第433話 ワンワンパニック
牧場へ到着して一時間ほどして、この牧場の主であり、ニーナちゃんの父親が現れる。
「ふぅ……どうにか皆、無事に連れて帰ることができた………………よ?」
貴族様の屋敷に負けるとも劣らない広々としたリビングに入って来たニーナちゃんの父親は、リビングの一端……俺が座っている場所を見て、驚きに目を見開きながら固まる。
「……えっ? な、何が?」
……ああ、やっぱりそういうリアクションになるよね。
俺はニーナちゃんの父親を安心させるように眼前に居座る毛皮をどけると、会釈をしながら挨拶をする。
「あっ、すみません。お邪魔しています。安心してください。こう見えても怪しい者ではありませんから」
「は、はぁ……大丈夫です。驚きはしましたが、その様子を見る限り不審者じゃないのだけはわかりますが……どうして我が家に?」
「あ、はい、実はですね……」
そうして俺は、ニーナちゃんの父親に簡単な自己紹介と、この雨が去るまで牧場でお世話になる旨を話した。
「なるほど、状況は理解しました。私はリックといいます。たいしたもてなしもできませんが、どうぞゆっくりと体を休めて下さい」
「はい、ありがとうございます。リックさん」
俺はゆっくりとした所作で、頭を下げてリックさんに礼を言う。
そんな緩慢な動きをする俺を見ながら、リックさんは耐え兼ねたように質問する。
「あ、あの、コーイチさん、その……大丈夫ですか?」
「は、はい、何とか……」
何とかそう答える俺だったが、リックさんが驚いたのも無理はなかった。
何故なら、
「ワンワン」
「キャン、キャン!」
「ハッハッハ……」
「アン! アン! アン!」
「バフッ!」
俺の周囲には、全包囲から「好き」と「遊んで」とせがんでくる大小様々な犬たちがいたからだ。
この犬たちは、この牧場で飼われている牧羊犬、もしくは将来そうなる予定の犬たちで、俺は自信が持つスキル、アニマルテイムの影響で犬たちに見つかった瞬間から、物凄い勢いで絡まれてしまった。
これまでアニマルテイムのスキルでピンチを切り抜けた回数は、数えたらキリがないが、この能力はあくまで動物たちが協力的になってくれるぐらいで、ここまでハッキリと好意を寄せてくる動物は初めてだった。
いや、そんなことはないか……。
俺は頭の上に居座る子犬が落ちないように気を付けながら、少し離れた場所でこちらを見ている一人と一匹を見る。
「わふぅ……」
「むぅぅ……おにーちゃんはミーファのものなの!」
とりあえず今は犬たちを自由にして欲しいとお願いしたためか、ミーファとロキが恨めしそうに犬たちを見ていた。
ちなみに他の女性陣は、夕食の準備をするために席を外しており、その間、この母屋の住人である犬たちの面倒をみることになり、ワンワンパニックならぬ犬まみれとなったのだった。
……まあ、それはひとまず脇に時置いといて話を戻そう。
思い起こせば、ロキは初めて会った時から俺に対して物凄く好意的だった。
ロキは狼であるものの、種族としては今の俺にまとわりついている犬たちと同じ、イヌ科に属する生物だ。
だとすればこのアニマルテイムは、特にイヌ科に対して絶大な効果を発揮するのではないだろうか?
