第87話 リトルロード
そうしてクラベリナさんが俺たちを連れてきたのは屋敷の三階、その最奥にある一際重厚に造られた扉の部屋だった。
扉の前に立ってノブを掴んだクラベリナさんは、扉を開く前にこちらを振り返ってニヤリと笑いながら話す。
「この中に、我が町を収める領主様がおられる。領主様は大らかな性格なので多少の非礼は構わんが、余り度が過ぎると周りの人間の反感を買うからほどほどにな」
「そ、そんな、俺たちにそんな度胸ないですよ」
「そうです……雄二君じゃありませんし」
「お、俺だってねぇよ……でもまあ一応、心配だから余計なことは喋らないようにしとくよ」
俺たち三人が揃って恐縮したように身を縮めると、クラベリナさんは白い歯を見せて豪快に笑う。
「ハハハッ、まあ、それぐらい構えておけば問題なかろう。さて、それじゃあ行くぞ」
そう言ってクラベリナさんは領主様がいるという扉を開けた。
領主様がいる部屋に入ると、まず目に飛び込んできたのは壁中を埋め尽くす巨大な本棚だった。本棚には大小様々、色とりどりの本がずらりと並び、領主様がかなりの読書家であることが伺える。
中には既に何人かの人が集まっており、その中にはジェイドさんの姿もあった。
昨日は上半身裸だったジェイドさんも流石に領主様の前では服を着るようで、黒を基調としたシックな紳士服に身を包んでいた。
そして、取り巻き立ちに囲まれ、一際大きくて重厚な机の向こう側に、領主様が座っていると思われる黒の皮張りの椅子が見えた。
すると、お付きの人と思われる人が椅子へと駆け寄って何か囁くと、
「うむ、来たか」
よく通るソプラノボイスが響いて、椅子がくるりと反転して領主の姿が露わになる。
「自由騎士たちよ、よくぞ参った。」
そこにいたのはアッシュブロンドの可愛らしい顔立ちの少女だった。
年の頃は十に届くかどうかだろうか。見るからに仕立てのいいフリフリのドレスに身を包み、キラリと輝く長い髪を編み込んで頭の後ろにある赤い大きなリボンでまとめているのが少女の愛らしさをより際立たせていた。
少女はクリッとした大きな瞳を輝かせると、大きな声で自分の名を告げる。
「我がこの街を治めるリムニである」
「……えっ?」
リムニと名乗った少女の言葉に、俺は思わず間抜けな声を上げる。
「えっ、ええっ!?」
「こ、子供?」
「本当にこのガキが!?」
「おい、雄二!」
いきなり巣に戻って失礼な発言をする雄二を、俺は肘で突く。
「お前はどうしてそう言葉をオブラートに包むってことができないんだよ!」
「わ、悪い……でも、なあ?」
「ふむ、当然の反応だな」
驚き目を見開く俺たちに、クラベリナさんが何度も頷きながら同意する。
「心配せずとも、その反応は大方予想しているから問題ない」
「で、では、本当に?」
「ああ、このお方がグランドの街を治めている領主様だ」
「…………そう、ですか」
こうまでハッキリと言うのだから、これがドッキリとかそういう類のいたずらではないことは確かなようだ。
それでもまだ何処か半信半疑のまま少女の方へと目を向けると、彼女は穏やかな微笑を浮かべて超然とした態度で話し始める。
「よい、其方たちの無礼を私は寛大な心で許そう。そもそも我がこの地位にいることを快く思わない者が多いのも承知している」
「……そうなんですか?」
「そうだ。実はだな……」
俺の疑問に、クラベリナさんが耳元で事情を説明してくれる。
今でこそ齢十のリムニ様が街の領主に収まっているが、ほんの数か月前までは、彼女の父親が領主を務めていた。
元領主様は、統治者としてだけでなく戦士としても一流だったが、ある日、街で突然流行った病にかかってしまいそのまま帰らぬ人となってしまったという。
突然の逝去に、元領主様は遺言の一つも残していなかったので、領主の後を誰が継ぐかで争いが起きたのは言うまでもない。
クラベリナさん率いる自警団を擁護する者と、ジェイドさん率いる冒険者ギルドを擁護する者とで街は二つに別れそうになったが、それを纏めたのがクラベリナさんとジェイドさんの二人が同時に推した人物、リムニ様だった。
次期統治者として英才教育を受けてきたが、リムニ様は言うまでもなく年端もない子供で未熟だ。
当然ながら多くの反対意見が出ると思われたが、この街の二つの派閥のトップであるクラベリナさんとジェイドさんが認めたこともあり、大きな反発は起きなかったという。
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