第450話 魔物の生態は……

 流石にバンディットウルフの血と体液まみれの格好で戻るわけにはいかなかったので、俺とロキは近くの水場で最低限の汚れだけ落として、急いで牧場へと戻った。



 だだっ広い草原を必死に駆け、ようやく牧場へと戻った俺を待っていたのは、怒り心頭のシドと、泣きじゃくるミーファ、そして末妹を宥めながらもこちらを見る目が少し冷たいソラだった。


 すっかり忘れていたが、朝の散歩に出かける時、誰にも告げずに外に出てしまったので、俺とロキがいないことに気付いた三姉妹が、必死になって捜索に出ていたという。

 せめて書置きの一つでも残しておけばよかったのだが、新しい目標を得られたことと、自分で起きられたことによる興奮で、すっかり失念してしまったのだ。


 旅に出る時、何処かに行く時は必ず目的地を告げていくと皆で話し合って決めたのに、その約束を俺が最初に破る羽目になるとは思わなかった。

 ヴォーパルラビットについて、あれこれリックさんに聞きたいことがあったが、


「本当に……申し訳ございませんでした」


 一先ず俺は、三姉妹に向けて誠心誠意、心からの謝罪をして、二度とこのような過ちを繰り返さないと固く誓ったのであった。




 必死の謝罪でどうにか三姉妹から許しを得た俺は、朝食の席で朝の散歩で見て来たことを報告した。


 生憎とリックさんは荒事全般が得意ではということで、魔物の情報を積極的に仕入れることをしたことがなく、当然ながらヴォーパルラビットの生態については知らないということだった。

 こうなると、自分の足で同じような穴を探し当て、中にヴォーパルラビットがいるかどうかを見て回るしかない……そう思われたが、マーガレットさんから思わぬ情報がもたらされた。


 クラインの街にある冒険者ギルドなら、きっと周辺の魔物の情報を教えてくれるはず、ということだった。




 というわけで、俺は再びシドが駆る馬に乗ってクラインの街へとやって来た。


「はぁ……何とか」


 街の入口である巨大な木製の門の前で地面へと降り立った俺は、フラフラとした足取りで、ここまで運んでくれた馬へと労いの言葉をかける。


「ありがとう。帰りもまた頼むな……くれぐれも安全運転で」

「ブルルル……」


 俺の声に、葦毛の馬は「悪いな兄さん、それは姐さん次第だぜ」と不敵な笑みを浮かべながら鼻を鳴らす。


 ……後でシドに、なんとしてもゆっくりと帰るようにお願いしよう。


 そんなことを思いながら、俺はシドへと手を伸ばして彼女が馬から降りるのを手助けする。


「おっ、お二人さん、また来たのかい?」


 するとそこへ、昨日も挨拶をした長槍を手にした中年の男性、クラインの街を守る門番が笑顔で手を振りながらやって来る。


「今日はどうしたんだ? また、おやっさんから何か言伝を頼まれたのかい?」

「あっ、いえ、今日はですね、冒険者ギルドに聞きたいことがありまして……」

「聞きたいこと?」

「はい、実はヴォーパルラビットの情報を聞きたいと思いまして」


 そうして俺は、お世話になっているリックさんの牧場の近くで、三匹のバンディットウルフが首を斬り落とされて殺されていたこと、そしてその犯人がヴォーパルラビットかもしれないから、対処法学ぶために冒険者ギルドを訪ねたい旨を話した。


「なるほど、そういうことなら拒む理由はないな」


 門番の男性は大きく頷くと、道を譲るように半歩横にズレて左手を上にして掲げる。


「ようこそ、冒険者たちよ。我がクラインの街が誇る冒険者ギルドで、是非とも学んでいってくれ。馬は入口入ってすぐの宿屋で預かってもらえるからな」

「はい、ありがとうございます」


 俺は門番に礼を言うと、馬の手綱を引いて街中へと入って行った。




「実に興味深いですね」


 馬を宿に預けて冒険者ギルドへと赴き、眼鏡姿が凛々しい受付のお姉さんに今朝見た穴のことを話したところ、彼女は顔の眼鏡をクイッ、と上げながら身を乗り出すように話しかけてくる。


「ヴォーパルラビットが穴を掘るという話は聞いたことがありません。それが本当なら、新発見ですよ」

「そうなんですか?」

「そうです。そもそも魔物の生態というものは、殆どわかっていないのです」


 受付嬢は、長い髪をクルクルと指で巻きながら困ったように笑う。


「生憎と冒険者たちは学者ではありませんからね。彼等は敵を倒す術を学ぶことはあっても、魔物たちが普段、どのように生活をしているのかは全くの未知数なのです」

「なるほど……」


 そう言われてみれば、確かに敵を倒す術を学ぼうとは思っても、連中がどうやって生活をしているかまで調べようとする者は、殆どいないだろう。


「では、ヴォーパルラビットは普段はどうやって敵を刈るのですか?」

「普段は物陰に隠れて、背後か死角から攻撃してきます。獲物が攻撃範囲に入るまで、ジッと動かず、何時間も……時には何日も過ごすこともあるそうです」

「何日も……」

「はい、ヴォーパルラビットはそれだけ身を隠すことに自信があるのだと思います。事実、隠れているヴォーパルラビットを見つけて狩ったという話は、殆ど聞きません」

「で、では、どうやってヴォーパルラビットを倒すのですか?」

「いい質問ですね」


 受付嬢はニヤリと笑うと、再び眼鏡をクイッ、と上げて話す。


「基本的にヴォーパルラビットと戦う時は、一人を囮にして、不意を打とうと現れたところを、さらに背後から襲いかかるというのが常套手段です」

「なるほど……」


 確かにそれだけ身を隠す技術に長けているのなら、ヴォーパルラビットの習性を逆に利用するしかないのだろう。

 だが、俺にはアラウンドサーチというチート級の索敵スキルがあるから、囮戦法を使わなくても、ヴォーパルラビットを見つけることはできるだろう。


 するとそこへ、


「おう、ただいま戻ったぞ」


 入口の扉が開き、男たちがゾロゾロと入って来る。


「調度いいですね」

「えっ?」


 すると受付嬢が、俺に向かってニッコリと笑いながらある提案をしてくる。


「彼等はヴォーパルラビット討伐のクエストを受注した者たちです。その彼等が戻って来たということは……」

「本物のヴォーパルラビットが見れるということですか?」


 その俺の質問に、受付嬢はニッコリと笑顔を浮かべて頷いた。

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