第54話 自由、とは
過去にイクスパニアで起こった出来事を話したテオさんは「ふぅ」と大きく嘆息すると、俺たちを見て少し申し訳なさそうに、眦を下げて困ったように笑う。
「それ以来、ワシ等の街では召喚者が現れる度に、こうしてノルン城近くまでやって来て自由騎士様をお迎えするようになったのじゃが……」
「じゃが?」
「ノルン城は敵の手に落ちており、外からでは手も足も出せなかったんじゃ」
俺たちも知っている通り、ノルン城に入る入り口は一つしかなく、中に入るための跳ね橋は中からしか開けることができないでいた。
近付こうにも、城の周りには人をはるかに凌ぐとんでもない巨躯を持つ一つ目の魔物が徘徊しており、近付こうとする者を容赦なく殺してしまう。
だからといって、唯一の希望とも言える最後の自由騎士との約束を違えるわけにはいかないと、召喚者が現れる度にノルン城近くまで行って中から自由騎士が出てくるのを待つというクエストが発生するようになったという。
しかし、やって来たと思われる自由騎士たちは、待てど暮らせどノルン城の跳ね橋を開け、城外へとやって来る気配はない。
その数は決して多くはないが、全く上がらない成果を前にグランドでクエストを受ける者は徐々に減っていき、このクエストを受ける者は限られるようになった。
「それはつまり、エイラのような未熟な冒険者の初クエストとして使われるようになったのじゃ」
「えっ、じゃあ、エイラさんは?」
「す、すみません。実は私にとって今回が初クエストになります」
俺が目を向けると、エイラさんは恥ずかしそうに手にした木のスプーンで顔を隠してしまう……可愛い。
「で、ですが、私は未熟ですがおじさんは熟練の冒険者ですから」
「いえいえ、エイラさんはもう立派な冒険者ですよ。どちらかと言うと……」
何だか聞けば聞くほど俺たちがこの世界にとって救世主的存在であるかのように聞こえてくるが、実際は火を熾すことすらままならないサバイバル知識ゼロのただのゲーマー集団に過ぎない。
ましてや話に出てきた混沌なる者を倒すなんて所業、城の中で倒れてしまったソードファイターの兄弟ならともかく、まともな攻撃系のスキルを持たない俺と雄二や、荒事が得意ではない泰三では百年かかったって達成できないだろう。
こうして見ず知らずの俺たちを歓迎してくれ、食事まで振る舞ってもらってなんだが、これ以上期待値が大きくなる前に、エイラさんたちには正直に俺たちのことを知ってもらう必要がある。
俺は手にしていた食器類を置いて居住まいを正すと、エイラさんたちに真っ直ぐに向き直って静かな声で話す。
「……俺たち、本当にただの何の取り得もない一般庶民なんです。皆さんが思うような力なんてない。特に混沌なる者を倒す力なんてとても……」
「コーイチ様……」
「こうしてよくしてもらったことはいくら感謝しても足りません。ですが、俺たちはこの世界を救いに来たわけじゃない……色々あって向こうの世界に見切りを付けてこの世界に逃げてきた、ただの弱い人間なんです」
雄二たちの気持ちはわからないが、俺の願いは一つだった。
「俺は……この世界で三人、平穏無事に生きてさえいければそれでいいと思っています。それ以外の願いは……今は考えられません」
「浩一……」
「浩一君……」
俺の小さな願いに、雄二たちも驚いたようにこちらを見ている。
剣と魔法……があるかどうかはわからないが、日本から異世界ファンタジーという非日常へと渡ってやりたいことが、平穏無事な生活を送りたいという日本にいればいつでも叶えられる願いだとは思わなかっただろう。
念願の自由騎士と呼ばれる人物が、こんな憶病な人間と知り、エイラさんはきっと幻滅しただろう。
俺はいつの間にか俯いていた姿勢から、エイラさんの目を見るのが怖くて顔を上げられないでいた。
すると、
「はい、それでいいと思います」
思いもよらない一言がかけられた。
「コーイチ様は、コーイチ様の思うようになさって下さい」
俯き続ける俺の手に、エイラさんの温かい手が添えられる。
思わず顔を上げると、慈母のような笑みを浮かべたエイラさんと目が合う。
「すみません、こちらの事情を一気に話しましたから少し混乱してしまいましたよね。私たちは皆様に混沌なる者を倒せ。なんて強制はしません」
「えっ? でも……」
「そういったことは荒事が得意な人たちにお任せすればいいんです。誰もコーイチ様に命令なんてできません。だってコーイチ様は……」
エイラさんは俺の手を両手で大事そうに包むと、子供をあやすように優しく揺らしながら笑いかけてくれる。
「自由、なんですから」
「自由……」
「そうです。世界を救う冒険者になるのも、商人となって財を築くのも自由です。ただ、悪い人になって罪を犯すのだけは止めて下さいね?」
「それは……はい、わかってます」
「フフッ、なら私から何も言うことはありません。これからどうなさるのかの決断は、今度ゆっくりと考えてみて下さい」
「…………はい、わかりました」
俺が頷くと、エイラさんは再びニッコリと笑って俺の手を解放すると、食事の後片付けをするために食器を手に立ち上がる。
「エイラさん……ありがとうございます」
俺は可愛らしく手を振りながら去って行くエイラさんの背中を目で追いながら、深く頭を下げて謝意を伝える。
俺という人間は自由である。この言葉が持つ意味の重みはまだ実感は沸かないが、チャンスを与えられるのならば真剣に向き合ってみようと思う。
俺はまだエイラさんの温もりが残る右手を胸に抱くと、今後の生き方についてあれこれと考えを巡らせた。
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