第278話 地下墓所での邂逅

「「――っ!?」」


 突如として響いた声に、俺とシドは互いに距離を離して同時に身構える。


 レド様の墓石があるこの空間は、別に秘密の空間というわけではないのだから、誰かが来ても不思議ではないのだが、まさかこのタイミングで誰かが現れるとは思わなかった。

 一体誰が現れたのか。俺は腰を落とし、背中のナイフに手をかけながら声の主の正体を見極めようとする。


 そうして俺たちの前に現れたのは、


「ほほう、獣人と人間のカップルとは珍しいな」


 鍛え上げられた肉体を、惜しげもなく晒すようなビキニアーマーに身を包んだ自警団団長、クラベリナさんだった。


「クラベリナ……さん?」

「ん?」


 腰をくねらせながら現れたクラベリナさんは、俺の顔を見るなり、形のいい眉を顰めて訝しむ。


「……君とは初対面のはずだが、どうして私の名前を知っているのだ?」

「そ、それは……」


 クラベリナさんからの質問に、やはり彼女も俺のことを忘れてしまっていると知り、落胆を隠せなかった。


 俺がネームタグを喪失した時、クラベリナさんはこの街にはいなかったから、もしかしたらと思ったのだが、例外はないようだった。


「どうした? 私の質問に答えられないのか?」


 俺が答えに窮していると、クラベリナさんは蠱惑的な肢体をくねらせながら、無防備に近付いてくる。

 腰に愛用のレイピアを吊るしているが、今のところ抜く気はないのか、柄に手すらかけていない。


 流石にレド様が眠るこの地で争う気はない、ということだろうか。

 ……だったらここは、ある意味でチャンスかもしれない。


 無駄かもしれない。

 有り得ないと一蹴されるかもしれない。


 だけど、クラベリナさんなら……この人なら俺の言うことを信じてくれるかもしれない。

 俺は一縷の望みに賭けるべく大きく深呼吸を一つすると、目を見開いてクラベリナさんの目を真っ直ぐ見据える。


「あ、あの……」

「おい、止めとけ」


 だが、俺が発言するより早く、シドが俺の袖を引きながら耳元で囁いてくる。


「あいつには何を言っても無駄だ」

「で、でも、クラベリナさんはノルン城でレド様の……」

「知ってる……だけど、あいつは何も覚えていないんだ。それに……」

「それに?」

「…………」


 俺の質問に、シドは顔を伏せてそれ以上は応えようとしない。


 シドは一体、俺に何を伝えようとしたのか?


 自分から話を振っておいて、中途半端なところで止めるなんて生殺しもいいところだが、ここはシドを問い詰めるよりも、クラベリナさんへの可能性に賭けてみたい。

 だってクラベリナさんは、レド様の傍付きとして仕えていたのだし、シドはレド様の娘なのだ。

 その事実を知ったら、クラベリナさんはきっと……、


「おい、さっきから何をコソコソと話しているんだ」

「す、すみません」


 クラベリナさんの鋭い眼光に、俺は思わず謝罪の言葉を口にしながら頭を下げた後、意を決して話を切り出す。


「あ、あの……どうして俺がクラベリナさんの名前を知ってるか、ですよね?」

「ああ、そうだ。答える気になったか?」

「はい、全て包み隠さずお話しします」


 そう前置きして、俺の知る限りのことをクラベリナさんに話すことにした。


 俺がこの世界に召喚され自由騎士で、前に地上で暮らしていた頃に、クラベリナさんと知り合ったということ。

 その後、自分の過失でネームタグを失ってしまい、さらには賞金首となって追われる身になってしまったが、シドたちに救われて一緒に暮らしていること。


「…………以上です」

「…………」


 俺の話を、クラベリナさんは胸を下から持ち上げるように腕を組みながら黙って聞いてくれた。


「あ、あの……」


 どうでしょうか? とクラベリナさんの反応を伺うが、彼女は腕を組んだまま、目を閉じて微動だにしない。

 何を考えているんだろう……そう思っていると、


「……信じられんな」


 クラベリナさんが目を開いて俺を見ながら話す。


「君の話を聞いている間、ずっと私自身の記憶を辿ってみたが、私に君と会った記憶はない」

「そう……ですか」


 予想通りの答えに落胆の色を隠すことができなかったが、不審者認定されて、いきなり襲われなかっただけマシと思った方がいいだろう。


 それに、本題はここからだ。


「あ、あの、もう一つだけ俺の話を聞いてもらえませんか?」

「……まだ、何かあるのか?」

「はい、あの……クラベリナさんは覚えていないかもしれませんが、俺……あなたから昔、仕えていた主のこと、レド様のことを聞いたことがあるんです」

「……何だと?」


 レド様の名前が出た途端、クラベリナさんの顔色が変わる。


「私が……君にレド様の話をしたというのか?」

「はい、それでレド様の三人の娘は、もう死んでしまったと諦めると言っていましたが、実は生きていたんです」

「なっ!? そ、それは本当か?」


 驚愕の表情を浮かべて身を乗り出すクラベリナさんに、俺は自信を持って頷く。


「はい、実はですね……」


 俺は隣に立つ、シドを紹介するように手で示す。


「実は彼女がレド様の三人の娘の長女、シドなんです」

「…………」


 俺がそう言った瞬間、室温が二度下がったような気がした。


「…………あれ?」


 不穏な空気を察してクラベリナさんの方を見ると、彼女の目が獰猛な肉食獣のように鈍く光っていた。


「…………君は私を怒らせたいのか?」

「えっ、い、いやいやいや、そんなわけないです!」


 俺は必死にかぶりを振りながら、怒らせる気は毛頭ないとアピールする。


 一体、どうしてクラベリナさんはそんなに怒ってるのだろうか?

 混乱する俺に、


「……だから言ったんだ」


 隣に立つシドが吐き捨てるように言う。


 えっ? それはどういう……

 意味だ? とシドに聞くより早く、クラベリナさんが洞窟内にあまねく反響するようなよく通る声で叫ぶ。


「いいか、私の敬愛するレド様が、薄汚い獣人のはずがないだろう!」


 それは全く予想だにしていない展開だった。

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