の事情は察するけど、あの笑顔の裏には相当苦労してるんだろうな、って思っただけさ」

「姉さん……」


 シドの言葉を聞いて、ソラもまた顔を伏せる。


 別に自分たちだけが特別に辛い目に遭ってきたとは思っていない。


 あの受付の女性のように、シドたちとは別の意味で苦労している人たちは沢山いるはずだ。

 今回はその一端を見ただけなのだが、そう簡単に割り切れるほどシドたちは大人ではなかった。

 かといって、受付の女性の今後の人生を背負えるほどの権力があるわけでも、財力があるわけでもない。


 今のシドたちにできることは、限られていた。


「……よしっ!」


 シドは気合を入れるために一際大きな肉の塊に勢いよくフォークを突き立てると、大口を開けて一気に頬張る。


「特に何かできるわけじゃないけど、あの人、あの舞台で何かするって言ってただろ? だからせめて、あの人が出てきたら、精一杯応援しようぜ」

「そう……ですね」


 ソラも姉に続けと手羽先肉を手にして小さな口を開けて頬張り、ピリ辛に味付けされた肉の美味しさに小さく頷く。


「あの方の様子だと、これから楽しい催しものが開かれるみたいですから、私たちも精一杯楽しみましょう」

「そうそう、この席、本当はめちゃめちゃ高い料金払わないといけないみたいだから、きっと凄いものが見られるぜ」

「ええ、楽しみですわね」


 そう言って姉妹は笑顔で頷くと、受付の女性が言った催し物が始まるまで大量に用意された料理に舌鼓を打った。




 だが、その後に始まった舞台での催し物は、二人が想像していたものとは随分と違っていた。


 最初に現れたのは、水着を着た女性たちによるラインダンスで、陽気な音楽に合わせて一糸乱れぬ動きを見せるダンサーたちの妙技に、シドもソラも目を輝かせてパフォーマンスに見入った。


 その後も、手品を披露したり火を噴いたりと次々と女性が現れては各々特技を披露していき、シドたちはその度に一喜一憂したのだが、どうしてか周りの反応はそれほどでもなかった。

 盛り上がりにかける客たちを見て、シドたちは失礼な奴等だと思っていたが、彼等の目的はここではなかったのだ。



 それはいくつかの見世物の後、受付の女性が現れた時だった。


「よっ、待ってました!」

「アイシャちゃん。今日も可愛いよ!」


 受付の女性が舞台の上に現れた途端、多くの客たちがまるで眠りから覚めたように大きな声で騒ぎ出したのだ」


「な、何だ……」

「あの人、凄い人気なのですね」


 湧き上がる客たちにヒラヒラと笑顔で手を振る受付の女性、アイシャを見てソラは彼女に特別扱いを受けたことに少しだけ誇らしい気持ちになる。


 そんなソラの視線に気付き、笑顔で手を振ったアイシャは、舞台の中央に立って制止すると、緩やかな曲に合わせて優雅に踊り出す。



「…………キレイ」


 紫色のスカーフを身に纏い、ゆったりとした所作で音楽に合わせて踊るアイシャの美しさにソラは目を奪われる。


「ああ、凄いな」


 踊りに関しては全くの無知だが、それでも一切の無駄のない、洗練されたアイシャの動きに、格闘技にも通じているシドも感嘆の声を上げる。

 これなら集まった男たちがアイシャに惚れ込むのも納得できると思っていた。


「……ん?」


 だが、次の瞬間、アイシャが紫色のスカーフをゆっくりと開き、局部だけを隠した極端に布面積の少ない下着とも言えない姿になった途端、シドは眉を顰める。


「…………まさか」


 そう思ってソラの方を見ると、彼女もこれから何が行われるのか察したのか。驚いた顔で姉の顔を見ていた。



 そうこうしている間に、スカーフを腰に巻き付けたアイシャは、背中に手を伸ばして胸を覆う留め具を外しにかかる。


 それを見た集まった客たちから「うおおおおおおおおおおおぉぉ……」という期待に満ちた叫び声が上がる。

 男たちの声を聞いたアイシャは、可愛らしくウインクをすると、期待に応えるように勢いよく胸を覆う布を取り払って豊かな双丘を衆目に晒した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る