第86話 麗しのお姉様

 残念ながらロキが美少女に変身しないという事実を知った後、俺たちはヨーロッパの古都を思わせるような木と石でできた街の景観を楽しみながらブレイブの後に続いて歩いた。


 そうして連れて来られたのは、町の中心にほど近いところにある一際大きな建物だった。

 まるで某国の大統領がいると思われるような白亜の宮殿を思わせる建物は、おそらくこの街のお偉いさんがいると思われた。

 巨大な鉄の門扉に、長槍を構えた二人の衛兵が立っており、ブレイブはその内の一人に話しかける。


「私だ。自由騎士たちを連れてきた」

「わかりました。どうぞこちらへ」


 衛兵は鉄の門扉を開けると、そのまま自分も中に入って俺たちを先導する。

 この館の主の趣味なのか、まるで迷路のように張り巡らされた植木を横目に石畳を進み、重厚な木の扉を抜けて館の中へ足を踏み入れた。




「自由騎士の諸君、よく来たな。お姉さんが歓迎してやるぞ」


 屋敷内に入ると、いきなり威勢のいい声で出迎えられた。

 こんな自信に満ち溢れた喋り方をする人を俺は一人しか知らない。

 外観と同じく、鮮やかで絢爛豪華な玄関ホールの中央に仁王立ちで立つ女性、グランドの街で自警団の団長を務めているクラベリナさんだ。


「ハハッ、今日も私の美しさを存分に堪能したまえ」


 そう語る今日のクラベリナさんの格好は、昨日のビキニアーマーと打って変わり、いかにもできるOLといった感じのタイトなスーツ姿だった。

 俺たちに見られていることを意識してか、悩まし気に体をくねらせるクラベリナさんは、昨日とは明らかに露出が減っているにも拘わらず、下手したらビキニアーマーよりもエロいと思った。


「フフッ、コーイチ。君は実に素直な男だな」


 見ろと言うからそのまま魅入っていたら、クラベリナさんが呆れたように肩を竦める。


「この私が見ろと言って、そこまで素直に見続けた男はお前が初めてだぞ」

「えっ? あ、すみません」

「何を謝る必要がある。むしろ流石はロキが認めた男だと感心していたぞ」


 クラベリナさんは唇の端を吊り上げてニヒルに笑うと、ここまで俺たちを案内してくれた衛兵に「ご苦労だった」といって下がらせる。そしてそのまま、俺たちの後ろに控えるブレイブへと目を向けると、手で追い払うように仕草をしながら話しかける。


「さて、ここからは私が案内しよう。ブレイブ、お前も下がっていいぞ」

「わ、私もですか?」

「そうだよ。お前の仕事は私が引き継ぐ……何か文句あるのか?」

「い、いえ……クラベリナ様がそう仰るのであれば」


 クラベリナさんの有無を言わせぬ迫力に、ブレイブがすごすごと引き下がる。

 ククク、ざまあみろ。がっくりと肩を落として立ち去っていくブレイブの姿に、俺はそう思わずにはいられなかった。


「…………おい、コーイチとやら」


 すると、背中にでも目が付いているのか、正面を向いたままのブレイブが地獄の底から響いてくるような声で話しかけてくる。


「貴様がクラベリナ様を不埒な目で見たという事実、私は決して忘れないからな」

「…………えっ?」

「精々、夜の闇には気をつけることだ」


 そう吐き捨てると、俺を一睨みしてブレイブは立ち去っていった。



「…………」


 ブレイブが立ち去った後、俺はまるで季節が冬に変わったかのように寒気を感じ、冷や汗を流す。

 あいつの最後の目、確実に人を殺しかねないほどの殺気を放っていた。

 まさかとは思うが、本当に俺のことを殺すつもりなのだろうか。

 少なくとも、ブレイブが敬愛するクラベリナさんがそれを許すとは思えないが、あの手のヤンデレっぽい執念深い奴なら、命令を自分の都合のいいように解釈して襲い掛かって来そうな気もする。


「…………まあ、何だ。コーイチ、残念だったな」

「ご愁傷様です」


 すると、俺と同じ結論に至った様子の雄二たちが俺の肩に手を置いて、慰めるように話しかけてくる。


「ああいう奴に狙われたら、もうこの先、グッドエンディングは迎えられないだろうな」

「ですね。可能性があるとしたら殺される前に殺すことですが……それをやってしまったら、現実では犯罪者として裁かれる道しかないでしょうね」

「ちなみだが、この街の住民を殺害したら死刑だから気をつけることだな」


 二人に続いて、クラベリナさんからも注意が入る。


「そんな、俺はただ……」


 見ろと言われたから素直に見ただけなのに……。

 俺は思わず涙目になりながら、助けを求めるようにクラベリナさんを見る。

 それを見てクラベリナさんは「ぶはっ」と盛大に吹き出す。


「冗談だよ。少なくともブレイブは思い込みが激しいが、罪を犯すような馬鹿じゃない。心配しなくてもコーイチ、君の安全は私が保証するよ」

「ほ、本当ですか?」

「当然だ。この私が言うのだ。間違いないさ」

「……だといいですけど」


 自信満々のクラベリナさんだが、俺はの不安は完全に払拭されたわけではなかった。


 その後、クラベリナさんが館の主に会せるついでにと館の中を案内してくれたのだが、まだ何処かでブレイブが見ているのではないかと思ってしまい、話の内容は殆ど入って来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る