第513話 降伏宣言
「さあ、野郎共。金のためにキリキリ働けよ!」
偉丈夫が大声を上げると、俺たちを囲む冒険者たちの輪が縮まる。
「シド……」
「わかってる」
素早くシドと背中合わせになって周囲に目を向けると、俺たちを取り囲んでいる連中は、軽装が多かったはずの冒険者たちと違い、長剣や長槍、斧といった明らかにトントバーニィを捕まえるために来たとは思えない装備品が目につく。
いや、その中に数人、裸同然の徒手空拳の者たちが数人いる。
どうしてそんな人物が? と思うが、よく見ると彼等の目が赤く腫れていたり、顔に殴られたような痕が見えたりしている。
そして何より、全員の手足にロープで縛ったような痕が見て取れた。
「彼等は……」
「おおっと、気が付いたか? そいつ等はお前たちが無力化した連中だよ」
俺の呟きに、偉丈夫が目敏く反応して嬉々とした声を上げる。
「ありがたいことに、わざわざ装備を剥いで転がしてくれたからよ。ついでに残った身ぐるみを剥いで、荷物を担保に俺様たちの新たな配下に加えさせてもらったよ」
「……本当に下衆野郎だな」
「ヘヘッ、最高の褒め言葉だ」
シドの吐き捨てるような言葉に、偉丈夫はニヤリと前歯のない歯を見せて笑う。
偉丈夫の考え方は本当に徹底して最低だが、被害を受ける立場となると、非常に厄介であることがわかる。
先ず偉丈夫の仲間は、対人を想定して完全武装しているので、実力は未知数だが真正面から戦うのは危険過ぎるということ。
何より連中は、普段から弱者をいたぶることに対して躊躇いを見せるどころか、嬉々として襲いかかってくるだろうから、命を奪わずに無力化させるとなると難易度は跳ね上がる。
次に、身ぐるみを剥がされて裸同然で立っている冒険者たち……彼等は俺たちに対して明確な敵意を持っているし、ここで成果を出さないと四人の少年の二の舞を演じることになると思い、躍起になっている可能性がある。
しかも、一度俺の手の内を見せてしまっているので、いくら装備なしとはいえ同じ手が通じるほど甘くはないだろう。
つまり俺たちは、殺傷能力が高い実力が未知数の無頼漢と、こちらに殺意を抱いている冒険者たちを同時に相手にしなければならないということだ。
数は偉丈夫を含めても十人程度と多くはないが、俺とシドで同時に全員を相手にするのは流石に骨が折れる。
シドが雇用した四人の冒険者たちが来るまで時間稼ぎをするという手もあるが、いつ来るかわからない上に、四人が彼等より強いという保証もない。
それに実力が拮抗していると誰かが怪我をしたり、致命傷を負ったり、最悪死んでしまう可能性もある。
俺が不殺を願ったばかりに、必要のない被害が出るのは避けたいところだ。
「仕方ない……か」
この状況を切り抜けるために、俺は奥の手を使うことにする。
「シド、アレでいくよ」
「そうか、それじゃあコーイチの名演技、見させてもらうよ」
「善処します」
期待を込めた目で見てくるシドに苦笑で返しながら、俺は大きく息を吸ってこの場にいる全員に聞こえる声で話しかける。
「ハッハッハ! 参った、降参だよ!」
「何だいきなり……気でも狂ったのか?」
「いやいや、素直な気持ちだよ。こんな手を打たれては、自分たちの身の安全を守ることは無理そうだ」
俺はわざとらしく手を叩いて偉丈夫たちを称賛しながら、ある提案をする。
「君たちはトントバーニィを探しているのだろう? 俺たちの身の安全を保障してくれるなら、彼の白い災厄を君たちに差し出そう」
「ああん?」
いきなりの提案に、偉丈夫が訝し気な表情を浮かべる。
「お前、正気か?」
「もちろん正気だよ。俺だって自分の命が惜しい。自分の身を守るために大切な動物を差し出すのは心が痛むけど、今日の犠牲で他の動物が救えるのなら安いものだよ」
「そうかい……その考えは立派だが、そんなこと本当に可能なのか?」
「本当だよ。証拠を見せよう」
俺は仮面の下でニヤリと笑うと、天に向かって大声で叫ぶ。
「うど~~~~~ん!! 戻っておいで!」
「な、何だいきなり……」
「今度こそ気でも触れたのか?」
いきなり天に向かって謎の単語を叫び出した俺に、集まった者たちが奇異の目を向けてくる。
「お~い、うどんや~い!」
だが、俺はそんな視線を無視して尚も叫び続ける。
演劇部に所属したこともない俺が、こんなにも大勢の前で叫び続けるのはかなり恥ずかしいのだが、生き残るために必要なことと割り切って叫び続ける。
そうして何度かうどん君の名前を呼ぶと、包囲網の隙間を白い影が物凄い速度で走り抜け、俺の胸に飛び込んでくる。
「プッ」
そうして現れたうどんは、可愛らしく小首を傾げながら「何?」と尋ねてくる。
「うどん君……いいかい」
俺は白いふわふわの頭を優しく撫でながら、これから起こることについて簡潔に説明していく。
「ププッ!?」
「大丈夫だよ。安全は確保してあるから、信じてほしい……」
「ププゥ……」
俺の提案に目を見開くうどん君だったが、渋々ながらも了承してくれる。
よかった……ここで説得に手間取ったら、連中に怪しい目で見られるところだった。
俺は本番にリラックスして挑めるようにと、うどん君の背中を優しく撫でながら偉丈夫へと話しかける。
「ほら、約束のトントバーニィだ。これで文句はないだろう?」
「た、確かにそのようだが、お前……自分で動物愛護とか言っておきながらその態度の豹変はどうなんだ?」
「仕方ないよ。でも、約束して欲しい」
俺は少しでも悲しく見えるように顔を伏せ、声のトーンを落としながら話す。
「俺としても彼等が自然の中で生きられないのは、非常に心苦しいよ。でも、豪華な貴族の屋敷で、何不自由なく生きる未来も悪くないと思うんだ……だからお願いだ。この子を売る先は、この子を可愛がってくれる方にしてくれ」
「…………ああ、いいぜ」
俺の提案に、偉丈夫は面食らった表情しながらもどうにか頷く。
「約束するぜ。必ず可愛がってくれる貴族様を見つけてやるよ」
「ああ、ありがとう……本当にありがとう」
表情から明らかに嘘だということがわかったが、俺は感極まったようにわざとらしく目元を拭いながら足を開き、うどん君を両手で抱えて下手投げの姿勢を取る。
「それじゃあ、いくよ。受け取った者の報酬だ!」
そう叫びながら、俺はうどん君を高々と投げる。
「「「なっ!?」」」
突然の行動に、全員の視線が宙を舞う白い毛皮へと注がれる。
「ほ、報酬は……」
「俺だ!」
「いや、俺のだ!」
誰もが報酬を独り占めしたいと思っているのか、わらわらと着地点と思われる場所へ殺到する。
だがその時、黒い巨大な影が上空を駆け抜けたかと思うと、白い毛皮が一瞬にして掻き消える。
「えっ……」
「何が起きたんだ?」
驚く男たちを尻目に、黒い影が音もなく地面へと着地をして、くるりと振り返る。
そこには、口にトントバーニィを咥えた巨大な黒い狼がいた。
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