第118話 戦えなくても
「…………」
「…………」
いや、このまま放置されても困るんですけど……。
どういう意図で冗談を言ったかはともかく、このまま気まずい時間が続いても困るので、俺は仕方なくさっきの真意を問うことにする。
「あ、あの……マーシェン先生? どうしていきなり冗談を」
「コ、コホン……まあ、その何だ。お前さんの顔が似ていたのじゃよ」
「似ていた?」
「ああ、夢を打ち砕かれた挙句、自殺した者にな」
「そ、それは……」
俺はそこまで思いつめた顔をしていたということだろうか。
思い当たる節があるかと聞かれれば……ある。
「その顔は、思い当たる節があるのだな」
まるで俺の考えを見透かしたように、マーシェン先生は嘆息する。
「自分が冒険者として戦う力を失って自暴自棄になる気持ちはわかるが、短絡的な行動は慎みなさい」
「お、俺だって好きで自暴自棄になっているわけじゃ……」
「だったら何を悩む必要がある。それに君は自由騎士だ。別に冒険者じゃなくても、生きていくのに困るわけじゃない。それこそ……」
そこでマーシェン先生は大きく嘆息する。
「……エイラとは違うのだからな」
「――っ!?」
その絞り出すように紡がれた言葉に、俺は雷に打たれたかのような衝撃を受ける。
「…………君がエイラの遺志を継ごうとしてくれたのは知っている」
ショックで固まる俺に、マーシェン先生は声を震わせながら静かに話す。
「だが、それができなくなったからと言って、誰もコーイチを責めやしないよ。それこそ、エイラだって笑って許してくれるだろうさ」
「…………ですが」
「コーイチの仲間だってそうだ。君が戦えなくなっただけで、簡単に崩壊してしまうような間柄だったわけじゃないだろう?」
「それは………………そうです」
その問いに、俺は涙ながらに頷く。
最初は高校から続く腐れ縁だった。
この街に来るまでにいくつもの死線をくぐり抜け、俺たちは仲のいい友達から、本当の意味で親友と呼べる間柄になれたと思っている。
そんな俺たちの友情が、俺の不調一つで崩壊してしまうだろうか。
別々の組織に属したからといって、そこで今生の別れとなってしまうだろうか。
答えは否だ。
俺は二人のことを信用しているし、二人だってきっと俺のことを信用してくれているに違いない。
それに、二人が別々の組織に所属するなら、戦えない俺にもできることはあるかもしれない。
例えばそう……二人の宿り木になるとか。
帰る場所がある、待ってくれている人がいるというだけで、人は精神的にも頑張れるような気がする。
……そう考えると、さっきまでここからいなくなりたい。なんて考えていた自分が恥ずかしくなってくる。
「……どうやらもう、大丈夫なようだな」
俺の顔に変化が起きたのだろうか。マーシェン先生は満足そうに頷きながら微笑を浮かべる。
「儂に一度話して少しは楽になっただろう? だから……」
「はい、俺の体のこと。二人に話そうと思います」
マーシェン先生によると、いきなり気絶した俺を、雄二と泰三の二人が協力してここまで運んでくれたらしい。
必死の形相でマーシェン先生に俺を託した二人は、慌てて診療所まで来たので採取した薬草の籠を忘れたとかで、再び街の外まで走っていったという。
だが、それでも、特に心優しい泰三は立ち去る直前まで俺のことを心配そうに見てくれていたという。
その不安を払拭させてやるためにもやはり隠し事はせず、全て話すべきだと思った。
互いに隠し事はせずに、困ったことは相談して助け合う。
それは俺たちがこの世界で生きていく上で話し合ったルールの中で、いの一番に俺が提案したことでもあった。
それを自ら破っていたのだから、本当に笑えない。
「マーシェン先生、今日は本当にありがとうございました」
「……帰るのか?」
「ええ、もう大丈夫だと思いますから。それに、早く仲間たちに無事を知らせたいですし」
「そうか……では、ちょっと待ちなさい」
そう言うと、マーシェン先生は蝋燭が乗った燭台を俺に手渡して立ち上がる。
暗闇の中でも何処に何があるか熟知しているのだろう。マーシェン先生はしっかりとした足取りで部屋の奥へと引っ込んだかと思うと、何やらゴソゴソと棚を漁る。
「……待たせたな」
程なくして戻って来たマーシェン先生の手には、金色に輝く真鍮製のランタンが握られていた。
「街の灯りもないわけではないが、何もないよりはマシだろう」
「お借りしていいんですか?」
「ああ、コーイチの治療はまだ続くからな。明日にでも返してくれればいい」
「はい、ありがとうございます」
俺は礼を言うと、マーシェン先生からランタンの使い方を簡単にレクチャーしてもらい、診療所を後にして夜の街へと躍り出た。
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