第81話 肉!肉!肉!
そうこうしている間にもウエイトレスが次々と料理を並べていく。
何だか見たことがない色とりどりの料理の数々だが、鼻孔をくすぐる香辛料の刺激的な香りに、俺の腹の虫が盛大に鳴る。
それを見て、ウエイトレスはほんの少しだけ口角を上げて薄く笑う。
「ハハッ、少しは調子が出てきたじゃん」
「ええ、お陰様で……ええっと」
「何?」
「そういや名前、聞いてなかったと思って……」
「何それ。ひょっとして誘ってる?」
明らかに警戒するウエイトレスに、俺は苦笑しながらかぶりをふる。
「違いますよ。ただ、これから暫くお世話になるなら、互いに名前を知っておいた方がいいと思いまして……ちなみに俺は浩一といいます。それで、あっちは雄二です」
「よろしく~」
俺の言葉に雄二がヒラヒラと手を振りながら自己紹介をすると、ウエイトレスは呆れたように嘆息すると、そっぽを向いて小さな声で呟く。
「ソロ……」
「えっ?」
「あーしの名前……ソロって言うの」
「えっ? あ、ありがとう。よろしくお願いします。ソロさん」
「さんはやめて。恥ずかしいから……後、その堅苦っしい話し方もやめて」
「わかりました……いや、わかったよ。これからよろしく。ソロ」
「……フン」
俺が手を差し伸べると、ソロは不満そうに鼻を鳴らしながらもしっかりと俺の手を握り返してくれる。
やっぱりこの人……ぶっきらぼうに見えてかなりいい人だと俺は確信する。
それは雄二と泰三も同じようで、俺たちは三人揃ってニヤニヤと笑いながらソロを見る。
「――っ!?」
そんな空気を察したのか、ソロは羞恥で顔を赤くしていたが「コホン」と咳払いを一つして気を取り直すと、プロとして配膳した料理の説明をしていく。
「あんた達は初めてだろうから説明するけど、これが今日のランチメニューだから」
そういって並べられた四つの皿には、既に俺が見たことあるものがあった。
水に溶かした穀物、エモだ。
こちらはエイラさんが出してくれたものと違い、既に中に何かが巻いてあるようだが、せっかく知っている食べ物が出てきたのだ。俺はドヤ顔を決めながらソロに自分の知識を披露する。
「これは知ってるよ。エモだよね?」
「あっ、知ってるんだ。じゃあ、あーしの説明いらないね」
「いやいや、ゴメン。エモしか知らないから他の説明をお願いします」
「……ふぅ、今度余計なこと言ったら帰って二度と現れないから」
そうは言うけど、君の職場ここだし、俺たち当面はここに泊まることになりそうだから嫌でも毎日顔合わせるよ? 何てことを言えるはずもないので俺は無言のまま頷く。
「…………それじゃあ、続けるけど、先ずはコーイチが言ったエモね。この中には、塩漬けした干し肉と香草が入ってんの。塩抜きしてあるし香草はクセのないものを使ってるから、初めてでも美味しく食えんじゃない?」
「なるほど……」
淀みなく料理の説明をするソロに、俺は感心したように頷く。
そんな俺の態度にソロは一瞬顔をしかめるが、続いて赤い肉の塊が乗った皿と、白濁したスープを指差す。
「次はカールってこの世界でよく飼われてる家畜の肉の煮込みね。これは果実と一緒にトロトロになるまで甘辛く煮込んであるこの店一番のやつ。そんでその隣がカールの骨を使って作ったスープ。骨付き肉と一緒に食べると合うから試してみて」
そして最後に一際大きくてジュウジュウと美味しそうな音を立てている肉の塊を指差す。
「これはボアステーキ。野生の奴だからクセが強いけど、ハマったら病みつき間違いないから」
そこまで一気に言い切ったソロは、大きく息を吐くと、再び眠そうな顔に戻って気だるそうに話す。
「……そんなわけだから、後はお好きにどうぞ。他に何かあったら呼んで」
「うん、ありがとう。それじゃあ……」
ソロに礼を言った俺は、雄二と泰三に目を合わせて両手を合わせると、
「「「いただきます」」」
三人声を揃えて料理へと取りかかった。
用意された食事は、明らかに肉率が高いような気がしたが、冒険者たちが摂る食事だと考えたら、こういう部活後に食べたくなるようなメニューに偏るのは必然かと思われた。
「それじゃあ、先ずはこいつから……」
いただきますを終えた俺は、この世界で主食とされているエモの肉巻きへと手を伸ばす。
プロの料理人が作ったからか、形も焼き目も美しいエモへと齧り付くと、レモングラスを食べた時の様な爽やかな香りが鼻を突き抜ける。続いて塩漬けして作ったという肉の濃縮された旨味が舌の上で一気に爆発する。
「うん………………ま!」
行儀が悪いと思いながらも、俺はエモの肉巻きを口にしたまま感想を呟き、続いてカールと呼ばれる肉の甘辛煮を口にする。
「――っ!?」
そのあまりの美味さに、俺は思わず言葉を失う。
エモの肉巻きが、王道ともいえる部活動少年たちが好む肉の旨味を追求したものだとしたら、今度は真逆のワインと一緒にゆっくりとディナーを楽しみたい、上品な大人が好む肉の旨味を追求したものだった。
一緒に飲んでみた欲しいと言われたスープも、甘辛煮に合うように塩気を抑え、丸く味付けされており、この二つで一つの料理ではないかと思われた。
これだけのクオリティの料理を、ジェイドさんの厚意で全て無料にしてもらっているのは、非常にありがたいが、同時にこの後何を要求されるのか怖くなって来る。
……でも、今はそんな先のことは考えられなかった。
何故ならそんな余計なことを考えている間にも、メインディッシュであるボアステーキ……名前からして恐らく猪のステーキが冷めていってしまうからだ。
俺は机の上に用意されたフォークとナイフへと手を伸ばそうとしたところで、
「…………」
少し思うところがあり、その手を途中で止めてしまった。
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