第490話 次の目的地は?

 草食動物たちの水飲み場を後にしたミーファたちは、次に何処に行くかを決めるため、お昼には少し早いが昼食を摂ることにした。


 本当ならピクニック気分で、だだっ広い草原の真ん中でレジャーシート代わりの大きな布を敷き、皆でワイワイ談笑しながらソラとマーガレットが用意してくれたお弁当に舌鼓を打つ予定だった。


 だが、


「…………」

「…………」


 水飲み場で草食動物たちからうどんが受けた仕打ちが忘れられず、ミーファたちは一言も発することなく、黙々とサンドイッチを頬張っていた。


(…………気まずい)


 マーガレット特製のラムサンドを咀嚼しながら、ニーナは何か話題はないものかと首を巡らせる。


 普段ならここら辺りには、沢山の鹿たちが草を食んでいる姿を見ることができるのだが、既にうどんの噂が広がっているのか、見渡す限り生き物らしい姿は見えない。


「…………ふぅ」


 サンドイッチを飲み込んで一息ついたニーナは、小さく嘆息しながら手製の地図へと視線を落とす。


 実をいうと、他にもいくつかうどんの新居となりそうな場所を見繕っていたのだが、どこもそれなりに草食動物たちがいるので、諦めた方がいいかもしれない。


 ならば、残された場所は……


 ニーナは地図をザッと眺めた後、大好きなはずのオリーブを口にすることなく、意気消沈した様子のうどんを見てある決意をする。


「……よし! 決めた」


 そうして勢いよく立ち上がると、皆の視線が一斉にニーナに集まる。

 この場にいる全員の視線を受けたニーナは、暗い雰囲気を吹き飛ばすように満面の笑みを浮かべると、考え抜いた案を話す。


「あのさ……こうなったら、うどんの家捜しは辞めにしない?」

「ニーナちゃん…………」

「ああ、違う! 違うよ! 別にうどんを見捨てるわけじゃないから」


 いきなり泣き出しそうになるミーファを慰めるように、ニーナは激しくかぶりを振る。


「多分だけど、このままじゃ何処に行っても、うどんを皆に受け入れてもらうのは難しいと思うんだ。それはわかるよね?」

「…………うん」

「だからさ……うどん、よかったら私の牧場に住まない?」


 そう前置きして、ニーナは再び手製の地図を広げて皆に見えるようにして、ある一点を指差す。


「ミーファちゃんとロキは知っていると思うけど、ここにウチの牧場の畑があるでしょ?」

「うん」

「わふっ」


 ミーファたちが頷くのを確認したニーナは、畑の奥に描かれた木の絵を指差す。


「それで……畑の奥に森が広がっているんだけど、この森、昔は魔物の住処だったこともあって、今でも野生動物たちが住み付いていないんだ」

「えっ、じゃあ……」

「うん、ここならお日様の光もあまり来ないから涼しいし、静かに過ごせると思うんだ…………ただ」

「ただ?」


 コテン、と可愛らしく小首を傾げるミーファに、ニーナは少し困ったように笑いながら畑を指差す。


「ここにうどんたちが住むなら、ママにだけは話をしておかないと」

「……ダメ?」

「うん、ダメ……ママはおっとりしているけど、畑のこととなると目の色が変わるから……でも、許しがもらえたなら、畑のオリーブとか食べられるようになるから、うどんたちにとっても悪い話じゃないと思うよ」

「そっか! わかったきいてみるね」


 次の目標ができて少しは元気が出たのか、ミーファは丸まっているうどんを抱き抱えると、背中を優しく撫でながらニーナの畑に行くことを提案する。


「…………」



 ミーファから話を聞いたうどんは、顔を上げてニーナとオリーブの実を何度も見比べる。

 その視線に気付いたニーナは、クスッ、と小さく笑いながらオリーブの実を一つ手に取る。


「お腹いっぱい……はちょっと無理かもだけど、定期的に食べさせてあげることはできるから、後、ウチの野菜もね?」


 そう言ってニーナは、手にしたオリーブの実をうどんの口元へと持って行く。


「ママが作った自慢のオリーブなんだ。美味しいよ?」

「うどん、たべてって」


 ニーナの意をミーファに伝えると、うどんはヒクヒクと鼻を鳴らしながらオリーブの実の匂いを嗅ぎ、小さく口を開けてオリーブを頬張る。


「…………プゥ」

「おいしいって」


 オリーブを一つ口にしたうどんは「プッ」と小さく鳴いて次を要求する。


「フフッ、元気が出たみたいだね」


 オリーブの実を美味しそうに次々と食べるうどんを見て、ニーナは慈母の笑みを浮かべると、そっと手を伸ばして白いウサギのフワフワの毛皮を優しく撫でる。


「こんなに可愛くて、優しいんだもの……うどんには幸せになってもらわないとね」

「うん、ミーファたちでしあわせにしよ」


 ミーファも笑顔を浮かべうどんの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「わふっ、わふわふっ!」


 すると、二人の少女の決意を見ていたロキが「自分も協力する」と言いながら甘えるようにミーファにのしかかる。


「わっ! もう、ロキ……わかった……わかったからどいて、おもい!」

「フフッ、大丈夫、ロキだけ仲間はずれなんかにしないよ」


 ロキの下敷きになったミーファを助けながら、ニーナは黒い狼の首に抱きつきながら頭を撫でてやる。


「ロキ、ありがとう。うどんのことも守ってくれるんだね?」

「わん!」

「そう、ロキは優しいね」


 言葉はわからないが、何となく「任せて」と言われた気がしたニーナは、ロキが寂しくないように愛情を込めて彼女が好む場所を撫でていった。



 そうして食後のお茶の時間は、先程までの暗い雰囲気はすっかりなくなり、少しの間、皆で楽しい時間を過ごした。

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