第532話 変わる環境、変わるものたち

 ロキの背中にミーファとニーナちゃんを乗せ、俺は早朝の草原をゆったりとした足取りで歩く。


「ドジでのろまなトントバーニィ……」

「みんなが毛皮を着替えたのに、着替えの仕方を忘れてしまってさあ大変……」


 二人の少女が歌う牧歌を耳にしながら、俺はすっかり元通りになった牧場を見やる。


 嵐によって穴だらけとなった牧草地帯も平地に戻り、ところどころ土が剥き出しになっているが、一部は早くも芽が出てきており、改めて植物の逞しさを知った。


 道なりに備えられた柵も、少しでも痛んでたところは全て改修したので殆ど新品同様になっており、例えギガントシープのトニーが体当たりをしても早々に壊れないはずだ……多分。



 まあ、俺は後半はベッドの上でうんうん唸っていただけなので、作業の殆どはシドとソラ、そして荷運びを手伝ったロキによる恩恵が大きい。


「本当……皆、よく頑張ったよな」

「あっ、ミーファもたっくさん、おてつだいしたよ!」


 すっかり綺麗になった納屋の全貌を見ながら感慨深げに呟くと、ミーファが俺の袖を引っ張りながら声を上げる。


「あのね、ミーファ、ぼくじょーのために、いっぱい、いいいっっっぱい、おてつだいしたんだよ」

「本当ですよ。ミーファちゃん、コーイチさんの分まで働くって、遊ぶのそっちのけでパパとシドさんのお手伝いをしてたんですから」


 ニーナちゃんが補足してくれると、ミーファは「むふ~っ」と鼻息を荒くしながら誇らしげに胸を張る。


「そうか……」


 ニーナちゃんの話を聞いて、俺は不覚にも泣きそうになった。


 数週間前に大嫌いと言われたところから、関係を修復できただけでも泣くほど嬉しかったのに、まさかミーファが自発的に俺の分まで働いてくれていたなんて……子供の成長を喜ぶ親の気持ちがわかったような気がした。



 俺は「ずびび……」と鼻をすすりながら、手を伸ばしてミーファのふわふわの頭をこれでもかと撫でる。


「ミーファ、ありがとな。本当、よく頑張ったぞ」

「えへへ……」


 にへら~と相好を崩して笑うミーファを見て、俺もまた笑顔がこぼれる。


 牧場が元に戻るだけでなく、装いも新たにパワーアップしたように、俺とミーファの関係もより深く、より強い絆で結ばれたような気がした。

 本物の父親にはなれないけど、ミーファが大きくなるまで親代わりとしてこれからも見守っていきたいと強く思った。




 次にやって来たのは、マーガレットさんが管理している牧場の畑だ。


 ここら辺りは嵐による被害は少なかったが、ガルムの手引きでトントバーニィを狩るために大勢の魔物がやってきたので、マーガレットさんが丹精込めて作った農作物に少なからず被害が出た。


 といっても、殆どが収穫を終えたものだったので、被害金額はそこまででもなかったが、ぐちゃぐちゃに荒らされた畑を元に戻すのは一苦労だったようだ。



 畑の修復作業には、元々は農家だったというリーダーの男性以下、四人パーティーの面々が手伝ってくれ、謝礼にと抱えきれないほどの農作物を貰ってホクホク顔で帰っていったという。


 ……何だかあの人たちは、この先もずっと今日のご飯について心配していそうだな。


 なんて思ったが、それもまた人生、と思って割り切ることにする。

 それに、俺たちがここに来た目的は、畑の様子を見るためではない。


「んしょ」


 畑に到着すると同時に、颯爽とロキの背中から飛び降りたミーファは、とてとてと走りながら奥の森へと行き、両手を口に当てて大声で叫ぶ。


「お~い、うど~ん。ミーファがきたよ~~~!!」



 そうして何度かミーファが森に向かってうどん君を呼ぶと、


「プッ!」


 可愛らしい鳴き声を上げながら、長い耳のシルエットが森の中から次々と出てくる。


「ププッ!」


 その内の一匹が勢いよく飛び出すと、大きく跳んで両手を広げたミーファの胸に飛び込む。


「ププゥ!」

「うん、ミーファだよ。おはよう、うどん」


 うどん君を正面から受け止めたミーファは、ふわふわの毛並みにこれでもかと頬擦りをする。



 あの後、トントバーニィたちは、牧場の畑の近くにある森の中を新たな住処とした。

 森の中が他の比べて涼しく、彼等にとって過ごしやすいというのもあったが、最大の理由はこの畑で栽培されているオリーブだった。


 マーガレットさんが丹精込めて作ったオリーブにすっかり魅入られたトントバーニィたちは、ここで畑仕事をする彼女を、耳の奥に隠された刃物で守る代わりに、報酬としてオリーブをいただくという契約を交わしたという。


 ミーファとロキが間に入って交わされたというこの契約は、双方にとってウインウインな関係のようだった。



 また、新たな地で暮らし始めたトントバーニィたちに、この一か月である変化が生まれていた。


 それは、彼等の毛色がトントバーニィを示す白から、夏の毛皮とも言える茶に変わっていたということだ。


 どうしてこれまで変化がなかったトントバーニィの毛色が、この辺によくいる野ウサギと同じように変わったのかは定かではない。

 これはあくまで推論だが、ガルムという自分たちを魔物に変えるかもしれない脅威がなくなったことで、本当の意味でトントバーニィが野生へと戻ることができたのかもしれないということだった。



「ププッ!」

「プィプィ」

「キキーッ!」

「わわっ……」


 トントバーニィについてあれこれ考察していると、気付けばミーファが茶色の毛玉に囲まれてあたふたしていた。


「もう、ちょっとまって!」


 ミーファは大きな声を上げてうどん君を下ろすと、ずらりと並んだ七羽のトントバーニィに向かって諭すように話す。


「みんないっしょは、あぶないからだめだよ。いい? うどん、そうめん、ひやむぎ、きしめん、はるさめ、さらしな、しらたき」

「「「「「「「ププゥ……」」」」」」」


 ミーファの言葉に、七羽のトントバーニィは揃ってがっくりと項垂れて「ごめんなさい」と謝る。


「うん、えらいえらい」


 おとなしくなったトントバーニィたちを、ミーファは一羽ずつ頭を撫でながら褒めていく。



 ちなみにトントバーニィそれぞれに名前を付けたのは、うどん君だけ名前をもらったのはズルいという声が、うどん君のお姉さんから上がったからだ。


 じゃあ残りの六羽はどうしようとミーファに相談を受けたので、俺はうどん君にあやかって考え得る白い麺の名前を次々とつけていった。


 最後の方はかなり苦しかったが、幸いにも誰からも名前については苦情が出ることはなく、それぞれが自分の名前に誇りを持ってくれている。



 ちなみに、見た目が完全に同じトントバーニィの個体を見分けられるのはミーファだけで、俺は彼等と会話をすることでようやくわかる程度だった。


「フフッ、あのね、きょうはみんなにおはなしがあってきたの」


 そんなトントバーニィたちから絶大な信頼を寄せられているミーファは、横一列に並んだ七羽を前にここに来た理由を話す。


「あのね、ミーファ。みんなにおわかれをいいにきたの」

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