第480話 狼とウサギ

 牧場を出発したミーファたちは、そのまま目的地に向かうと思われたが、


「そろそろかな?」

「うん、いこっ!」


 母屋の姿が見えなくなるところまで進んだところで、どういうわけか二人は再び牧場へと戻る。


「わふっ!?」


 当然ながら二人の行動の意味がわからないロキが「どうしたの?」と振り返る。

 二人から離れるわけにはいかないと、ロキも彼女たちに付いていこうとするが、


「きちゃだめ!」


 そんなロキを、ミーファが待ったをかける。


「すぐもどるから、ロキはまってて」

「わ、わふぅ……」

「いいから……まっててくれないと、ロキのこときらいになるよ」

「キュ、キュ~ン……」


 ミーファから「嫌い」と言われたら何も逆らえないロキは、耳をパタリと閉じて、項垂れるようにその場にお座りする。


 見るからに気の毒なロキに、ニーナがそそくさとやって来て頭を優しく撫でる。


「ゴメンね。本当にすぐ戻るから、ちょっとだけここでいい子にしててね?」

「……わふっ」


 ニーナの要望に、ロキは尻尾をパタリ、と振って「わかった」と伝える。


「うん、いい子」


 聞き分けのいいロキに頬擦りして感謝の意を伝えたニーナは、既に先に行ってしまっているミーファの後に続いた。




 ロキを置いて牧場へと戻ったミーファたちは、納屋の裏手へと回る。



 生い茂る草を掻き分け、建物の影となっている部分にまでやって来たミーファは、草むらの中に向かってそっと話しかける。


「うど~ん、うどんや~い」


 何度か声をかけても、草むらはそよそよと吹く風が撫でる草木が擦れる音がするだけで、何かが現れる様子はない。


「うどん、ミーファだよ。もう、でてきてもいいよ~」


 それでもめげずにミーファが声をかけ続けると、やがて草むらの奥の方がガサガサとにわかに騒がしくなる。


「うどんなすきなオリーブもあるよ~」

「………………プゥ」


 オリーブという単語が聞こえたからか、ガサガサという音はさらに激しくなり、草むらの中から真っ白な毛皮のウサギが現れる。


「うどん!」

「プッ」


 ミーファの姿を見たうどんは、嬉しそうに一声鳴くと、駆け寄って彼女の胸に飛び込む。


「プゥ、プゥ」

「うんうん、さみしかったね」


 ミーファはうどんを抱き締めて、よしよしと背中を優しく撫でてやる。



 昨晩、うどんはソラの提案で、納屋の裏手にあるこの草むらに穴を掘り、臨時の寝床としていた。


 この辺にはうどんを襲うような危険な動物はいないのだが、それでも知らない土地で寝ることはかなりの恐怖を伴ったのか、白いウサギはまるで母親に甘えるかのようにミーファに体を押し付ける。


「さあ、うどん、ごはんだよ」


 するとそこへ、オリーブを手にしたニーナが現れて、黒い実をうどんへと差し出す。


「お腹空いたでしょ? いっぱいあるからたくさん食べてね」

「プッ」


 オリーブの実を見たうどんは、あっさりとミーファの腕の中から抜け出すと、ニーナの手に顔を近づけて貪るようにオリーブを食んでいく。


「フフフ、くすぐったい」

「あっ、ニーナちゃん! ミーファも……ミーファもうどんにあげたい!」

「いいよ。はい、じゃあどうぞ」


 ニーナはもう片方の手で器用にオリーブを取り出すと、ミーファに手渡す。


「ニーナちゃんありがと。うどん、どうぞ」

「プゥ」


 ニーナの手の中に会ったオリーブをペロリと平らげたうどんは、今度はニーナに顔を向けると、彼女が差し出す手に顔を突っ込むようにしてオリーブを食べて行く。


「みゅふふ……くすぐったい」


 手の中の物を食べられる感覚に、ミーファは思わず身を捩るが、それでもうどんの為にと笑いを堪えながら耐え続けた。




 ミーファから待っているように指示されたロキは、草の上で身を低くして耳を澄まして周囲の様子を探っていた。


「――っ!?」


 ロキの頭の上の三角形の耳がピクリと動いたかと思うと、巨大狼は身を起こしながら首を巡らせる。


 すると、牧場の方からミーファたちがとてとてとこちらにやって来るのが見える。


「……わふぅ?」


 だがそこでロキは、何やら見知らぬ白い動物がミーファたちと一緒にいるのに気付く。

 一体何事かと思うが、少なくともミーファたちの様子から敵ではないことをすぐに察知したロキは、再び伏せの姿勢に戻って少女たちがやっていくるのを待つ。


「ロキ、ただいま~」


 ミーファはおとなしく待っていたロキを労うように頭を優しく抱き締めると、巨大な狼を見て怯えているうどんを紹介する。


「ロキ、あのこはうどんっていうの。きょうは、うどんのあたらしいおうちをみつけるの、いい?」

「……わふっ」


 何だかよくわからないが、特に反対する理由ないのでロキは素直に了承する。


 だが、浩一たちから二人の少女を守るように言われているロキは、念のためにのっそりと立ち上がると、蛇に睨まれた蛙のように硬直しているうどんへと近付くと、鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅ぐ。


「…………わん、わんわん」

「プッ……プゥプゥ……」


 一匹と一羽は、何やら二言三言意思疎通するように会話を交わす。


「わん!」


 最後にロキは納得したように鳴き声を上げると、口を開いてうどんを口で咥える。


「ロ、ロキ!?」


 まさかの行動にニーナが悲鳴のような声を上げる中、ロキは首を大きく振ってうどんの体を宙に放る。


 空中でくるりと一回転したうどんは、そのまま重力に従うように落下すると、ロキの背中にすっぽりと収まる。


「わん!」

「…………ほっ、よかった」


 これで準備完了と言うようにロキが鳴くと、ニーナは安堵したように胸を撫で下ろす。

 うどんがロキの背中で落ち着いたのを見たニーナは、ミーファに向かって手を差し伸べる。


「……それじゃあ、ミーファちゃん。行こうか?」

「うん、うどんのおうち、みつけてあげよ」

「プッ」


 ミーファの言葉に、うどんが嬉しそうに鳴き声を上げると、一行は白いウサギの新居捜しへと出かけた。

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