第240話 復習の時間

 それから俺とシドは地下の下水道へと続く通路に下り、男性たちが逃げてくるのをハンドル付きの扉の前で待った。

 ここまで来ると下水道の臭いが気になるので、俺は口と鼻を隠すように布を巻いている。


「……来ないな」


 熊人族くまびとぞくの男性を運んでから十分ほどが経ったが、次が来ないことにシドが苛立ちを紛らわすように爪を噛む。


「ったく、いつ戻ってくるんだ……というより奴等、本当に無事なのか?」

「そう……だな」


 確かにこのままここでいつ戻ってくる人たちを待ち続けるのは精神衛生上あまりよろしくはない。


 俺は少し距離を取って目を閉じると、壁に手を当ててアラウンドサーチを使う。

 脳内に索敵の波が広がっていくと同時に、周囲の地形がワイヤーフレームのような形で一瞬だけ見えるようになる。

 俺はその地図と、自分の脳内地図とを照らし合わせておおよその距離を測りながら赤い光点があらわれるのを待つ。


 そうして待つこと数秒、脳内に赤い光点がぽつぽつと現れる。

 その数、全部で三つ……いや、少し離れた場所にもう一つ現れたので四つ。

 かなりの速度で動いている前の三つと、まるでそれを追いかけるように動くもう一つの光、この四つの関係性から読み取れることは……、


「シド……後少しで三人がここに来る」

「何だって!? どうしてそんなことがって……そうか、力を使ったんだな」


 一瞬で状況を理解したシドは、扉から離れて俺の隣に立つ。


「それで、反応はどうだった?」

「全部で四つだ。おそらく三つは集落の人で、何者かに追われているようだ」

「追われているって……魔物か?」

「多分、でもどんな魔物かまではわからない」

「そうか……」


 俺からの報告を聞いたシドは、扉の向こうを凝視したまま暫く何やら考えていたが、


「……コーイチ」


 顔を上げて俺の肩を掴むと、目を見て静かに話す。


「分かる範囲でいい。その見えた光について教えてくれ」

「教えてって……何を?」

「そうだな……先ず、前を行く三人がどうやって逃げているか。そして、後ろの光がどれぐらいの速度で、どうやって追いかけているかだな」

「いいけど、あくまで俺の主観でいいのか?」

「構わない。毎日コーイチのことを見ているから、コーイチのことはある程度のことはわかるつもりだ。どれだけあやふやでも、キチンと理解してみせるさ」

「……わかった」


 何だかそれって夫婦みたいだな。そう思ったが敢えて言わないでおく。

 シドはよく俺に恥ずかしいことを言うのは禁止だと言うが、彼女も大概だと思った。


「それじゃあ、改めてよく見てみるよ」


 俺は赤くなっているであろう顔を悟られないように目を閉じると、状況を詳しく見るために再びアラウンドサーチを使った。




 その後、俺から情報を聞いたシドは現れた魔物に目星をつけ、男性たちを助けるための作戦を提案した。


「……どうだ、理解できたか?」

「ああ、わかった」


 シドからの提案に、俺は口に巻いた布を直しながら緊張した面持ちで頷く。

 あれから俺たちは扉を抜けて、扉のすぐ近くの通路で逃げてくるであろう男性たちを待ち構えていた。


「でも、本当にこんな作戦で上手くいくのか?」

「大丈夫だ」


 俺の疑問に、シドは自信に満ちた表情で頷く。


「コーイチの情報が確かならば、相手はほぼ間違いなくデルビートルだ。あの魔物が相手なら、対処はそう難しくないさ」


 そう言ってシドは、肩に担いだ巨大なハンマーを見せびらかすようにポンポンと叩く。


「いざとなったら、あたしがこれでデルビートルを叩き潰してやるよ」

「そう……か」


 過去に対峙したことがあるのか、自信を見せるシドを見て俺は少なからず安堵する。

 すると、そんな俺を見て死体漁りの先輩であるシドは、先生モードへと移行したのかずいっと顔を近づけて来て質問してくる。


「それより、コーイチ。あたしが前に話したデルビートルの特徴覚えているか?」

「ええっと、ちょっと待って」


 突然の不意打ちに、俺は目を逸らしながら過去の記憶を辿る。


 デルビートル……それは俺が初めて死体漁りスカベンジャーとして出会った死体を殺したと思われる巨大な甲虫の魔物だ。

 大きな体に似合わず素早い動きが特徴で、重戦車のような突貫攻撃を喰らえば、あっという間に物言わぬ死体へと変わってしまうという。

 ただ、デルビートルの特徴として固い鎧のような甲羅の所為で視界が悪く、視力もあまり良くない。攻撃もひたすら全身するだけの単調なものなので、回避は容易いというものだった。


「後……追加情報でデルビートルは、目は悪いけど、耳は結構いいから大きな音を出すのは厳禁ってことだね」

「うん、上出来だ」


 俺の答えを聞いたシドは、満足そうに頷く。


「だから奴と対峙する時は、こうしてあらかじめ作戦を決めておく必要があるというわけだ」


 そう言うシドの作戦は、非常にシンプルなものだった。

 先ず、逃げて来た男性たちには、そのまま扉の中へと入ってもらう。

 ただ、そのままではデルビートルも集落の中まで入ってきてしまうので、シドが囮となって奴の注意を惹く。


 ここで役に立つのが、デルビートルは音に敏感だということだ。

 囮に引っかかってデルビートルがシドの方へと向かったのを確認した俺は、出入り口となる扉をシド一人が通れる隙間を残しておく。

 後はデルビートルの攻撃を回避して戻ってきたシドを迎え入れ、二人で扉を閉めてしまおうというものだった。

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