第139話 僅かな歪み

 ブレイブが立ち去ったのを見て、残った自警団の連中も不本意といった様子で次々と立ち去っていく。


「ヘヘッ、見たか。これが俺の実力よ!」


 雄二が勝利の雄叫びを上げると、冒険者たちが彼を称えるように喝采を上げる。

 さらには店中に聞こえる声で酒を次々と持って来るように指示を出し、ブレイブたちが残した料理や酒にまで手を伸ばしていく。


「うわぁ……」


 他人が残した料理にまで手を伸ばす素行の悪さに、潔癖症の泰三は嫌を青くさせる。


「…………」


 だが、俺は別の意味で顔から血の気が引いていた。


 ……あいつ、笑っていやがった。


 明らかに実力が劣る雄二にチートにも等しい卑怯な手を使われ、殴られた左頬は腫れ、下手したら奥歯の一本や二本折れていても不思議なじゃい怪我を負わされてにも拘らず、怒りを露わにするところが、相手を称えた挙句に痛みを気にするそぶりを見せず、不敵に笑っていたのだ。

 俺からしたら、この状況で笑っていられるのは狂喜にも等しい不気味さだった。



 その後、冒険者たちの祭りのような激しい酒宴が開かれたが、俺は心から楽しむことができなかった。

 脳裏には立ち去る時に見たブレイブの意味不明な不気味な笑顔が張り付き、あの笑顔の裏で、何かよからぬことを企んでいるのではないかと勘繰ってしまうのだ。

 誇大妄想だと言われたらそれまでだと思うが、俺はいつ背後からブレイブが襲いかかってくるんじゃないかと、無駄に恐れ続けていた。




 結局、その後もブレイブやその取り巻きによる報復はなかった。

 だが、雄二がブレイブをぶちのめした翌日から、グランドの街にはある変化があった。


 それは明らかに冒険者と自警団の仲が悪くなったことだ。


 これまで両者は、互いに過干渉しないという不文律があったのだが、あの夜以来、それも守られなくなり、街のあちこちで大なり小なりの衝突が起きるようになった。

 ジェイドさんとクラベリナさんの二人が、互いの組織に自粛するように何度か呼びかける度に多少は治まるが、それでも少し経てばまた小さないざこざが発生するようになってしまった。

 もしかしてあの時のブレイブは、この状況を予期して俺たちに……雄二に喧嘩を吹っ掛けるように仕向けたのだろうか。

 その真意を問いただしたいところであったが、あの日以来、ブレイブの姿を見たことはなかった。

 噂では雄二に殴られた怪我が原因で、病院で療養しているという話だったが、泰三の話では事実ではなく、何やら最近、迷いの森でイビルバッドが大量発生したという目撃報告があり、それの討伐準備に追われているのではないかとのことだった。


 そして、そんな街中を覆う不穏な空気の余波は、俺たちの生活にも影を落とすことになった。



 それはある日のこと……、


「悪い……本当に悪い…………」


 毎日三人で食べると決めた夕食の時間、いつもの宿の一階の酒場で、雄二は両手を合わせて申し訳なさそうに何度も頭を下げる。


「実は仲間たちに夕食に誘われてさ。ちょっと今日は外せそうにないんだわ」

「今日は外せないって……昨日も同じこと言ってましたよね?」


 雄二の言い訳に、泰三が不満そうに口を尖らせる。


「夕飯は三人で食べようと言ったのは雄二君なのに、その約束を破るなんて酷くないですか?」

「だから悪かったって言ってるだろ? それに、こっちだって好きで席を外すわけじゃないんだ。泰三だって組織に属しているならわかるだろ?」

「それは……そうですが、それでも三人で交わした約束だけは守りましょうよ」

「だから、今日だけだって!」

「それが信じられないっていってるんです!」

「何だよ……」

「何ですか……」

「ああ、もういい!」


 取っ組み合いの喧嘩をしそうな雰囲気の二人に、俺は間に割り込みながら雄二に話しかける。


「雄二、お前はもういいから早く行け」

「浩一君!?」


 慌てたように俺の方を振り向く泰三を手で制して、俺は雄二を手で追い払うように急かす。


「お前のことだから遅刻ギリギリなんだろ? ここはいいから早く行けよ」

「わ、わかった。本当に、悪いな…………」


 本当に時間に猶予がなかったのか、雄二は挨拶もそこそこに転げるように酒場から出ていった。


「やれやれ……」


 俺は大きく嘆息してドカッ、と乱暴に腰を下ろすと、不満そうにこっちを見ている泰三に話しかける。


「泰三も、夕飯ぐらいでムキになるなよ。断りたくても断れない用事だってあることぐらいわかるだろ?」

「それは……そうですけど」

「今回、たまたま雄二の都合が悪かっただけだ。これから先、お前も忙しくなったら雄二のこと言えなくなるんだぞ」

「……それでも僕は、毎晩の夕餉だけは是が非でも参加しますよ」

「そうか……まあ、それはそれとして飯にしようぜ」


 これ以上、この話題を続けても互いに感情的になって建設的な意見は出てこないと思うので、俺は早々に切り上げ、料理の注文をしようとメニューへと手を伸ばした。

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