第238話 赤く染まる彼女

 どうして? という思いと共に、俺は必死になって二人から聞いた夢の内容を思い出す。


 ソラによると、俺はソラたちを守って大きな影に立ち向かっていくという話だが、生憎と今はその大きな影とやらは見えない。

 その影とやらはこれから現れるのかもしれないが、ならば気にすべきなのは、俺がソラたちを守ってという部分だろう。


 少なくとも俺が命を張るということは、三姉妹の誰かが命の危機に陥るということだ。


 ソラたち、ということはソラ一人ではない。最低でももう一人は、その対象がいるはずだ。

 ミーファがここにいて、ソラは奥様方と共にいるということは、


「シドは?」


 三姉妹の長女であるシドの姿が見えないことに気付いた俺は、顔を上げて彼女の姿を探す。

 てっきりソラと一緒にいるかと思われたが、近くにシドの姿はない。


 まさか、そんなはずは……一瞬だけ頭に浮かんだ最悪の光景にかぶりを振りながら、俺は必死になってシドの姿を探す。

 そうして俺は、二つある入口の一つ、地下の方から上がってきたシドの姿を見つける。


「――っ!?」


 その瞬間、俺は弾かれたように走り出す。


「あっ、おにーちゃん!?」


 後ろからミーファの悲鳴のような声が聞こえ、


「ミーファはそこで待っていてくれ!」


 俺は反射的にそう答えるが、顔はもう前しか見ていなかった。

 まさか、ソラが見る夢は予知夢というやつなのか?

 だとしたらこの後、俺は命の危機に晒されるのか?

 だが、この時の俺はそんなことを考える余裕などまるでなかった。


 何故ならようやく見つけたシドは、全身が血まみれだったからだ。



 シドがまさか、そんな……


 俺は逸る気持ちを抑えながら、必死に足を動かす。

 ソラから聞いた話では、シドが危機に陥るなんてことは言ってなかった。

 だが、俺がソラからの提案でナイフを持ったことで、未来が変わったのだとしたら?

 予知夢なんてものが本当にあるかどうかはまだ半信半疑だが、俺の所為でシドに何かあったら、ソラとミーファに何て言ったらいいのかわからない。


 俺は何やら作業をしているソラたちの間を一気に抜けて、シドの下へと急ぐ。


「シド!」

「ああ、コーイチか」


 俺の姿を見たシドは、安心したように小さく嘆息する。


「助かった。悪いが手伝ってくれるか?」

「な、何を言っているんだ!」


 俺は再び地下へ降りて行こうとするシドの腕を掴むと、彼女の体を強く引き寄せる。


「えっ?」


 驚き、目を見開くシドを無視すると、


「痛かったら、ちゃんと言ってくれ」


 そう言って俺はシドの血で張り付いた服の裾をめくり、玉のような白い肌に付いたであろう傷がどれほどのものかを調べる。


「えっ? ちょ、まっ!?」

「悪いけど……黙っててくれ」


 慌てて服を戻そうとするシドの制止を振り切って、俺はしっかりと主張する胸とは違い、控えめなへその周囲に手を這わせる。

 幸いにもスベスベで触り心地のいいお腹周りには、大きな傷はついていないようだ。


「あっ、やめ……ひゃん!」


 だが、万が一のことを考え、俺はシドのお腹から脇腹、そして背中へと手を這わせて怪我した箇所が無いかを確認し、玉のような肌に傷が付いていないことを確認する。

 ということは、この血はもっと上部から流れてきた可能性があるということだ。


 俺は顔を上げると、羞恥で顔を赤くして涙目になっているシドに真剣な面持ちで話しかける。


「シド……」

「な、何……まだ何かあるの?」

「服……もっとめくってくれないか?」

「え、ええっ!?」


 シドは慌てて服の裾を戻そうとするが、俺はその手を掴んで放さない。


「早くしないと手遅れになる場合がある。だから……恥ずかしがらずに俺に、胸を見せてくれ」

「な、なな、なななっ……」


 俺からの言葉に、シドの顔が赤から青、そしてまた赤に戻ったかと思うと、


「コーイチのばかああああああああああああああああああぁぁぁぁ!」


 俺に向かって容赦のない平手打ちをかましてきた。




「……本当にゴメン!」


 俺は仁王立ちのシドを前に、地面に平伏しながら彼女に謝る。

 俺の左の頬には、楓の形をした赤い痕がくっきりと刻まれていた。


「俺、てっきりシドが大怪我を負ったかと思って」

「もう、それはわかったから顔を上げてくれ」


 シドは膝を付くと、土下座をしている俺へ手を差し伸べて起こす。


「コーイチ、謝罪はもういいからあたしの手伝いをしてくれ」

「わ、わかった」


 その言葉に俺は頷いて立ち上がると、シドと一緒に地下へと続く階段を下りる。

 結局、シドが大怪我を負ったというのは、俺の勘違いであった。

 シドの顔や衣服に着いた血は、彼女の血ではなく別の人物の血だった。

 それは、今朝方地下へ探索のために降りて行った男性陣、ベアさんとはまた別のグループの人のもので、探索中に魔物に襲われて返り討ちにあったという。

 今は奥様方に手当の準備をしてもらおうと、連絡役の人が戻ってきて、慌ててその準備をしている最中だったという。


 シドから手短に状況を聞きながら、俺は一番気になったことを尋ねてみる。


「……それで、死者は?」

「わからない。ただ、さっきあたしが連れて帰ろうとした奴は全身血まみれで……意識が朦朧としていてあたし一人じゃ、とても上まで運べなかったんだ」

「なるほど……じゃあ、先ずはその人を運んでしまおう」

「助かる」


 俺の提案に顔を見合わせて頷き合った俺たちは、急いで階下へと降りて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る