第116話 眩暈と悪寒

 泰三のディメンションスラストが完璧にスライムを貫いたのを見た俺は、興奮をしたように泰三に尋ねる。


「……やったか?」

「おい、浩一。それはやってないフラグだから余計なことを言うな!」

「…………あっ」


 思わず漏れた俺の一言に、雄二から叱責が飛んでくるが、スライムは形を保てなくなったのか、バケツに入った水をひっくり返したかのようにバシャッ、と水音を立てながら崩れ落ちる。


「…………」

「…………」


 俺は液体と体内の僅かな固形物となったスライムの残骸が動かないのを確認すると、先程厳しい言葉を投げかけてきた雄二を肘で突きながら言い返す。


「…………ハハッ、ほら、ちゃんとやってたじゃないかよ」

「ま、まあ、たまたま上手くいったけどよ。そういうの本当、止めろよな」

「わかっているよ。さっきのは流石に悪かったって思ってるよ」


 確かにあの場面での「やったか?」発言は、やってないフラグだった。

 さらに言えば、その余計な一言から勝ち確から一転、全員が窮地に陥るという展開もままある。

 完全に無意識での発言だったが、結果としてスライムが立ち上がることがなくて本当によかったと思った。



 念のためにと、泰三の槍を使って執拗に動かないことを確認した俺たちは、スライムの死体を調べることにした。

 クエストを受ける際、道中で倒した魔物の一部を持ちかえれば、追加で報酬が貰えるからだ。


「えっ……と、スライムからは何が取れるんだ?」


 クエストカウンターで貰った冒険のしおり的な冊子をペラペラとめくりながら雄二がスライムのページを探そうとするが、


「…………なあ、浩一。何処にスライムについて書いてあると思う?」


 あっさりと諦め、俺に察しを渡してくる。


「考えてみれば俺、この世界の文字読めないんだったわ」

「いや、俺だって読めねぇよ」

「そうか、でもこの場合、サポート役がこういうのを受け持つべきだと俺は思うんだが、浩一はどう思う?」

「うぐっ……」


 それを言われるとただ一人、武器を持っていない俺としては返す言葉がない。

 俺は渋々ながら雄二へと手を伸ばす。


「…………わかったよ。とりあえずダメもとで探してみるよ」

「ヘヘッ、悪いな。代わりに剥ぎ取りは俺たちがやるからよ」


 全く悪いと思っていない様子の雄二から冊子を受け取った俺は、試しにペラペラと仲を見てみるが、イラスト一つもなく、書いてあることの一つも理解できない冒険のしおりは、全く無用の長物だった。


 それでも、万が一の可能性を信じて冒険のしおりを一枚一枚見つめていると、


「お、おい、これって……」


 何かに気付いた雄二が、スライムの残骸の一部をハルバードでおそるおそる突く。


「もしかして人の手……じゃないか?」

「えっ?」

「な、なんだって!?」


 いきなり飛び出た物騒な言葉に、俺と雄二の顔が硬直する。

 何でスライムの体の中から、人の手が出てくるというのだろうか?

 いや、まだ人の手と決まったわけではない。


「……なあ、それって雄二の勘違いだったりしないか?」

「何言ってんだ浩一。間違いないって……ほら」


 そう言って雄二は、残骸の中に手を突っ込んで何かを引っ張り出す。


「間違いないだろ?」


 そう言って雄二が持ち上げたそれは、確かに人の手、成人男性と思われる右手首から先だった。

 だが、その右手首は半分溶けかかっており、薬指と小指の二本は、中の骨が剥き出しになっていた。


「――っ!?」


 それを見た途端、俺の世界がぐにゃり、と歪んだ。


「おい、浩一、何か顔色悪いけど大丈夫か…………」

「浩一君! 浩一君…………」


 雄二と泰三の二人が何か言っているが、俺の耳には届かない。

 寒い……別に寒くなるような要因は一切ないはずだが、全身を包むように悪寒に耐えられず、俺は少しでも暖を取るために自分自身を抱く。

 そうしている間にも世界はどんどん歪み続け、地面がどんどん傾き、角度が九十度にまで達したところで、


 あっ、駄目だ。立って……られない。


 壁に立つなんて忍者みたいな特技を持っていないので、立つべき地面を失った俺は、そのまま自由落下するかのように暗闇の底に落ちていった。

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