第104話 異端者の道
大人として認識される年齢になっても、心は少年のままなのだ。
気になるものは気になるし、見るなと言われても見たいものは見たい。
…………ちょっとぐらいなら見てもいいかな?
そんなことを思った俺は、恐る恐る後ろを振り返ろうとすると、
「…………お前、本当にスケベだな」
背後をちらと見た途端、フードの人物の碧い瞳と目が合った。
「あっ……いや、これは……」
慌てたように言い訳を並べながらフードの人物を注視するが、残念ながら既に怪しかった頭頂部と臀部は何事もなかったかのように直されていた。
「あ、あのさ……」
だが、いくら取り繕っても既に俺は彼女のフードの中に何かしらの秘密を抱えていることを知っている。
俺は小さく息を飲むと、思い切ってその秘密に探りを入れる。
「もしかしてだけど、君のお尻に……」
「……おい」
俺が質問をしようとすると、フードの人物が俺との距離を息がかかるほど近くまで詰め、殺気の籠った視線を向けてくる。
「お前が今何を言おうとしたか言及しないが、それ以上言ったらタダじゃおかないぞ」
「な、何で?」
「何でだと? お前、自分が今何を言おうとしたかわかってるのか?」
「ど、どういうこと?」
「……本当にわからないのか?」
フードの人物が言いたいことがわからず、俺は困惑したようにコクコクと頷く。
すると、フードの人物は「はぁ……」と盛大に溜息を吐いてぐるりと辺りを見渡しながら話す。
「お前、周りを見て、自分と明らかに違う人間を見つけられるか?」
「えっ……と」
その言葉に素直に従い、俺は辺りをぐるりと見渡してみる。
そこには一時期と比べて多少は落ち着いたものの、相も変わらず忙しなく行き交う多数の人々の姿が見える。
ただ、俺の目に映る人々には、獣の耳を持っていなければ尻尾もない。鳥のような翼もなければ、蛇のような下半身もしていないごく普通の人々ばかりだ。
「……わかるか? お前がさっき、どれだけ残酷なことを口にしようとしたのか」
フードの人物がすぐ俺の横までやって来て、声を押し殺しながら話す。
「もし、あたしが他の人と違うと大声で指摘したらどうなると思う? 珍しいものが見られたと可愛がられると、自分とは違う人間を手放しで歓迎してくれるとを思うか?」
「……違うんだ」
「ああ、違うね。お前の行動は、あたしが見世物小屋で家畜同然に扱われてそのまま死ねばいいと言っているのと同義だからな」
「えっ?」
「……本当に知らないって顔だな。だったら覚えておけ。この街は、普通の人間じゃない奴が住むには苦労しかないってな」
「そう……なんだ」
フードの人物の糾弾に、俺は頭から冷水をぶっかけられたかのように冷静になる。
今までの言動から、彼女に俺とは明らかに違う特徴、恐らく獣の耳と尻尾が付いているのは間違いないようだ。
だが、それはこの街においては触れてはいけないタブーで、公衆の場でそれを指摘されることは彼女のような亜人種にとっては死刑宣告に等しい残酷な行為のようだ。
念願の亜人種に会えたという喜びから我を忘れ、無遠慮に問い詰め、あわよくばフードの中を覗き込んで自分の欲だけを満たそうとした。
よくよく考えれば、ハーフエルフとかも他と違うという理由だけで迫害を受けているという話がよくある。
これはつまり、そういうことなのだろう。
他者との違いを公衆の面前で指摘するという行為がいかに危険だったかを知った俺は、フードの人物に向かって深々と頭を下げて謝罪する。
「知らなかったこととはいえ、本当にごめん」
「……わかればいいよ。今度から他人の秘密にズカズカと割り込んでくるんじゃねえぞ」
少し言い過ぎたと思ったのか、フードの人物は手を伸ばして俺の顔を上げさせる。
「ったく、本当ならこのまま立ち去ろうかと思ったけどよ……」
そう言いながらフードの人物は、紙袋の中から果物、真っ赤に熟れて瑞々しいリンゴを取り出すと、
「ほら、約束の買い物の礼だ」
手にしたリンゴを次々と俺に向かって放る。
「わっ、ちょ、ちょっと……」
最初の一つはどうにか受け止めたものの、次々と投げられるリンゴに俺はあたふたしながらもどうにか受け止めていく。
三つ、四つとギリギリながらもリンゴを受け止めていく俺に、フードの人物は心底楽しそうに笑う。
「ハハハッ、中々やるじゃないか……それじゃあ、これはどうかな?」
そう言ってフードの人物は、リンゴを天高くと投げる。
「ちょまっ!?」
合計四つのリンゴを両手でどうにか抱えている俺は、投げられた五つ目をどうするべきか必死に頭を巡らせる。
落下まで数秒しかないので、今手の中にあるリンゴを一度地面に置くということは間に合いそうにない。
しかし、両手は塞がっていて五つ目をキャッチする余裕は既にない。
ならば、どうするべきか?
「ええい、ままよ!」
俺はリンゴの落下地点の真下に滑り込むようにして入ると、大きく口を開ける。
「ふがっ!?」
同時に、リンゴが落下してきて俺の口の中にすっぽりと納まる。
しかも、両手に抱えた四つのリンゴも一つも落とさずに無事に守り切ってみせた。
どうだ。最適解とは言えないが、完璧に対応してみせたぞ。
口内から鼻孔へと突き抜ける芳醇な香りを存分に堪能しながら、俺は恩を仇で返すような真似を仕掛けてきたフードの人物に、ドヤ顔を決めてみせる。
だが、
「…………はへっ?」
そこにいるはずのフードの人物の姿は、何処にもなかった。
…………えっと、これってどういうこと?
まるで夢か幻かのように忽然と姿を消してしまったフードの人物に対し、俺はどうしたらいいものかと困惑する。
もしかして、フードの人物がいると俺が勝手に思い込んでいただけで、そのような人物など最初からいなかったのだろうか。
いや、そうなるとこの口内に広がるジューシーな果汁や、青果店の店主からあれだけ大量にもらった野菜や果物まで消えてしまった説明が付かない。
となると、残る可能性としては……、
逃げた、のか?
まあ、色々と無遠慮に踏み込み過ぎてしまったからな。リンゴを投げたのは、俺に後を尾けられないようにという対策だったのだろう。
そんな風にフードの人物がいなくなった理由について自己完結させていると、
「ねえ、ママ。あの人、何で変な格好てリンゴ食べているの?」
「コラッ、大人になると色々あるんだから、そんなこと言っちゃいけません!」
何だか見知らぬ親子に、テンプレートそのものの不審者扱いされてしまった。
「…………」
確かに言われて見れば、両手いっぱいにリンゴを抱え、膝立ちでリンゴを食べている人物を見たら、俺でも不審者扱い待ったなしだろう。
だが、ここで慌てて逃げ出すような素振りを見せれば、それは自分が不審人物だと認めたようなものだ。
俺は慌てることなく冷静に口にしたリンゴを咀嚼し、
「……………………よし」
何事もなく立ち上がると、若干引いている周りには目もくれず、逃げるようにこの地区を立ち去るのであった。
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