第491話 彼方に見える不穏な影
昼食を食べ終えたミーファたちは、皆揃ってロキの背中に乗ってマーガレットたちがいる牧場の畑へと向かっていた。
「ハハハ……凄い、凄いよ、ミーファちゃん」
初めてロキの背中に乗るニーナは、黒い巨大狼が上に乗る自分たちが落ちないように、いつもとは違う足捌きで歩いているのに気付いて、動物好きとして思わず鼻孔を広げる。
そんな気遣いもできる巨大狼の優しさに、ニーナはそっと手を伸ばしてロキの頭を優しく撫でる。
「……ロキ、ありがとね」
「わふっ?」
普段からミーファくを背中に乗せているロキは、どうして礼を言われたのかわからず、不思議そうな顔で見上げる。
「…………ばふっ」
だが、頭を撫でられるならありがたく撫でてもらおうと、気を良くしたロキは尻尾をパタパたと振って、もっと頭を撫でてとせがむ。
「フフフ、任せて」
何度か同じ場面を見ていたので、それが頭を撫でて欲しいというサインであることに気付いたニーナは、わしゃわしゃとロキの頭を撫でていった。
ニーナから頭を撫でられても、ロキははしゃぐことなく、悠然とした足取りで畑目指して歩き続ける。
「ドジでのろまなトントバーニィ」
「みんながけがわをきがえたのに……」
「わふわふ、わんわん」
「プゥプゥ……」
ミーファたちは、うどんの祖先を題材にしたトントバーニィの牧歌を歌いながら進み、
「……みえてきた!」
ようやく目的地の畑が見えて来たところで、ミーファがロキの背中から身を乗り出して畑の方角を指差す。
「あっ、シドおねーちゃんと、ソラおねーちゃんもいる」
「どれどれ……」
ミーファに続けと、ニーナも同じように身を乗り出して畑の方角を見るが、
「う~ん、私の目ではまだ見えないな……ミーファちゃん、相変わらず凄い目がいいね」
「そう? えへへ……じゃあね」
ミーファは照れたようにはにかみながら、ニーナにさらにいいところを見せようと目を凝らして畑の状況を話す。
「あのね。ニーナちゃんのママとソラおねーちゃんが、いっしょにおやさいはこんでるよ」
「えっ、そこまで見えるの?」
「うん、あとシドおねーちゃんが、おおきなかごをいっぺんいはこぼうとしてる……あっ、ころんだ」
「フフッ、シドさんって意外とおっちょこちょいだよね」
直接見えはしないが、シドが転んで野菜にまみれている様子を想像して、ニーナは堪らず笑顔を零す。
「あとはね……」
調子に乗ったミーファは、他に何か見えないかと、キョロキョロと首を巡らせて周囲を見渡す。
そうして、畑の右奥の方を指差しながら、得意気に新たに気付いたことを話す。
「あっちのほうに、なにかうごくものがみえるよ」
「えっ? どっち?」
「あっち……なんかこっちきてる」
「えっ……」
そう言いながらミーファが得意気に指差す方向にニーナは目を凝らすが、普通の人である彼女の目には生憎と何にも見えない。
ただ、動く何かが見えると聞いて、ニーナは嫌な予感がしていた。
マーガレットがあの森の近くに畑を作ったのは、魔物がいないのにも拘らず野生動物が近寄らないので、畑に柵やネットといった野生動物対策を施す必要があまりないためだ。
事実、あの畑にはこれといった柵は全くないのに、これまで野菜が被害に遭ったことは一度もない。
そんな場所に、何か動くものがやって来るとなると、これはもしかして……
ニーナは自分の目に頼るのは諦めて地面に飛び降りると、ロキの隣に並んで探るように話しかける。
「あのさ、ロキ……ミーファちゃんがあっちから何か来るっていうんだけど、わかる?」
「わふっ?」
ニーナの問いかけに、ミーファより視界が低くて先が見渡せなかったロキは、立ち止まって顔を上げると、顔を上げてスンスンとミーファが指差した方向の匂いを嗅ぐ。
「――っ!?」
すると、長い三角形の耳がピクリと動き、ロキが目を細めて表情を険しくさせる。
「…………グルルルル」
「な、何? 何かあったの?」
唸り声を上げるロキを見て、ニーナが不安そうにミーファへと顔を向けると、彼女は静かに頷いてロキの話に耳を傾ける。
「あのね、まものだって」
「魔物!? 本当に?」
「うん、おおかみのまものだって」
「あお、それって、まさかバンディットウルフ?」
「わん!」
ニーナの疑問に、ロキは「そうだ」と肯定するように鋭く吠える。
「そ、そんな……」
魔物の襲来と聞いて、ニーナは小さく震えながら青ざめる。
「ど、どうしよう。あそこにはママがいるのに……」
「だいじょーぶだよ」
今にも泣き出しそうになっているニーナを安心させるように、ミーファは彼女の手を取って笑いかける。
「あそこにはシドおねーちゃんがいるもん、シドおねーちゃんはとってもつよいんだよ」
「そうだけど……あそこにはソラもいるんだよ?」
「うん、だから」
ミーファは満面の笑みで頷くと、すぐ隣にいる最も頼りになるボディーガードをポンポンと叩く。
「ロキもいるよ」
「わん!」
ミーファの紹介を受けて、ロキは「任せろ」と頼もしく一つ吠える。
「ロキィ……」
その様子を見て、ニーナはロキの前に膝を付くと、巨大狼の首にしがみついて泣きながら懇願する。
「ロキ、お願い……ママを…………ママたちを助けて」
「わん!」
ニーナの声にロキは力強く吠えて応え、安心して欲しいと伝えるように彼女の顔をペロリと舐める。
その間に、背中に乗るうどんを回収したミーファが、ロキの頭をわしゃわしゃと撫でながらバンディットウルフがいる方を指差す。
「いけ、ロキ! わるいやつをやっつけちゃえ!」
「わんわん! アオオオオオオオオオオオオオオォォォン!!」
主からの命令を受けたロキは、バンディットウルフたちを威嚇するように遠吠えを一つすると、一陣の風となって駆けて行った。
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