第122話 日々の成果

 朝食を食べ終えた俺は、宿を出てマーシェン先生が待つ診療所を目指して歩いていた。

 左手にはまだ包帯が巻かれていたが、バンディットウルフの毒はほぼ抜けて普通に動かす分には何の問題もないまでに回復していた。


 おそらく今日で包帯も取れるだろうから、あの診療所に通うのはあと一回か二回ということだろう。

 ただ、回復は大変喜ばしいことなのだが、あの診療所に通わなくて良くなると思うと、それはそれで寂しかった。


 実は最初に俺をマーシェン先生の下へと案内してくれた子供たち、子供たちと結構仲良くなり、一緒に遊んだり、屋台エリアまで食事に出かけたりするような仲になっていたりする。

 会いに行く口実が無くなるのは残念だが、同じ街に住んでいるのだから、時々会いに行くようにしよう。


 でも、その前に今日は何か彼等にお土産を買っていこう。


 そう決めた俺は、目抜き通りの店を外から覗きながら何か良いものはないかと探す。

 すると、


「おや、浩一君?」

「ん? ああ、泰三か」


 見知った声がしたと思ったら、泰三がこっちにやって来るのが見えた。

 泰三は青と白の自警団の制服に黒いマントを身に付け、背中に愛用の槍を背負っていた。

 俺の前までやって来た泰三は、尻尾があればさぞかし激しく振っていただろうと思うほど嬉しそうに話しかけてくる。


「こんなところで会うなんて奇遇ですね。今日はどうしたんですか?」

「いや、これから診療所に行くところなんだけど、もしかしたら最後かもしれないから、子供たちに何かお土産を買おうかなって思ってさ」

「なるほど、それならいいお店を知ってますよ」


 そう言うと、泰三は「案内しますよ」と言って先導するように歩き出す。


 それから暫くの間、俺は泰三と並んで活気溢れるグランドの街並を見ながら目抜き通りを歩いた。

 胸を張り、堂々と歩く泰三の後に続きながら、俺は思ったことを口にする。


「……泰三、お前なんだか大きくなってないか?」

「えっ、そうですか?」


 俺の問いに小首を傾げる泰三だったが、その首は明らかに一回り以上、太くなっているように見えた。

 泰三は自分が一回り大きくなった原因は分からないといったようにとぼけているが、実を言うと俺は何度かクラベリナさんと会って泰三の様子を聞いていたりする。


 街を守るのが主目的の自警団というだけあって、その仕事は街の中での活動が多い。

 仕事で一番多いのは街での警邏、続いて有事に備えてトレーニングすることだ。

 そして、生まれてからずっとインドア派で、体が基本的にできていない泰三は、自警団に入ってから毎日、気絶する寸前までトレーニングという名のしごきを受けていたという。

 てっきりすぐに音をあげるかと思われたが、惚れた欲目……といったら失礼かもしれないが、泰三はどれだけ過酷なトレーニングにも決して折れなかった。

 そんなひたむきな泰三に、俺と同じようにすぐに音をあげると思っていた周囲の者たちは徐々に考えを改め、泰三に協力的になっていったという。


 入団から二週間、まだまだ戦士と呼ぶには物足りないかもしれないが、このまま鍛錬を積んでいけば、泰三は物凄く強くなるとクラベリナさんは太鼓判を押してくれたのだった。



 とまあ、そんな泰三の知られざる努力を知っている俺だったが、本人が敢えて言わないのであれば、それについてわざわざ触れることもないだろう。

 そんな泰三の成長を微笑ましく思っていると、


「ん、浩一君。僕の顔に何か付いていますか?」


 表情に出ていたのか、泰三が不思議そうな顔をする。


「僕の顔見てニヤニヤされると、非常に対応に困るんですけど……」

「ああ、悪い。何だか毎晩一緒に飯を食ってるのに、こうして街で会うのは珍しいと思ってな」

「そうですね……僕も警邏の仕事を任されたのも、一昨日からですしね」

「知ってる」

「えっ、何をですか?」

「あっ……い、いや……なんでもない」


 泰三の憧れの人と、実は密かに会って近況を聞いていましたとは言えないので、俺は慌てて話を本筋に戻す。


「そ、それで、泰三のお勧めの店はまだ遠いのか?」

「えっ? あ、はい、もうすぐそこですよ」


 そう言って泰三は、数軒先の店を指差す。

 そこは、何やらカラフルな小物が多数並ぶ目抜き通りの中でも目立つ店構えの店だった。

 ……また、パステルカラーの店なのか。

 かつての苦い記憶を思い出し、思わず顔をしかめていると、


「あの店は、ジェリービーンズのお店です」


 泰三が店の説明をしてくる。


「あれ、ジェリービーンズって知りませんか?」

「知ってるよ。なんだかザ・アメリカのお菓子って感じのやつだろ? 子供が盛大に部屋を汚しながら食べて、最終的にはそのまま掃除機に吸われるんだよな?」

「そう……なんですか? そこまでは知りませんけど」


 俺の独特の解釈に、泰三は苦笑しながら店について話す。


「あの店は、他所から来たばかりの店だそうですが、良心的な値段設定と、カラフルな見た目で味もいいと子供たちに大人気だそうです」

「へぇ……確かに珍しいかも」


 この世界にも当然ながら菓子の類はあるが、どちらかというとケーキやクッキーといった焼き菓子がメインで、ゼリーや飴といったものはあまり見かけたことがない。

 そう言った意味でも、これをお土産にするのは悪くないと思った俺は、予算の範囲内で子供たちの土産を買うことにした。

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