第52話 幸せのひと時

 それから話の続きは、ご飯を食べながらにしようということになった。


 エイラさんの手作りだという料理は、ヤギの乳を使ったシチューに、豚肉の腸詰……所謂ソーセージと様々な種類の野菜のピクルス、水に溶いた穀物を潰して作った粉を薄く伸ばして焼いたパンのようなもので、これでソーセージや干し肉などの肉類と、ピクルスを巻いて食べるトルティーヤに似た料理だ。

 とても屋外という限られた環境で作られたとは思えない見事な品々に、俺の口内は既に溢れる唾液を止めることができなかった。


「さあ、どうぞ。お召し上がりください」

「「「いただきます」」」


 エイラさんの言葉に、俺たちはやや食い気味で唱和すると、一斉に料理へと手を伸ばす。


「どうでしょう。お口に合うといいのですが……」


 心配そうに俺たち三人の動向を見守るエイラさんの前で、俺は木製のスプーンを使ってシチューを一匙掬って口へと運ぶ。


「うん、美味しい!」

「本当ですか!?」

「ええ、ヤギのシチューは初めて食べましたが、思ったより癖がないですし、甘くて……とても優しい味がします」

「そうですか。気に入っていただけたのなら、何よりです」


 手料理が褒められたエイラさんは、嬉しそうに破顔する。


「――っ!?」

「……どうしましたか?」

「い、いえ……なんでも……ないです」


 その笑顔が眩し過ぎて見惚れてしまった。そんな言葉がすらすらと出て来たらきっと俺は……以下同文。

 正直、いつまでもその笑顔を見ていたいという気持ちも少しはあるが、こうしている間にも雄二と泰三の二人によってエイラさんの手料理がみるみるなくなっていっている。

 こうしちゃいられないと、今度は薄いパン、エモと呼ばれる生地に手を伸ばそうとする。


 すると、


「コーイチ様、よかったら私が包みましょうか?」

「えっ?」

「ほら、その手ですと、上手く両手が使えないじゃないですか」


 そう言いながらエイラさんが指差すのは、俺の左手だ。

 その左手は、あの化物犬に噛まれた所為で通常の倍以上に腫れ上がり、痺れて痛みは殆どないものの、普通に動かすことはできないでいた。

 そう言った意味では、エイラさんの提案は非常にありがたい。


「ですからよろしければ、私が適当に見繕ってコーイチ様の分を用意いたしますよ?」


 何より、こんな美少女に上目遣いで迫られては、断る理由は何一つとしてなかった。

 俺は小さく頷くと、エイラさんの提案を受けることにする。


「はい、それじゃあ、お願いできますか?」

「ええ、お任せください」


 エイラさんはニッコリと頷くと、エモに手を伸ばして慣れた手つきでソーセージとピクルスを乗せ、俺に手渡してくれる。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 大事な宝物を差し出すように両手で差し出されたエモを受け取った俺は、大きく口を開けて一口で一気に頬張る。


「ほむぅ…………」


 まず初めに口いっぱいに広がるは香辛料の強烈な香り。これは保存も兼ねて強めに振りかけられたソーセージの香辛料だろう。しかしだからといって辛いとか、刺激が強くて食べられないということはなく、味の主役として一緒に巻かれたピクルスの酸味と上手く融合して絶妙なハーモニーを醸し出している。

 エモ自体にもそれなりに塩気があり、最後にエモだけ残ったとしても、これ単体で十分に食べられるようになっていた。


「………………これも本当に美味しいです」

「フフッ、そのようですね」


 俺が食べている間に用意されていた二つ目のエモへと手を伸ばしている俺を見てエイラさんは嬉しそうに破顔すると、自分もエモへと手を伸ばして食べ始めた。

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