第351話 読めない実力
水中から現れたリムニ様曰く、黒の処刑人の人影は全部で四人だった。
全員が地下水路の暗闇に溶け込むような黒い色の、ピッタリと体にフィットするような衣装を着ており、水中から上がって来たはずなのに、不思議と滴り落ちる水滴は少ない。
四人の人影の内、二人は俺とリムニ様に、残りの二人はシドに向かって相対する。
「……リムニ様、俺の後ろに」
顔を何かマスクのようなもので覆っているのか、表情一つ読めない不気味な集団に、どう対処すべきかを考えながら、俺はリムニ様を背中に隠す。
果たして奴等の視界はどうなっているのか? あのマスクがどういった仕組みになっているのかわからないが、俺が得意とする視界を奪うような行動は、効果を成さない可能性が高い。
「気を付けろ。奴等を見るのは初めてじゃが、噂には枚挙に暇がない」
「噂……」
「ああ、ろくでもない噂じゃ」
俺の背中に張り付きながら、リムニ様が黒の処刑人について話す。
黒の自警団とは、エスクロが管理する直属の部隊で、表には出せないような黒い案件を主に扱う集団である。
主な仕事は殺しで、ターゲットとなるのは街の治安を脅かす者、不正な行いをしようとする者であるということになっているが、実際はエスクロにとって都合の悪い者が粛清対象となることが殆どだという。
「我は前に爺からそういう者がいるから、外に出る時は常に死角に注意しろと言われていたのじゃが……まさか本当に出くわすとは思わなかった」
「ああ、だから水路に注目していたんですね」
「そうじゃ……だが、確信が持てなくて、碌に説明もできんかった……すまぬ」
「いえ、お蔭でシドが助かりましたから」
意気消沈した様子のリムニ様に、俺はできるだけ明るい声で話しかける。
「心配しなくても、俺とシドがこんな奴等、あっさりと打ち倒してみせますよ」
「う、うむ……信じているぞ」
「任されました」
俺は力強く頷いてみせながら、一歩前へ踏み出す。
……さて、どうしたものか。
リムニ様にはあんな強がりを言ってみたが、実を言うと完全にただの強がりなので、特にとっておきの秘策があったりするわけではない。
それに、相手はシドにも気付かれずに水中を進んでくるような相手だ。最初から全力で、容赦なく叩き伏せるつもりでいかなければ、逆にこちらが成す術なく殺されてしまうだろう。
俺は腰のポーチへと手を伸ばし、目的の物がちゃんとそこにあるのかを確認すると、前を向いたまま腰を落としてリムニ様の耳に口を寄せる。
「リムニ様……」
そうして俺は、彼女に小さな声で耳打ちをする。
俺の話を聞いたリムニ様は「わ、わかった」と緊張した面持ちで頷く。
後は、シドに作戦を伝えなければと思っていると、四人の人影の一人が、棒状の何かを取り出すとそれを口に咥える。
何をするつもりだ?
そう思った瞬間、周囲に「ピイイイイイイィィィ!!」という空気を劈くような甲高い笛の音が響く。
「なっ!?」
「マ、マズイぞ。援軍を呼ぶつもりじゃ!」
リムニ様の悲鳴にも似た叫びが聞こえると同時に、一人の人影が俺に向かって突撃してくる。
「――!?」
ゆったりと左右に揺れながら、物凄い勢いで迫って来る人影に、俺は慌てて腰からナイフを引き抜いて迎え撃つ。
刃が黒く塗られているのか、暗闇で相手の武器は殆ど見えなかったが、それでも筋肉の動きから大体の予想をつけて、俺は攻撃を受け止めるべくナイフを下から突き上げるように振り上げる。
次の瞬間、ガキィィン! という甲高い金属音と火花が飛び散り、攻撃を繰り出した相手の腕が大きく跳ね上がる。
「……よしっ!」
相手の状態が大きく崩れたのを見て、俺は思わず唇の端を吊り上げて笑う。
今日までオヴェルク将軍やシドといった猛者たちに、散々しごかれて来たのだ。
黒の処刑人だが何だか知らないが、一対一ではそう簡単にはやられない。
これなら小細工を使わなくても、一人ぐらいは倒せるのではないか。
そう思っていると、人影が振り上げられた手を力任せに振り下ろす。
だが、そんな見え見えの攻撃が当たるはずがない。
「おっと!」
俺は華麗な身のこなしで攻撃を回避すると、反撃に転じるために前へ出ようとする。
するとその時、振り下ろした相手の刃から何やら水滴のようなものが飛び散り、俺が被っている
てっきり、水中を移動してきたから刃が濡れていて、その水滴が当たったのかと思ったが、水滴が付いた箇所が、ジュウゥゥ……と音を立てながらまるで火が付いたかのように溶けていく。
「なっ!?」
これはまさか、毒……なのか?
相手が再び武器を振るう仕草を取るのが見えたので、俺は前へ出るのを躊躇う。
「コーイチ、気を付けろ。こいつ等武器に毒を塗っているぞ!」
すると、シドも毒の存在に気が付いたのか、鋭い声で忠告をしながら、二人同時の攻撃を素早い身のこなしで回避しながら、カウンターを決めていた。
吹き飛ばされた人影は、壁にめり込むほど強かに背中を打ち付けていたが、まるで攻撃が効いていないかのように壁から抜け出し、再びシドへと襲いかかる。
見たところ、相手の実力はそれほどでもないが、まるでゾンビかと思うようなとんでもない耐久力を持っているようだ。
そんなことを考えていると、再び「ピイイイイイイィィィ!!」という仲間を呼ぶ笛の音が響き渡る。
「クッ……」
このままでは自警団の連中がここまで来るのは時間の問題だ。
俺は一刻も猶予が無いことを悟り、人影の向こうにいるシドに向けて叫ぶ。
「シド、九つで四番!」
「――っ、わかった!」
俺からの暗号化された要望に、すぐさまに答えが返ってくる。
こんなことを言うと、何か仕掛けてくると思われて警戒されてしまうが、それでも言わないことの方がデメリットが大きいので構わない。
八……七……六…………、
俺は頭の中で数字をカウントダウンしながら、前にキングリザードマンと戦った時にも使った火炎瓶と同じ形状の小瓶を取り出し、蓋の代わりに付いている布を壁にガリガリと削るように擦り付けて火をつける。
「ほら、行くぞ!」
そう言って人影に向かって火炎瓶を投げた俺は、
「リムニ様!」
そのまま敵に背後を見せると、俺に向かって体当たりするように飛びかかってきたリムニ様を抱き止め、そのまま水路へと飛び込む。
「――っ!?」
水路の中は思ったより深く、予想を超える水の冷たさと流れの早さに驚くが、次の瞬間、水面から暗闇を白く塗り替えるような閃光と、すぐ隣に雷が落ちたような爆発音が聞こえ、生まれた衝撃波によって俺とリムニ様は、水の中で激しくかき混ぜられるように吹き飛ばされた。
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