第443話 出発不可!?
二人の
「本当に、今日は皆さんのお蔭で助かりました」
その日の夜、母屋のリビングでマーガレットさんお手製の羊のシチューを食べながら、リックさんが深々と頭を下げる。
「正直、私たちだけでは、この辺の復旧だけで何日かかるかわかりませんでした。それがたったの一日で……本当に……本当にあびばぼうぼばびばぶうううぅぅ……」
「そんな、リックさん。泣かないで下さい。あわわっ、涙が……涙がシチューの中に入っちゃいますから」
いきなり滂沱の涙を流しながら泣き出したリックさんに驚きながらも、せめてシチューだけは守ろうと、俺は慌てて彼のシチューを避難させる。
「ふ~、ギリギリセーフ」
このマーガレットさんお手製のシチュー、既に絶妙な味付けがされており、文句のつけようがないほど美味しいので、涙によって塩分が追加されなくて良かったと思う。
……しかし、リックさんは本当に涙もろい人だな。
俺はマーガレットさんに慰められているリックさんを見ながら、心がチクりと痛むのを自覚する。
何故なら、俺たちは明日、明後日は全力で牧場の復旧作業を手伝うつもりだが、三日後には本来の目的地であるルストを目指すつもりだった。
だから苦しいけど、早めにその旨をリックさんたちに伝えなければならなかった。
「よかった。これで……これで、これからも牧場を続けられるよおおおおぉぉ」
「…………」
机に突っ伏して泣き出すリックさんを前に、俺はちらりとシドたちの顔を見る。
既にシドとソラにはこれからの予定を伝えてあるため、最後まで復旧作業が手伝えないことを知っているからか、申し訳なさそうに顔を伏せている。
その中で、シドは俺に「自分がリックさんに話そうか?」と目で訴えてくるので、俺は自分から話す旨を伝えるために、ゆっくりとかぶりを振る。
「すぅ……はぁ……」
一度深呼吸をして心を落ち着けた俺は、リックさんのシチューの皿をテーブルの上に静かに置くと、少し落ち着いた彼に向かって話しかける。
「あの……リックさん。少しよろしいですか?」
「えっ? あっ、はい……すみません。何ですか?」
「その、大変申し上げにくいのですが、俺たちの出発する日取りをお伝えしようと思いまして……」
「あっ……」
その一言で現実に引き戻された様子のリックさんに、俺は申し訳ないと思いつつも正直に今後の予定を話す。
「実は俺たち、三日後にはここを出発しようと思ってまして」
「三日後……ですか?」
「すみません。急な話で……だから、その……」
「ああ、その点はご安心ください。皆さんの都合を優先させていただいて結構ですよ」
突然の話に多層は面食らったようだが、リックさんは笑顔で俺たちの意見を尊重してくれる。
「皆さんのお蔭で本当に助かりましたから、僕たちとしては感謝しかないです」
「リックさん……ありがとうございます」
そんな涙もろくも優しいリックさんに感謝すると共に、受けた恩は精一杯返したいと思う。
「でも、ここにいる間は牧場の復旧に全力を尽くしますから……明日と明後日の二日間、みっちりと手伝わせてくださいね」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします」
リックさんは再び深々と頭を下げると、シチュー皿を引き寄せて「それでは、食事にもどりましょうか?」と提案して、スプーンを手に取る。
俺も特に異論はないので席に着きながらシチューへと向き直る。
すると、
「あの……コーイチさんたちって、これからルストの街に向かうんですよね?」
ミーファと並んでシチューを食べていたニーナちゃんが、スプーンを口に咥えたまま静かに話し出す。
「多分ですけど、今はルストの街に行けないと思いますよ?」
「えっ? そ、それってどういうこと……」
「実は、ミーファちゃんと遊んでいた時に聞いたのですが……」
ここからルストの街に向かうには、山を一つ超えないとならないのだが、ニーナちゃんによると、その山道が昨日の嵐によって発生した土砂崩れで防がれ、復旧には最低でも二週間はかかるというのだ。
「でも、聞いた話ですから、もしかしたら情報が間違っているかもしれませんが……」
「そんなことないよ。ミーファもきいたよ」
自信なさげなニーナちゃんの後を引き継ぐように、ミーファが力強い声を上げる。
「あのね、おおきなにもつをもったおじちゃんたちが、こわれたみち、なおすっていってたよ。だからニーナちゃんのいうことほんとだよ」
「大丈夫だよ。ミーファ、俺たちもニーナちゃんが嘘を言ってるなんて思ってないからさ」
「そっか、よかった」
もうすっかり仲良くなったのか、互いに顔を見合わせてニッコリと笑うミーファたちを尻目に、俺はシドに「どうする?」と目で尋ねてみる。
俺からの問いに、シドは目をゆっくりと閉じながら軽く肩を竦めてみせる。
そのリアクションが意味するところは「とりあえず、自分たちの目で一度見てみよう」というものだった。
……まあ、実際それしかないよな。
あれだけの嵐があり、牧場の惨憺たる有様を鑑みても、土砂崩れが起きて山道が塞がれる可能性は十分あるし、異世界でなくともそういった事故は各所で起きている。
ただ、その規模がどの程度のもので、どれくらいで復旧できるかをこの目で確かめておくことは悪いことではない。
場合によっては、俺たちが手伝うことで何かしらの光明が見えるかもしれない。
その後、俺はリックさんに明日になったらその崩落現場に行ってみる旨を告げ、明日に備えるために早めに就寝することにした。
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