ただ、犬は人間と共に生きる道を選び、狼は人間ではなく仲間たちと共に生きる道を選んだ違いはあるものの、特定のものに対して強い思い入れを抱くという点では共通している。
故に、俺がイヌ科の動物に特に好かれるのは、必然だったということだろう。
そういえばギガントシープのトニーは、俺に対してそんなに興味をもっていなさそうだったし、巨大アリゲーターのセベクも興味を持ってはくれていたが、好きかというとちょっと違う感じがした。
つまり、今後はアニマルテイムの影響が、どの動物にどれだけ及ぶかを調べることも考慮した方がいいだろう。
「アン!」
俺は頭の上に乗る子犬、ポメラニアンに似た犬種のパン君に思いっきり顔を舐められながら、そんなことを考えていた。
その後、リックさんに手伝ってもらって、俺はどうにか犬たちによる激しい愛情表現から脱出することができた。
「いや~、驚きました」
ポメラニアンのパン君を胸に抱きながら、リックさんは呆れたように笑う。
「ウチの犬たちがこんなに人に懐くことなんてあるんだと驚いていたら、まさかコーイチさんの自由騎士のお力だとは思いませんでした」
大丈夫だと言いながらも、何処か俺のことを訝しんでいたリックさんは、俺が自由騎士であるとわかると同時に、態度を一転させて友好的になってくれた。
それでも俺は決して驕ることなく、リックさんの印象を悪くしないように努めながら、低姿勢で話す。
こういう時、自己主張が激しくない日本人でよかったと思うのは、俺だけではあるまい。
「すみません……この力、思うようにコントロールできないので、犬たちの感情を抑えることができないんです」
「いえいえ、いいんですよ。それに犬に好かれているコーイチさんを見て、より安心できました。犬には人の本質を見抜く力がありますから、例え自由騎士の力だとしても、犬に好かれるコーイチさんが悪い人であるはずがありませんから」
「……そう言ってもらえると助かります」
俺はまとわりついてくる犬から守るように、背中にしかとしがみついて周囲を威嚇しているミーファを背負い直しながら、改めて頭を下げる。
考えてみれば、見ず知らずの人間を家に泊めるとなった時、家主なら泊める人物を警戒するのは当然だろう。
この牧場はニーナちゃんたち三人家族で経営しているそうなので、男手はリックさんしかいないのだから、泊まる相手が男となると警戒はひとしおだろう。
ならばここは、せめてもお礼に、男である俺ができることを申し出るべきだろう。
「あのリックさん、俺に手伝えることがあるのなら何でも言って下さい」
「いいのかい!?」
俺の言葉に、リックさんは思った以上に食いついてくる。
「本当に……本当に何でも手伝ってくれるのかい?」
「え、ええ……まあ、俺にできることならですが……」
「あるよ! 大いにあるよ!」
リックさんは今にも泣き出してしまいそうな勢いで、俺に捲し立てる。
「言うまでもないけど、この家の男は私だけだからね……実はあちこち直さなければならない箇所があるんだけど、どうしても力仕事は私一人でやらなきゃいけなくてね」
「ああ、それならお安い御用です」
微苦笑するリックさんに、俺は自信を持って頷く。
「実は、こういうこともあるだろうと、俺は師匠からある程度の大工技術は仕込まれているんです」
例えば、山奥のような過酷な環境で馬車が壊れた時、自分で修理する術があるのとないのでは、生き残る確率は雲泥の差が出てくる。
というわけで、キャンプ技術だけじゃなく、様々な大工技術も身に付けた今の俺なら、リックさんの期待に応えることも難しくはないだろう。
「ですから、資材さえあれば、ある程度の修復作業はできると思いますよ」
「ほ、本当かい?」
「ええ、もう一人、三姉妹の長女のシドも力仕事は得意ですから、雨が上がれば見えるところは全部直してみせますよ」
「ああ、遂に……遂にあそこやあそこが直せるぞ……フフッ、フフフ……」
余程鬱屈した気持ちがあるのか、顔を伏せたリックさんは、肩を揺らしながら含み笑いをする。
「……あ、あの、お手柔らかに」
このままだと牧場全体をフルリノベーションすることになりかねないので、無駄かもしれないが釘を刺しておく。
決して急ぐ旅路ではないが、牧場に寄ったのはあくまで雨宿りがメインで、修復作業はお手伝い程度のつもりなのだ。
「ああ……先ずは納屋を直して……そういや丘向こうの柵も壊れていたな……いや、サイロの屋根も……」
だが、俺の声など最早届いていないのか、リックさんは「グフフ……」と不気味な笑い声を上げながら、完全復活したであろう理想の牧場を夢見ていた。
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