第411話 起こしてくれるのは……
リムニ様たちの感動の再開を尻目に屋敷を後にした俺たちは、その足でマーシェン先生が待つ診療所まで戻った。
相当無理をしたのか、ベッドの上で眠るソラは、俺たちを見ても起き上がることすらできなかったが、全てが終わったことを告げると、涙を流して喜んでくれた。
そうして精神的な不安が取り除かれたことが大きかったのか、その後のソラの容体は随分と安定した。
一時はどうなるかと思ったが、無事にソラを守り切ることができ、ようやく長い長い夜を超えて無事に眠りにつくことができたのだった。
その後、朝を迎えてからのグランドの街は、ちょっとしたパニック状態となった。
何せ長い年月慣れ親しんだネームタグが突如として失われ、これまで封印されていた様々な記憶が一気に蘇ったのだ。
その中には、助けを求めてやって来た親しい隣人のはずの獣人を差別したり、ネームタグを失ってしまった所為で、理不尽に処刑されてしまった人たちの記憶もあったりと、街の人々は自分たちのしてきたことの恐ろしさに嘆き、悲しんだ。
そんな人々に対し、新たに生まれ変わると誓ったリムニ様は力強く語りかけた。
「我等が犯した過ちは決して消えることはない。もしかしたら、一生かけても許してもらえないかもしれない。だが、過去に固執しては決して前へは進めぬ。だから皆の者、今は辛いじゃろうが、どうか我と一緒に前へ進もうではないか!」
その後、ネームタグの廃止と、地下へと追いやった獣人たちの解放を正式に宣言したリムニ様は、街の人たちにこれからは彼等と一緒に街を発展させていこうと誓った。
その宣誓は、ネームタグという大きな支えを失った人たちに大いに刺さり、獣人解放の手筈は、思った以上にスムーズに進んだ。
そうして無事に賞金首でなくなり、再び地上に住むことを許された俺は、リムニ様の屋敷で静養することになったソラを毎日見舞いに行くため、シドとミーファと一緒に、最初に泊まった宿に再び居を構えることになった。
「ほら、コーイチ。朝だぞ」
誰かが俺の体を優しく揺すりながら、耳元で起床するように囁いてくる。
「……全く、お前は何時まで経っても、朝起きるのだけは苦手だな」
呆れるように嘆息する気配がするが、それでも俺はベッドの魔物の呪縛から逃れられない。
何故なら全身が深い沼に沈んでいるかのように重く、瞼は開けようにもまるで糊で引っ付いたかのように、ピッタリとくっついて離れないのだ。
その理由はいうまでもない。キングリザードマンからはじまる数々の激闘による疲労が、俺の体にまだ残っているのだ。
これまで感じたこともないほどの疲労は、多少休んだところで取れるはずもないだろう。
かといって体が鈍らないように、日々の鍛錬を怠ることもできないから、休める時には思いっきり休んでおきたい。
だからせめて睡眠ぐらいは……せめて午前中いっぱいは、ベッドの上でまどろみの底に沈んでおきたいと思っていた。
だが、声の主はそうは問屋が卸さないと、これまでより強く俺を揺さぶり始める。
「ほら、早く起きないとキスするよ? それでもいい?」
キスか……そうやって起こしてもらえるのなら、実に男冥利に尽きるだろう。
まあ、実際にそんな美味しい話はないだろうから。俺はやれるものならやってみろと、そっと顔だけ出して相手の反応を見る。
「いいの? 本当にキスするよ?」
ああ、構わない。
そう意思表示するかのように俺は頑として目を開けないでいた。
すると今度は頬に息がかかる距離から声が聞こえる。
「じゃあ、今からキスするけど……」
……そんなこと言って、どうせする気なんかないんだろ?
「ちなみにだけど、さっきからコーイチの彼女が凄い顔であーしのこと睨んでるんだけど、どうなっても知らんよ?」
「――っ!?」
その瞬間、これまで封印されたかのように頑として開かなかった俺の二つの眼が、カッ、と見開かれる。
そうして俺の目に映るのは、してやったりとにんまりと笑う宿屋のやる気のない看板娘、ソロだった。
以前、俺がネームタグを無くした時に再開した時には、不審なものを見るような目を向けられたが、こうして再びソロに笑顔を向けられるようになったと思うと、非常に感慨深いものがあったりする。
特に久しぶりに再会した時、普段は氷のようクールなソロが、目に涙を浮かべながら抱きついてきた時は、隣にシドがいなかったら、そのまま彼女にキスしていたまであった。
そんな可愛らしいソロの姿を思い起こしながら、ベッドの中でしんみりとしていると、彼女はいつものやる気のない眠そうな顔に戻る。
「ようやく起きたね。じゃ、後は自分で起きて」
「ソロ……騙したな」
「そんなわけないじゃん。あんたの彼女が、あーしを睨んでのは本当」
「……えっ?」
その一言で俺はガバッ、とベッドから飛び起きると、部屋の入口のドアに寄りかかり、こちらを無表情で見つめているシドと目が合う。
ピン、と三角形の耳を尖らせ、細かくゆらゆらと揺れる尻尾は、一見すると嬉しいのかと勘違いしてしまいそうだが、あの揺れ方は怒っている時のサインだ。
「んじゃ、そういうことだから」
何が嬉しいのか、ソロは俺の耳元で甘く囁いた後、肩をポンポン、と軽く叩いて涼しい顔をして退出していった。
そうして残されるのは、今一状況が理解できていない寝起きの俺と、不機嫌なままのシドだ。
できれば今すぐここから逃げ出したいが、生憎とこの部屋の唯一の出口を塞がれているので、俺はできるだけ爽やかにシドに向かって話しかける。
「そ、その……シド。おはよう」
「ああ、おはよう。それで、何か言うことは?」
「えっ? その……えっと」
そう問われても、実際はソロから何もされていないので、何も言うことはないのだが……
「その、すみませんでした」
こういう場合、とにもかくにも謝ることが先決だと思い、俺はベッドの上でシドに向かって土下座しながら、これまでの成り行きを説明していった。
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