第140話 衝突

 ――そんな雄二と泰三との間で、ひと悶着あったまた別の日、


「……すみません」


 三人で夕飯を食べていた時、自警団の制服を着た者を見た泰三が、いきなり俺たちに謝罪してきたのだ。

 どうやら歓楽街の方で団体の酔客が暴れているようで、その鎮圧に泰三が駆り出されることになったようだ。


「本当にすみません……この埋め合わせは必ずしますから」

「あ~あ、何だよ。俺には散々文句言ってたのに、自分も同じ穴の狢じゃないか」


 すると、鬼の首を取ったように雄二が泰三を責める。


「泰三、お前は是が非でもこの食事には参加するとか言っていなかったか?」

「……ですから、謝ってるじゃないですか。それに、僕は仕事で仕方なく行くんです」

「ハッ、仕事ですか? 仕事ならよくて、仕事仲間からの誘いに乗るのはダメなんですか?」

「――っ!?」


 雄二の挑発的な態度に、泰三の顔が怒りで真っ赤に染まる。


「おい、雄二。今のは言い過ぎだぞ!」


 流石にこれ以上は見ていられないので、俺は二人の間に立って取り成すことにする。


「泰三だって本気で悪かったと思っているんだ。それなのにさらに追い打ちをかけるようなことを言うなよ」

「何だよ。浩一は泰三の味方するのか?」

「そういう問題じゃない。お前だって前科があるんだから、ここは妥協するべきじゃないかと言っているんだ」

「…………チッ」


 俺の言葉に雄二は舌打ちをすると、椅子を蹴飛ばしながら立ち上がる。


「お前等と飯食っても楽しくねぇから寮に帰るわ」

「雄二!」

「雄二君!」


 テーブルに叩きつけるように料金を置いて立ち去ろうとする雄二の背中に、俺と泰三が声をかけるが、


「…………もう、俺はここには来ないから、精々二人で友情ごっこを演じていろよ」


 そう吐き捨てるように言った雄二は、二度と振り変えることなく立ち去っていった。




「ゆ、雄二君……」


 本当に立ち去ってしまった雄二を見て、泰三は顔を青くさせて立ち尽くす。

 おそらく、自分の所為で俺たち三人の関係が壊れてしまったと思っているのだろう。

 三人の友情を大事にしたいという泰三の気持ちもわかるが、今はそれどころではないだろう。


「泰三……」


 俺は立ち尽くす泰三の肩を叩くと、静かに話しかける。


「お前は自分の仕事に戻るんだ。皆に迷惑をかけるわけにはいかないだろう?」

「ですが……」

「心配しなくても、雄二なら明日にでもなったらひょっこり現れるって。昨日は言い過ぎた。悪かったって照れながらな」

「だと、いいですけど……」

「そうだよ。だから俺のことは気にせず行ってこい。この街を、皆を守るんだろ?」

「……はい、わかりました」


 ようやく納得できたのか泰三はコクリと頷くと、仲間たちの下へと駆けていった。




「ふぅ……」


 泰三を見送った俺は、大きく嘆息して椅子に腰を下ろす。

 この前の雄二の時といい、どうして立て続けに同じような目に遭わなければならないのか。

 今後もこんな日が続くかと思うと、頭が痛くなってくる。


「おつかれ、パパ」


 椅子の背もたれに体を預けて眉間をもみほぐしていると、ソロが飲み物を持って現れる。


「今日も見事な手綱さばきだったじゃん」

「誰がパパだ。ついでに言うと、雄二たちは馬じゃないぞ」

「……似たようなもんでしょ」


 ソロは全く悪びれずに「ハン」と鼻を鳴らすと、俺の正面に座って樽型のジョッキに入った飲み物を口にする。


「全く……あんた達の寸劇に付き合わされるこっちの身になってほしいね」

「ソロ……仕事中じゃないのか?」

「仕事中だよ。でも、あの二人が残した飯、捨てるわけにもいかないでしょ?」


 そう言うと、ソロは雄二が手を付けなかったボアステーキに思いっきりフォークを突き刺し、むしゃむしゃと食べ始める。


「…………」

「何? てんちょーのご飯残すとかありえないでしょ?」

「……そうだな。ありえないな」

「でしょ? だからこれも立派な仕事なの」

「さいですか」


 俺は苦笑しながらかぶりを振ると、まだ残っている自分の食事へと戻る。


 なんていうか……凄く逞しいと思ってしまった。


 客に提供した品物が返品、交換となった場合、もったいないとわかっていても、食品業界では衛生上の問題や、倫理的な問題で捨ててしまうのが常識とされている。

 当然ながら売れ残ってしまった商品や、途中で販売できなくなった商品も廃棄となってしまうので、一日に何キロ、何十キロにも及ぶ食品のロスが生まれてしまう。

 だが、それをこうして余った料理を腹ペコの店員が食べることで、食品ロスを減らすのであれば積極的に許可してもいいのではないだろうか。


 一瞬、そんなことを考えたが、


「おい、ソロ! ビールのおかわりくれないか?」

「ごめん、今ステーキに夢中だから自分で注いで」

「…………」


 訂正、やっぱり仕事中に店員が提供された料理を食べるのは無しだな。

 まあ、それをソロに話したところで彼女が言うことを聞いてくれるとは思えないので、俺はビールの追加などなかったと勝手に解釈して、自分の食事に戻っていった。




 翌日になれば、いつもの三人の関係に戻る。

 そう思っていたのだが、その日の夜も雄二は俺たちの前に現れなかった。

 次の日も、またその次の日も雄二が現れることはなかった。

 理由を問い質そうにも、雄二は俺たちを避けているのか、街の中でも外でも会うことすら叶わず、俺たち三人で夕食を食べるという約束は、それから一度も果たされることはなかった。

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