第277話 母へと送る言葉

「なるほどな」


 これで色んなことに得心がいったと、俺は大きく頷く。


 どうしてミーファがロキと知り合いだったのか。

 一人と一匹は何処で出会い、どうやって街の外に出ていたのか。

 そして、どうしてロキがミーファを守っていたのかもこれで説明がつく。


 ここにロキの寝床があるということは……


「なあ、シド?」


 俺は確信に満ちた目でシドに確認を取るようぬ尋ねる。


「レド様の近くには、黒くて大きい狼がいたりしなかったか?」

「……いや、母の近くにはいなかったな」

「……あれ?」


 もしかして読み間違えた?

 そう思ったが、


「だが、父に仕える戦士の中に、ロキという名の巨大な黒い狼がいたのは知っているが……まさか」

「ああ、そのまさかだよ」


 俺は得意気な表情で頷くと、拾った黒い毛をシドに差し出しながら話す。


「どうやらここは、そのロキの寝床のようだよ。きっと、ここでレド様の墓石を守ってくれているんだ」

「それじゃあ、あの穴は?」

「多分、ロキがミーファを迎え入れるために掘ったんだと思う。そして、ここから彼女を街の外へと連れて行っていたんだ」

「ま、街の外だって!?」

「うん、実は……」


 ここまで来たらもう隠す理由もないので、俺はシドにミーファとの出会いについて話した。




「そういうことがあったのか……」


 俺からミーファとの出会いについて話しを聞いたシドは、ロキの寝床を呆然と見やりながら呟く。


「まさか、あのロキが生きていたなんて思いもよらなかったよ」

「シドはロキが戦っているところ見たことがあるの?」


 その質問に、シドはゆっくりとかぶりを振る。


「……ない。というより、あたしは母にべったりだったし……父と、その周りにいる人たちは正直、怖いと思ってたから碌に近付きもしなかったんだ」

「そうか……」


 だから行商人のことも、全然知らなかったんだな。

 ただ、今でこそ血気盛んなシドが、屈強な戦士たちが怖くて近付くこともできなかったと思うと、何だかとても可愛らしく思えて、自然と口元が綻ぶ。


「あっ、こいつ! 笑ったな」


 俺が笑いを噛み締めていると、顔を赤くしたシドが俺の首に手を回してヘッドロックをしながら捲し立てる。


「どうせ、あたしにはそんな女らしい姿、似合わないよ」

「そ、そんなことないって……ただ、とっても可愛いなって思っただけだよ」

「んなななっ!?」


 可愛い発言に、シドは俺から手を離すと、高速で距離を取る。


「も、もう……そういう恥ずかしい発言は止めろっていつも言ってるだろ」

「ハハハ、ゴメンゴメン」


 俺は謝罪しながらも、もう何度もこうして可愛いって言ってるんだから、少しは慣れて欲しいんだけどなって思うが、こうして「可愛い」と言っても、たいしたリアクションも取ってくれなくなったらそれはそれで寂しいので、これからもシドにはいいリアクションを期待したいと思う。


 ただ、シドと何時までもじゃれ合っている場合でもないので、ここに来た本当の目的を果たすとしよう。


「それじゃあ、シド。レド様の墓石まで案内してくれるか?」

「あ、ああ……」


 まだ不服そうだったが、シドは小さく頷くと、


「こっちだ」


 そう言って、ロキの寝床を後にした。



 幻想的な緑色の光の中を、俺たちは奥へ奥へと進む。

 そうして洞窟の最奥までやって来たところで、大きくて白い影が見えてくる。


「……あれが?」

「そうだ。母の墓石だ」


 俺の質問にシドがゆっくりと頷き、墓石に向かって歩きはじめる。

 そうして見えてきたレド様の墓石は、巨大なクリスタルの原石そのもののような、綺麗な五角柱の白い石でできていた。


「母様……お久しぶりです」


 レド様の墓石の前までやって来たシドは、墓石に手を当てると、祈るように目を閉じながら呟く。


「何度も来ようと思っていたのに、中々来れなくて、すみませんでした」


 そう言ってシドは、これまであった出来事をレド様に報告していく。


 何処か寂しそうなシドの背中を、俺は静かに見守る。

 久しぶりの親子水入らず再会なのだ。ここで部外者である俺がわざわざ水を差すこともあるまい。


「…………」


 そうして暫くの間、シドの背中を見守っていると、


「……母様、あたしたちに新しい家族が増えたんです」


 顔を上げたシドが、俺の方へと手を伸ばしてくる。


「さあ、コーイチ。母様に挨拶してくれ」

「あ、ああ……」


 シドに促されて、俺はレド様の墓石へと手を当てる。

 いきなり水を向けられるとは思わなかったので、何を話そうかと思っていると、


「別にそんなに畏まらなくていいぞ。母様はあたしと同じで、畏まったことが苦手だったから」

「そ、そうか……じゃあ」


 俺は「コホン」と一つ咳払いをした後、


「その、はじめまして。俺は浩一って言います。その……いつもシドにはお世話になってします」


 非常に無難な挨拶をした。

 すると、


「…………プッ」


 それを聞いていたシドが、我慢できないといった様子で噴き出す。


「な、何だよ。その堅苦しい挨拶は」

「べ、別にいいだろ。これでも一生懸命考えたんだよ」


 うう……だから嫌だったんだ。

 こういう時に冗談が言えるキャラではないし、かといってキザっぽく「シドの恋人です」なんて発言をする勇気もないから、無難な挨拶をしただけなのに、ここまで笑われるとは思わなかった。


「俺。そんなにおかしなこと言ったかな……」


 そんなに笑うことないだろ。と不満げに口を尖らせると、


「ハハハッ、悪かったって。そういやコーイチってそういう奴だったな」


 シドは相変わらず腹を抱えて笑いながら、俺の背中をバシバシと叩いてくる。


 全然、懲りてないな。

 母親の前だというのに、腹を抱えて笑い続けているシドを三白眼で睨んでいると、


「……何だか賑やかな声が聞こえるな」


 俺たちの背後から、誰かの声が聞こえてきた。

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