第497話 狂乱の果てに
「うど…………ん?」
バラバラになって崩れ落ちるバンディットウルフの肉片の向こう側で、目にも止まらぬ速さで動くうどんを見て、ニーナは愕然となる。
うどんが何をしているのかは、ただの人である彼女には見えない。
ただ、ついさっきまで愛玩動物のように可愛がっていた白いウサギと、二匹目のバンディットウルフをバラバラにして、返り血を浴びて赤く染まっていくウサギが同じ生き物に見えなくて、どう反応したらいいかわからず混乱の極みにいた。
「ど、どうしたら……」
うどんがバンディットウルフを倒してくれることは、自分たちの命を救うことにもつながるので、果たして止めることが正解かどうかわからない。
いや、そもそもあんなにも早く動き回るうどんを止めることなど、できようはずがなかった。
うどんに近付くということは、バンディットウルフたちのように、自分もバラバラにされるかもしれないのだ。
何処にあるのか見当もつかないが、うどんが振るう刃がとんでもない切れ味をしていることは、既に身を持って味わっている。
結局ニーナにできることは、悪夢のようなこの時間が、一刻も早く過ぎ去ってくれることを、ただひたすらに祈るだけであった。
「ククク……ソウダ。イイゾ」
うどんが作り出す惨劇をひたすら見守ることしかできないでいると、背後から黒い狼のくぐもった笑い声が聞こえ、ニーナはハッとして背後を振り返る。
そこには仲間が殺されたはずなのに、体を揺らして不敵に笑う黒い狼がいた。
「ソノママ、ヨクボウニオボレルノダ。サスレバ…………オット!」
何か確信めいたことを言いかけた黒い狼が、突如として大きく後方に飛ぶ。
何事かと思うと、ニーナを庇うように立っていたウサギが、黒い狼へと襲いかかったのだ。
「ククッ……コッチハソロソロダナ」
迫るウサギの猛攻を左右に飛んで回避した黒い狼は、長い舌でべロリと舌なめずりをしてニヤリと笑う。
「キョウノトコロハヒクガ、ツギガアルトイイナ…………ククッ」
そう言って黒い狼は反転すると、脇目もふらず一目散に逃げ出す。
「キーッ!」
その背中を、逃がすまいと赤黒いシミのウサギが追っていく。
そうして凄まじい速度で駆けた二匹の獣は、一瞬にしてニーナの視界から消えていった。
「助かった…………の?」
どういうわけか黒い狼が立ち去ったのを見て、ニーナは呆然と魔物が消えた方角を眺め続ける。
「でも、どうして……」
あの黒い狼は、裏切り者であるトントバーニィを探していると言っていた。
それに同胞を殺した罪を
それはつまり、トントバーニィを見つけ次第、総力を持って殺すことが目的だと思っていた。
だが、実際にはうどんたちに刺客を仕向けたものの、返り討ちに遭ってしまっている。
しかし、黒い狼はそれを見て怒るどころか笑っていた。
一体、どうして……
「うぅ、訳わかんないよ……」
バンディットウルフを操っていた黒い狼の目的がわからず、ニーナは頭を抱えてその場に蹲りたい衝動に駆られる。
「ギャウウウウウウウウウウゥゥゥン!!」
「――っ!?」
その時、獣の悲痛な叫び声が聞こえ、ニーナは反射的に声のした方へと顔を向ける。
ニーナが振り向くと同時に三匹目のバンディットウルフがうどんにやられたのか、首から大量の血を流しながら地面へと横たわる。
どうやら最後のバンディットウルフは、幸か不幸かバラバラにはされなかったようだ。
だが、首の傷はどう見ても致命傷で、魔物の命は風前の灯火だった。
その前には、三匹のバンディットウルフを一瞬でバラバラにしてみせたうどんが、ブルブルと首を振って顔に付いた血を落としていた。
「うどん……」
長閑な牧歌の中に出てくるトントバーニィとは全く違う、草食動物たちが忌み嫌っていた凶悪なヴォーパルラビットへと至った獣の姿に、ニーナは恐怖からブルッ、と小さく震える。
そのうどんは、赤い目を爛々と輝かせながら、虫の息となったバンディットウルフへと近付く。
このまま容赦なく、止めを刺すつもりだろうか?
うどんがバンディットウルフに近付く度に、ニーナの中に渦巻く不安はどんどん大きくなる。
これから起こることは、なんとしても止めなければならない。
そう思うニーナだったが、変わってしまったうどんを前に、恐怖の方が先行してどうしても足を踏み出すことができないでいた。
このまま黙って座しているしかないのか? そう思っていると、
「うどん、だめ!」
ミーファが叫びながら、うどんに向かって突撃していく。
「ミ、ミーファちゃん!?」
危ないよ。と反射的に伸ばしたニーナの手を、ミーファはするりと抜けてうどんへと駆けていく。
そうして飛び出したミーファの目に、バンディットウルフに止めを刺すために、身を屈めて力を溜めているうどんが映る。
「うどん、だめえええええええええええええええええええぇぇぇ!!」
必死に叫びながらミーファが飛ぶのと、うどんが力を解放して飛び出すのは同時だった。
うどんがバンディットウルフの体より一瞬だけ早く、ミーファの体がバンディットウルフとの間に割り込み、白いウサギの体を激突する。
「うぐぅ……」
うどんの体を抱き止めたミーファは、苦悶の表情を浮かべて膝を付く。
腹を押さえて蹲るミーファの手から血がジワリと滲み出し、リムニ様から貰った白いフリフリのワンピースをみるみる赤く染めていく。
「ミ、ミーファちゃん!?」
親友が大怪我を負ったのを見て、ようやく金縛りが解けたニーナは、慌てて駆け寄ってミーファの体を抱く。
「ひ、酷い……どうしてこうなるのに飛び出したの!」
「ううぅ……いたい……いたいよ」
「そりゃそうよ。待ってて、すぐにママを呼んでくるから!」
ボロボロと泣き出すミーファを置いておくのは憚れるが、それより一刻を争うとニーナは彼女の体を静かに横たわらせて立ち上がる。
そうして立ち上がったニーナの視界に、ミーファを傷付けたうどんの姿が映る。
正気に戻ったのかうどんの目の怪しい光は治まり、白いウサギは取り返しのつかないことをしてしまったと見るからに狼狽していた。
「うどん?」
「――っ!?」
ニーナが声をかけると、うどんはビクリと体を震わせ、ゆっくりと顔を上げる。
そうしてニーナと目が合ったうどんは、何かに怯えるように小さくかぶりを振ると、クルリと踵を返して正に脱兎の如く逃げ出す。
「あっ!?」
ニーナが何かを言うより早く、うどんはあっという間に逃げ去ってしまう。
一瞬にして消え去ってしまったうどんの対応についてどうしようかと思っていると、
「ひっく、いたい…………いたいよぉ」
ミーファの苦しそうな声が聞こえ、ニーナは正気に戻る。
「あっ、ゴメン! 待ってて、今度こそママたちを呼んでくるから」
うどんの行方も気になるが、それより今は親友の命を救う方が先だとニーナは割り切ると、大人たちを呼ぶために必死に駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます