第296話 敗走者の行方
玄室へと突入した冒険者たちだが、全員が経験豊富な熟練者というわけではなかった。
「う、うわあああああああああああああああっ!」
冒険者の中ではかなり未熟者に分類される浩一に命を救われたノインは、必死の形相で隙だらけのリザードマンウォーリアーの背後から斬りかかる。
街の武器屋で手に入れたショートソードは、よく手入れをして切れ味は申し分ない。
だから渾身の一撃が決まれば、リザードマンウォーリアーとて問題なく倒せるはず。
…………そう信じていたが、
「うぐっ!?」
リザードマンウォーリアーのがら空きの背中を捉えたと思った剣は、カキィン、という硬質な音を響かせて硬い鱗に弾かれてしまう。
「そ、そんな……」
絶対に倒したと思われた一撃を、回避されたわけでも防御されたわけでもなく、単純に相手の装甲を貫くに至らなかったことにノインは愕然とする。
さらに、今の一撃でリザードマンウォーリアーを倒せなかったことで、奴の意識がノインへと向く。
「…………あっ」
逃げなければ……頭ではそう思うノインだったが、想定外の事態に体が上手く反応してくれず、足を動かすことができずにいた。
さらに、
「キシャアアアアアアアアアアアアァァ!」
「――っ!?」
リザードマンウォーリアーが放つ威嚇の咆哮に、ノインはビクリ、と体を震わせたかと思うと、
「う、うわあああああああああああああああああああ!」
恐怖から武器を放り出してその場から逃げ出す。
まだ戦っている仲間がいるにも拘らず、最前線から逃げるというのは冒険者としては最低の行為だったが、そんなことは関係なかった。
「あっ、おい!」
後ろから仲間の声が聞こえたが、ノインは止まらない。
「シャアアアァァァ!」
何故なら、狙いをノインに定めたリザードマンウォーリアーが、猛然と迫っていたからだ。
「こ、こんなことなら、この仕事を引き受けるんじゃなかった……」
前回のクエストで引退しようと思ったノインが、今回のクエストに参加した理由は、以前のクエストで救ってくれた人物との橋渡し役を頼まれたからだった。
本当かどうかわからないが、その人物は人間なのに人類の敵とされている獣人たちの集落で暮らしているという。
ノインは、別に獣人に対して何か思うところがあるわけでも、これといって敵視していることもなかったが、自分の命の恩人である人の助けになればと、これを最後のクエストにするつもりで引き受けたのだった。
だが、その人物は現れず、ギルドマスターであるジェイドのパーティに入ってしまった為、途中で引き返すこともできず、
「だ、誰か……」
リザードマンウォーリアーから必死に逃げながら、ノインはまだ残っているかもしれない誰かに向かって助けを呼ぶ。
「はぁ、はぁ、お願い……誰か…………」
だが、いくら叫んでもノインの言葉に応えてくれる者は現れない。
防具一式を装備していることと、ここまで殆ど休みなしで行軍してきた為、疲労もかなり蓄積してきている。
「はぁ…………はぁ…………もう……」
まだ出口までかなりの距離があるが、体力の限界が来たノインは、角を曲がったところでその場に崩れ落ちる。
すぐ後ろからは、ドタドタというリザードマンウォーリアーの足音が迫って来ている。
(もう……駄目だ)
怒り狂ったリザードマンウォーリアーが諦めてくれる様子はない。
「クソッ、こんなところで」
自分もまた、死んでしまった兄の様にトカゲ野郎に惨たらしく殺されるのかと思うと、悔しくて……情けなくて涙が出てくる。
「…………誰か…………誰か助けて」
ただでさえ暗闇で視界が殆ど利かない中、こんな怖くて逃げ出してきた臆病者を助けるため、わざわざ危険を冒して来てくれる酔狂な者などいないのだろう。
そうこうしている間に、リザードマンウォーリアーがの足音はすぐ近くまで迫って来ている。
奴がこに来るまで、後何メートルだろうか。
「に、兄さん…………ゴメン」
もう助からないと、ノインは覚悟を決めて目を閉じる。
これは仲間を見捨てて逃げ出してしまった報いである、と。
「…………」
そうして一体、どれだけの時間が過ぎただろうか?」
「…………あれ?」
気が付けば、あれだけ恐怖を覚えたドタドタというリザードマンウォーリアーの足音がしなくなっている。
もしかして、リザードマンウォーリアーは諦めて帰ったのだろうか。そんなことは有り得ないと思いながらも、ノインはゆっくりと目を開けると、
「う、うわああっ!?」
いきなり眼前に何かが降ってきて、驚いたノインは声を上げながら仰け反る。
それはリザードマンウォーリアーの死体だった。
「な、なな、ど、どうして?」
ノインの全力の攻撃で傷一つ付けられなかった青い鱗の背中の部分から、右の肩口へと向けてぱっくりと切り裂かれたリザードマンウォーリアーの死体を見て、ノインは口をパクパクと開閉させながらゆっくりと後退る。
すると、
「……何だ。まだ動けるじゃないか」
「えっ?」
上から降ってきた声にノインは思わず顔を上げる。
するとそこには、
「よう、また会ったな」
あの日見た、救世主がそこに立っていた。
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