第55話 男の趣味

 ――翌日、異世界生活三日目。俺たちは朝一から行動を開始する。


 昨日、エイラさんたちが現れた森は、通称『迷いの森』と呼ばれる広大な敷地面積を誇る森で、中には数多くの魔物が潜んでいて、何も知らずに迷い込むともれなく魔物たちの胃袋に収まってしまうほど危険な森だという。

 その話をテオさんから聞いた時、俺は重装備の雄二が歩くのが遅かったお蔭で森に入らずに済んだのだと思い、大きな欠伸をしている彼に向かって密かに感謝した。




 森の入口まで馬車で移動したテオさんはそこで一旦馬車を止めると、馬車の中にいる俺たちに向かって森に入る心得を教えてくれる。


「まあ、そんな訳で森の中は非常に危険だから、皆で周りを見張ってくれると助かるぞい」

「見張り……ですか?」

「そうじゃ、如何せん森の中じゃからの。地図はあるから道に迷う心配はないが、視界が悪くて敵が何処に潜んでいるかわからないのが問題なのじゃ」


 テオさんによると、森の中にいる魔物の強さはそれほどではないが、死角から不意討ちをされるのはできるだけ避けたいのだという。


 その理由は、


「この馬車の支払いがまだ残っているからのう。可能な限り無傷で帰りたいのじゃ」


 何て言う非常に所帯じみた理由だった。

 どうやらこの馬車、テオさんの趣味だそうで、寝泊まりできる馬車でいつか世界中を旅するのが夢だという。

 確かにテオさんの馬車はエイラさんと二人でここまで来たにしては大きく、俺たち全員が乗ってもまだまだスペースに余裕がある。

 当然ながら馬車を引く馬も大きく、しかも二頭もいるので、馬の維持費だけでもばかにならないようだ。


「もう、おじさん。だからもう一回り小さな馬車にした方がいいって言ったのに……」

「言ってくれるなエイラよ。これは男の夢、ロマンなんじゃよ」

「…………わかります」

「おおっ、コーイチ。わかってくれるか?」

「ええ、俺も同じでしたから」


 テオさんの言葉に、俺は大きく頷く。


 こちらとて日本にいた頃、ゲーム環境を整えるために薄給をどうにか工面したりするくらい趣味に情熱を傾けてきた身だ。テオさんの気持ちは痛いほど理解できた。

 だとすれば、ここはテオさんのためにも全力で馬車を守ろうと思った。


「テオさん、見張りについては俺に任せてください」

「コーイチに?」

「ええ、俺の力ならば、馬車を守るのに適していると思いますから」


 俺はテオさんに向かって親指を立てると、道中の地図を貸してもらうように頼んだ。




 こうして俺は、自身のスキルであるアラウンドサーチを惜しみなく使ってテオさんに安全な道を示し続けた。


「この先、右側前方に三つの反応があります。どうやらこちらには気付いていないようなので、道を変えて距離を取って静かに進みましょう」

「わかった。そうしよう」


 俺の指示に、御者台に乗るテオさんが鞭を振るって馬に指示を出す。

 すると馬車はガラゴロと音を立てながら僅かに左に向きを変え、二つに分かれた道の左側へと入っていく。


「ここから先は、暫く道なりで大丈夫そうです。また何かあったらすぐに知らせますよ」

「おう、恩に着るよ」


 テオさんの感謝の言葉を耳にしながら、俺は閉じていた目を開け「ふぅ……」と小さく息を吐き、馬車の外を見やる。

 そこは、まだ朝日が出てから数時間しか経っていないはずなのに、既に日が暮れてしまったかのような不気味な薄闇が広がっていた。

 馬車から顔を出して上を見上げれば、天を覆うように密集した木々が陽光を殆ど遮ってしまっており、ついさっきまで見ていたはずの陽の光が酷く遠くにあるように感じる。


 見せてもらった地図によると、内部構造はそこまで複雑でなく、行き止まりに至るような道も殆どないのだが、如何せん広さが尋常ではなく、馬車を使っても抜けるのは夕方ぐらいになると聞かされていた。

 ただ、陽が落ちる前には目的地であるグランドの街には着くだろうということなので、今晩は念願のベッドでの就寝が叶いそうだった。

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