第464話 待っている人がいるから
その後、法衣を着た女性にシドとの関係について聞かれた俺は、家族同然のお付き合いをさせていただいている旨を丁寧に説明した。
正に友達以上、恋人未満という玉虫色の解答に、法衣を着た女性は不満そうに「ブーブー」文句を言っていたが、俺が頑なにそれ以上の関係ではないと認めなかったため、彼女が根負けする形で決着となった。
「凄いな。本当にナイフ一発で倒しちまったよ」
俺が法衣を着た女性と話している間に、木に突き刺さったヴォーパルラビットの死体を回収してきたスカウトの男性が、何処か誇らしげに死体を掲げながら話す。
「隠れている奴を見つけるのも凄いけど、見てみろよ……あの距離で見えない相手の心臓を一突きときたものだ」
「ほぅ、これは確かに凄いな」
「しかも外傷は背中から入ったこの一突きだけとは……凄まじいな」
ヴォーパルラビットの死体を検分したリーダーの男性は満足そうに何度も頷くと、俺に向かってニコッ、と満面の笑みを浮かべて話しかけてくる。
「なあ、これだけの力を持っているんだ。よかったらこれからも我々と一緒に仕事をしないかい?」
「それいいな。自由騎士の力を使ってここら辺のヴォーパルラビットを狩り尽くせば、皆も安全に暮らせるし、俺たちの生活も潤う。最高じゃないか?」
リーダーの男性の言葉に、スカウトの男性もすぐさま乗ってくる。
「別にずっとというわけじゃない。ヴォーパルラビットの脅威を排除するまででいいから、俺たちの仕事をしないか?」
「あっ、はい……お誘いは嬉しいんですけど」
二人の冒険者から投げかけられた言葉に、俺はゆっくりとかぶりを振って真摯に応える。
「その……俺たち、ある目的があって旅をしているんです。今回、この地にいるのは嵐に巻き込まれて山道が通れなくなったからで、道が修復されたらすぐにでも発つつもりなんです」
「そういうわけだ。悪いけど、その話は受けられないな」
俺の後を引き付いて、シドがリーダーの男性に話しかける。
「それに、あたしたちは荒事を専門にするつもりもない。守るために戦うことはあっても、自分から積極的に狩りに行くことはしないさ」
「そうか……」
俺たちの答えを聞いたリーダーの男性は、心底残念そうに肩を落とす。
「まあ、でも君たちが決めたことなら仕方ないよ。では、このヴォーパルラビットは君たちに……」
「いえ、よかったらそれも貰って下さい」
俺が仕留めたヴォーパルラビットを差し出そうとするリーダーの男性に、必要ないと手で制す。
「そのヴォーパルラビットは、今回の授業料としてあなたたちに差し上げます」
「それは嬉しいけど……いいのかい?」
魔物の中でも狩るのが難しいヴォーパルラビットは、クエスト報酬としてはかなり美味しい部類に入る。その報酬の一切を受け取らないという俺に、リーダーの男性は気遣うように話しかけてくる。
「報酬の分け前のことを気にしているのなら心配しなくていい。冒険者ギルドに相談すれば、円滑に処理してくれるよ?」
「いえ、そうじゃないんです……」
少し赤みがかってきた空を見上げた俺は、牧場でそわそわと待っているかもしれない愛らしい天使の姿を思い出しながら話す。
「実は、お世話になっている場所に、大切な家族を待たせているんです」
「家族……そこの彼女以外にもいるんだ?」
「はい、俺にとって命に代えても守りたい大切な人たちなんです。それで、今日は早く戻ると伝えてあるので、これ以上遅くなるのはちょっと困るんです」
ここでざっくりと報酬について決めてしまってもいいのだが、それでも事務的な手続きがあるとどうしても待つ時間ができてしまう。
今から街に戻り、冒険者ギルドで査定結果を待つ時間すら惜しいと思う俺としては、ここで全てを彼等に託して、早く帰りたくて仕方なかった。
「なるほど、わかったよ」
俺からの説明に、リーダーの男性は苦笑しながら頷く。
「そういうことなら、二匹とも我々がいただくよ……後で欲しいって言っても、もうあげないからね?」
「大丈夫です。それより皆さん、今日はありがとうございました」
俺は四人組に向かって深々と頭を下げると、改めて礼を言う。
「お蔭でヴォーパルラビットがどんな魔物かわかりました。これで、大切な家族を守れます」
「いやいや、こっちこそおいしい思いをさせてもらって助かったよ」
「そうそう、今日の夕飯は豪華な食事にありつけそうで助かったぜ」
「ああ、美味い酒が飲めそうだ」
「それより新しい服よ! 洗濯の度に裸でうろつかれるこっちのことも考えてよね」
リーダーの男性に続いて、三人の仲間たちが次々と今日の報酬の使い道について話す。
それぞれの意見を浴びせられたリーダーの男性は「まあまあ……」と困ったように笑いながら宥める。
きっと、これから冒険者ギルドで査定を待つ間に、どう使うかを話し合うのだろう。
どういう経緯でこの四人がパーティを組んだのかはわからないが、なんだかんだで仲の良さそうな雰囲気に、俺は自然と笑みがこぼれるのを自覚する。
俺はシドと目を合わせて頷き合うと、リーダーの男性に話しかける。
「それじゃあ、俺たちはここで失礼します」
「ああ、また何処かで出会うことがあったら、遠慮なく話しかけてくれよ」
「じゃあな、達者で暮らせよ」
「旅の無事を……」
「今日はありがとね。後、彼女と結婚することになったら教えてね。私が司式者になってあげるわ」
「ハハッ、どうも……」
最後の法衣を着た女性の言葉は話半分に受け取っておくとして、俺たちは四人組と別れ、森の入口に繋いである馬に乗って帰路につくことにした。
だが、この時の俺は完全に失念していた。
急いで牧場に戻るため、帰りの馬はクラインの街に向かう時以上に速く、激しいものになってしまうということを……
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