第237話 予知夢
その後も水路で水遊びに興じたり、二つの監獄を繋ぐ欄干のない橋に腰かけて、用意してもらったお弁当を食べたりと、ミーファ曰くラブラブなデートとやらは続いた。
それは、普段やっていることの延長で、お弁当をいつもと違う場所で食べただけなのだが、
「えへへ、おいしいね~」
いつもとちょっと違うことが嬉しいのか、ミーファは満面の笑みを浮かべてちょっと固い黒パンを頬張る。
「そうだな。美味いな」
いつもと同じ味気ないパンと言ってしまえばそれまでなのだが、ミーファの笑顔を見ていると、何だかいつもより美味しく感じる。
こういう何気ない変化に対して、喜びや幸せを感じることができるのは、小さい子供だけの特権かと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。
「……たまには、こういう日があってもいいかもな」
朝起きた時は、ソラの夢の話を聞いて不安に駆られたが、ミーファのデートに付き合ってそんな不安はすっかりと吹き飛んでしまった。
やっぱり俺は、ミーファを……三姉妹を守りたい。
この笑顔を守るためならば、もう少し……もう少しだけ頑張ってみようと思った。
俺はミーファの口の端についたパンくずを取ってやりながら話しかける。
「ミーファ、ありがとな」
「んっ、な~に?」
「お兄ちゃん。なんだか元気になれたよ?」
「ミーファのおかげ?」
「ああ、ミーファのお蔭だ。今日はミーファとデートできて凄く良かったよ」
「えへへ……」
ミーファは頬を赤く染めて恥ずかしそうにはにかむと、俺にスリスリと頭を擦りつけるように甘えてくる。
「じゃあさ、ミーファ。おにーちゃんにあたまなでなでしてほしいな」
「ああ、いいぞ」
俺は手を伸ばして、ミーファの頭を優しく撫でてやる。
頭を撫でられたミーファは「むふ~」と満足そうに目を細めて俺に身を委ねる。
どうやらお姫様の機嫌は完全に治ったようだ。
これなら午後は、シドたちの手伝いにいっても大丈夫かもしれない。
……奥様方の誤解も解かないといけないしな。
そんなことを考えていると、
「ほら、おにーちゃん。もっとちゃんとなでなでして」
頭の撫で方がおざなりになっていたのか、ミーファに怒られてしまった。
「わかったわかった。悪かったよ」
俺は苦笑しながらも、ミーファがお気に召すように優しく、これまでに培った知識を総動員して彼女が喜ぶポイントを押さえて頭を撫で続けた。
お弁当を食べた後、試しにシドの手伝いをしたいとミーファに言ったら、
「うん、いいよ~」
案外あっさりと了承が得られた。
その言葉が聞けた俺は、密かに胸を撫で下ろす。
実を言うと、皆が働いている間に、ミーファの面倒を見るという大義名分があっても、一人だけ仕事をしないというのは結構な罪悪感があった。
この世界に来て既に三ヶ月という時間が経つが、未だに日本人特有のワーカホリックな部分が抜けきらない俺だった。
そうして俺たちが向かった先は、集落の入口だ。
午後になると、下の階層に潜っているベアさんたち男性陣が徐々に戻ってくるので、彼等が持って来た戦果の仕分けと、負傷者の治療などの仕事がある。
俺も何度かシドと共に手伝ったことがあるが、男性陣の仕事っぷりは凄まじいものがあった。
これらの討伐は死体漁りに比べて報酬は少なくとも、それなりの生活水準が保たれているのは、彼等が体を張って頑張ってくれている要因がかなりを占めていた。
そろそろ二つの入口が見えてくるというところで、
「……あれ?」
入口付近が何やらいつもと違う雰囲気になっていることに気付く。
具体的には、いつもはにこやかな微笑を浮かべているはずの奥様方が、血相を変えてあたふたと走り回っているのだ。
その中にはソラの姿もあり、彼女はレンリさんの母親と一緒に、床に大きなシーツを広げている最中だった。
何だろう。パッと見た感じではこれから宴会でも開かれるのかと思うのだが、それにしては雰囲気が些か険吞としているような気がする。
そんなこと思っていると、俺の手を握るミーファの手が震えていることに気付く。
「…………ミーファ?」
明らかに様子のおかしいミーファに、俺は怖がらせないように気を使いながら彼女に話しかける。
「どうした。何か気になることでもあるの?」
「おにーちゃん、だめ!」
俺の視線に気付いたミーファは、強張った顔で俺の手を両手で掴むと、何処にもいかないでと必死に懇願してくる。
その様子に、俺は奥様方を見ながら尋ねる。
「ミーファはあそこで何が起きているのかわかるのか?」
「……わかんない。でも、こわいの」
「怖い?」
「うん……こわいゆめ、みたの」
「夢……それって今日、ソラが見たのと同じ内容の?」
俺が問いかけると、ミーファはゆっくりと頷く。
「マジか……」
それを聞いて俺は背中に冷たいものが走るのを自覚する。
ミーファとソラ、二人が揃って見たという夢は、俺が死ぬ夢だからだ。
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