第396話 決闘

「泰三が……」


 対人戦において無類の強さを誇るだって?

 クラベリナさんによって自信を持って告げられた一言だが、どうにも俺は懐疑的だった。


 ついさっきまでの戦いを見ても、泰三が人間相手に臆することなく立ち回り、並の冒険者程度では相手にならないのもわかっている。

 だが、それでもまるで災害のような圧倒的な強さを見せたクラベリナさんと比べると、どうしても見劣りしてしまう。


 実際、こうして泰三がジェイドと対面してみると、まるで大人と子供といっても過言ではないほどの体格差があり、どう考えても泰三が虐殺される未来しか見えない。


「不安そうだな?」


 すると、いつも通り表情に出てしまっていたのか、苦笑したクラベリナさんが顔を指差しながら話しかけてくる。


「君は相変わらず感情が顔に出るな」

「えっ? あ……すみません」


 その指摘に、俺は顔を弄って表情を戻しながらクラベリナさんに尋ねる。


「クラベリナさんが泰三を信用しているのはわかりましたけど……いいんですか?」

「何がだ?」

「その……こんな大事な一番を泰三に託すだけじゃなく、自分の処女を賭けの対象にすることです」


 クラベリナさんの年齢は知らないが、おそらく俺よりも年上……二十代後半だと思われるが、そんな妙齢の女性が自分の処女であることを盛大にアピールし、それを賭けの対象にするのは如何なものかと思う。


「もし、本当に泰三が負けたらどうするんですか?」

「その時はおとなしくベッドの上に乗るだけさ……そして、泣き虫野郎に年甲斐もなく守り続けていた処女を差し出すだけだ」

「い、いやいや……」


 自分の唇に手を当てて可愛らしくウインクをするクラベリナさんを見て、不覚にも少し可愛いと思ってしまった……それに、年甲斐もなくって自覚していたんですか?


 だが、そこまで処女を守り通したのなら尚更……、


「処女を守るためにも、自分で戦えばいいじゃないですか?」

「まあ、そう言ってくれるな」


 クラベリナさんは肩を竦めてみせると、穴の開いた右手を上げる。


「残念ながらこの怪我で私は全力で戦えん……それに、どちらにしてもジェイドを倒さなければ、私たちの未来はない。違うか?」

「それは……そうです」


 だから俺としては、戦える全員でジェイドに立ち向かうべきではないかと思う。


 シドが言った通り、最終的に勝ったものだ正義であるなら、俺はどんな手を使ってもジェイドを倒すつもりだ。

 その為の手は……今はまだ思いついていないが、奴の背後を一瞬でも突くことができれば、それだけで決着が着く。


「ちなみだが、卑怯な手でジェイドを倒すのは得策ではないぞ」

「えっ?」

「コーイチ、君は組織での戦いというものを学ぶべきだな」


 そう言いながらクラベリナさんは、俺に周囲を見るように指示する。

 気が付けば、ついさっきまで行われていた冒険者と獣人たちの争いが止まっており、この場にいる全員が武器を構えた姿勢で向き合った泰三とジェイドに注目していた。


 これは一体どうしたことかと頭に疑問符を浮かべていると、クラベリナさんがその理由を教えてくれる。


「わかるか? どちらかが全滅するしかないと思われた戦いの行方が、二人の戦いに委ねられたのだ」

「た、確かに……でも、どうして?」

「単純な話だ。誰だって死にたくないし、余計な犠牲は出したくないということだ」


 クラベリナさんによると、古来から人同士の組織的な争い……特に彼我の実力差がそれほど激しくない場合は、早期に決着をつけるために、こうして代表同士の決闘で決着をつけることが多いのだという。


 だからクラベリナさんはジェイドが参戦した時点で、これ以上の犠牲を出さないために、勝負を双方の代表による決闘へと移行するように動いたという。


「これで少なくとも、ジェイドによる獣人たちの虐殺は抑えられたということだ」

「なるほど……」


 だが、果たして決闘に泰三が勝ったとして、冒険者たちがおとなしく引き下がるだろうか?

 それに、最奥に控えるユウキの存在もある。

 決闘の行方がどうなるにしても、すぐに動ける準備はしておくべきだろう。


 そう判断した俺は、クラベリナさんにあるお願いをする。


「では、この場は任せてもいいですか?」

「……何をするつもりだ?」


 訝しむクラベリナさんに、俺は苦笑しながらかぶりを振る。


「何も。少なくとも決着がつくまでは……ただ、万が一のために、シドとソラを守れる位置にいくだけです」

「ああ、なるほどな。では、そちらは任せたぞ」

「任されました」


 俺は恭しく頭を下げると、シドと合流して後方に下がるために移動を開始する。


 その途中、一度だけ振り返って槍を構えた泰三を見た俺は、


 泰三、勝てよ。


 親友に心からのエールを送って、その場を後にした。




「ふぅ……」


 泰三はジェイドと対面してから、もう何度目になるかわからない重い溜息を吐く。

 別に緊張しているわけではない。

 こうして向き合っただけで、ジェイドがいかに強いかは手に取るようにわかる。


 だが、それだけだ。


 普段からクラベリナから過酷な特訓を受けている身からすれば、ジェイドは強いかもしれないが、たいしたことはない。それが泰三の評価だった。


 ただ、今はそれよりも別のことに泰三は気を取られていた。


「はぁ……」

「緊張しているのかい?」


 何度も溜息を吐く泰三に、余裕の笑みを浮かべているジェイドが話しかけてくる。


「まあ緊張するのも無理はない。いくら強くなったとはいえ、君が対面しているのはこの街、最強の男だ。むしろ、この状況で逃げない自分を誇っていいぞ」

「……えっ? あ、すみません。聞いていませんでした」

「何?」

「ちょっと考えごとをしていまして……それで、何か言いました?」

「こいつ……」


 ジェイドの頬が怒りでヒクヒクと痙攣するが、それでも泰三は一向に気にも留めない。


「はぁ……」


 それどころか、またしてもあからさまな溜息を吐いてみせる。


「――っ!?」


 その瞬間、ジェイドの堪忍袋の緒が切れる。


「タイゾオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!」


 ジェイドは怒りで顔を真っ赤にしながら、大剣を手に猛然と泰三へと襲いかかる。


「この俺を……舐めるなああああぁぁぁ!!」


 自分の身長より大きな大剣を軽々と振り回しながら、ジェイドは遠心力を乗せた一撃を大上段から振り下ろす。

 大きく跳びあがってからの一撃ほどではないが、まともに受ければ一瞬にして肉塊へと変わってしまうことは必定の一撃……、


 その攻撃を前にしても泰三は、


「はぁ……」


 どこ吹く風で、相変わらず重い溜息を吐いている。

 だが、流石に自分の命の灯が消えるかどうかの状況で、このまま座して待つわけにはいかないと察した泰三は、槍を高速で回転させながら自分の体もくるりとその場で回転させる。


「スピンシールド!」


 向かって来る大剣に対し、泰三はランサーの第二スキル、槍を高速で回転させて敵の攻撃を弾く「スピンシールド」を発動させる。


 次の瞬間、泰三が振るった矛先が、ジェイドが振り下ろした大剣と点で交差したかと思うと、火花を散らしながらジェイドの大剣が大きく弾き飛ばされる。


「な、何だと!?」


 まさか膂力で圧倒的に勝る自分が負けると思っていなかったのか、ジェイドが驚愕の表情を浮かべる。


「……終わりです!」


 武器を弾かれて無防備な姿を晒すジェイドに、泰三は驕ることなく冷静に突きを繰り出した。

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