第306話 削り合い
「よし、それじゃあ反撃開始だ!」
おおきく振りかぶったジェイドさんは、手にした小瓶をキングリザードマンに向けて放る。
仄かに光る小瓶は、暗闇を切り裂きながらキングリザードマンに向けて真っ直ぐ飛び、足元をうろちょろする獣人に気を取られている奴の顔面に当たり、
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
次の瞬間、キングリザードマンの顔面を激しく燃やす。
突如として顔面を焼かれる憂き目に晒されたキングリザードマンは、激しく身を悶えながら顔に付いた火を消そうと床を転がる。
「やった!」
思い描いた通りの結果が出たことに、山と積まれたリザードマンの頭骨の陰に隠れながら、俺は堪らずガッツポーズをする。
ジェイドさんが投げた小瓶は、油がたっぷりと入った特製の火炎瓶で、一度着火すればそう簡単には消せないはずだ。
攻撃どころではなくなったキングリザードマンを見て、一先ずの安全を確保した獣人たちはそれぞれ距離を取る。
「ベアさん!」
その内の一人、犬の耳を持つ獣人の男性が俺たちの下へとやって来ると、息を切らしながらベアさんに話しかけてくる。
「助かりました。まさか、あんな奥の手があるとは思わなかったです」
「ああ、感謝ならそこのコーイチにするといい。これは、こいつが持って来たものだ」
「そうか、ありがとう。助かったよ」
「い、いえ、お役に立ててよかったです」
自分は安全なところから見ているだけなのに、最前線で命を賭けていた人から礼を言われると、リアクションに困ってしまう。
そんな俺に、獣人の男性は「頼むぞ」と言うと、ベアさんから軽く説明を受けて、仲間たちに伝達するために颯爽と去っていった。
「さて、これで後は、我々は待つだけだな」
巨体をで隠すように精一杯身を縮めながら、ベアさんがニヤリと笑う。
「今のうちに、奴の背後へと回ろう」
「ええ、そうですね」
俺は静かに頷くと、ベアさんの後に続いて、姿勢を低く維持したまま移動を開始する。
「よし、行くぜ。野郎ども!」
未だに顔に付いた火を消すことに夢中になっているキングリザードマンを見て、ジェイドさんたちは一斉に奴へと襲いかかる。
ジェイドさんの大剣をはじめ、槍、斧、ナイフ、果ては鞭や槌といった様々な武器でキングリザードマンへと襲いかかる。
だが、やはりキングリザードマンの全身を覆う鱗は厚く、繰り出した攻撃の殆どは、奴の鱗を貫くことはない……そう思われたが、その中でキングリザードマンの膝を狙った槍による攻撃が、奴の鱗の隙間に上手く突き刺さったのか、奴の膝から鮮血が舞うと同時に、
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」
キングリザードマンが玄室を揺るがすほどの大絶叫を上げる。
「うっ……」
「うるさ…………」
「こ、これは……」
その余りの大音量に、俺とシド、ベアさんの三人は揃って耳を抑え、苦悶の表情を浮かべる。
比較的距離が離れている俺たちでさえ、平衡感覚が失われるかと思うほどの大絶叫だ。近くにいるジェイドさんたちは、無事だろうか。
特に、獣の耳を持つ獣人は音に敏感だろうから、あれだけの音を耳にしたら……、
「……あっ」
そして、そんな悪い予感と言う奴は大概当たるのだった。
キングリザードマンの近くで大絶叫を浴びた犬の耳を持つ獣人、そして兎の耳を持つ獣人の二人が、大音量によって聴覚に異常をきたしたのか、目を白黒させながら蹲っていた。
そして、タイミングの悪いことに、ようやく顔についた火を消したキングリザードマンの目がギョロリと動けない二人の獣人を補足する。
キングリザードマンは、ギザギザの刃が付いた凶器を振り上げると、
「キシャアアアアアアアアアアアアァァ!」
容赦なく刃を薙いで二人の獣人を吹き飛ばした。
「ガイッ! ポール!」
宙に舞う二人の獣人を見て、ベアさんは思わず彼等の名前を呼びながら腰を上げ、そのまま走り出そうとするが、
「おい、何処に行くんだ!」
その前にシドが手を伸ばし、ベアさんの腕を掴んで止める。
「あたしたちには、あたしたちの与えられた役割があるだろう」
「だが……」
「だがもへったくれもない。お前も人の上に立つなら、何を優先させるかは人に言われるまでもないだろう」
「…………」
シドに諭されたベアさんは、そのまま暫く彼女を睨んでいたが、
「…………クッ」
今回は自分の非を認めたのか、シドの手を乱暴に振り解いて再び腰を落とす。
「……やれやれ」
苛立ちを露わにするベアさんを見て、シドは呆れたようにかぶりを振る。
「さて、後は今ので奴にあたしたちの居場所がバレていないといんだが……」
「シド!」
流石にそれは言い過ぎだ。と俺が注意しようとするが、
「いや、いいんだ。コーイチ」
立ち上がりかけた俺を、ベアさんが手で制す。
「確かに今のはシドが正しい……俺たちは、自分の仕事をこなすべきだ」
「ですが……」
「あいつ等も全てが台無しになるのは望んでいない。だから、奴を倒すことに注力しよう」
そう吐き捨てるように言ったベアさんは、腰を落としてキングリザードマンの背後を取るために再び歩きはじめる。
「ベアさん……」
ここまでどうにか犠牲者を出さずにやって来たのに、思わぬ展開で二人の犠牲者が出てしまった。
これが、今後の戦況に影響が出ないといいのだけど……
そう思いながら、俺は背中を落としてトボトボと歩くベアさんに続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます