第32話 生き延びる為に

「そんな……」

「あの二人がやられるなんて…………」


 ソードファイターの兄妹が死亡したのを見た雄二と泰三の二人は、青い顔で小さく震える。


「もう駄目だ……僕たちここで皆、死んでしまうんだ」


 既に全てを諦めたかのように項垂れる泰三だったが、俺の脳内は、別のことを考えていた。


 ハッキリ言って、課長がどれだけ無残に殺されようが知ったことではない。

 何より大事なのは、この状況をいかにして切り抜け、三人揃ってこの城を脱出するかだ。


 だが、俺はサイクロプスを倒せたかもしれない絶好の機会を既に逃していた。

 それは課長のリフレクトシールドによって、サイクロプスがスタン状態に陥った時だ。


 本当ならあの時、勇気を出して飛び出すべきだったのだ。


 だが、ソードファイターの兄妹の惨たらしい死に方を目の当たりにした俺の体は、スタンして固まるサイクロプスを前にしても、恐怖で陰に隠れて震えることしかできなかった。


「…………」


 駄目だ……このままでは俺たちに待っている未来は、秘密の部屋で死んでいたスパルタクスの王牙おうがや、課長たちと同じだ。


 体を張っての戦いなんて知らない、ただゲームをやり込んだだけの一般人だと言い訳をしていたら、この世界では到底生きていけない。


 武器もある。戦う術も知っている。完璧に使いこなせるわけではないが、チートスキルもある。

 後、俺たちに必要なのは、命を賭けて戦う覚悟だけだ。


 俺は……俺たちは生きてこの城を出るんだ!


「……すぅ…………はぁ…………」


 俺は何度か深呼吸を繰り返し、気合を入れるために両頬をピシャリ、と叩くと、


「……雄二」


 苛立ちを紛らわすためにガジガジと爪を噛んでいる雄二の肩を叩くと、落ち着かせるために静かに話しかける。


「サイクロプスが課長を殺したらウォークライを使ってサイクロプスの注意を惹き付けてくれ」

「なっ!? お前、本気で言っているのか?」

「本気だ。いいか? よく考えてみるんだ」


 俺は驚きで目を見開く雄二に、その理由を話す。


「この城から脱出するのにサイクロプスを倒す必要があるなら、あいつが負傷している今を置いて他にチャンスはない」

「ま、待てよ。何もあいつを倒さなくても脱出できるかもしれないだろ?」

「かもしれない……でも、必死になって探して他に脱出路が見つからなかったらどうする? そうなった時、俺たちに次のチャンスなんてないぞ」


 何故なら、俺たちはゴブリンを一匹しか殺していない。

 もし、サイクロプスの出現条件が一定数以上のゴブリンを狩ることであったら、次に出会う時までに俺たちが五体満足でいられる保証はないのだ。

 それとも城のゴブリンが殲滅であったならば、追加のゴブリンが現れない限り、大丈夫なのかもしれないが、その場合はサイクロプスの怪我が回復している可能性がある。

 いや……この場合、回復していると考える方が普通かもしれない。


「こういう風に物事を考えてしまうと、ゲーム脳だと言われるかもしれないが、俺はこの世界で生き延びるための最善の手を全力で考えているつもりだ」

「…………勝算はあるのか?」

「ないわけじゃない。俺たちはあの兄妹みたいに素早くは動けないが、相手の防御を無視して攻撃する手段が二つある」


 俺のスキルのバックスタブと泰三のディメンションスラスト。この二つのスキルならば、サイクロプスが鎧を纏っていようとも関係ない。条件さえ満たすことができれば、倒すことは不可能ではないのだ。


「ええっ!? ぼ、僕も頭数に入っているのですか?」


 俺の案に、泰三が狼狽した様子で視線を彷徨わせる。


「ゴブリンすらまともに倒せなかった僕に、あんな敵を倒すなんて無理ですよ……それこそ、近付く前に殺されちゃいますよ」

「大丈夫だよ。基本的には俺がやるからさ」


 歯をガチガチと鳴らして震える泰三に、俺は安心させるように彼の肩に手を乗せる。


「俺のスキルは、相手を殺すことだけに特化したスキルだから上手くいけばあの化物を一撃で倒せるかもしれない……だけど、万が一失敗して俺がやられたら、泰三、お前俺の代わりにあいつを倒してくれ」

「浩一君……」

「勿論、そう簡単に死ぬつもりはないさ。俺の目標は、あくまで三人揃ってこの城から脱出することだからな」

「……わかりました。どこまでできるかわかりませんが、協力します」

「頼んだぞ……」


 泰三の目に力が戻ったのを確認した俺は一つ頷くと、まだ渋っている様子の雄二に向かって話しかける。


「というわけだ。悪いが雄二にも俺と一緒に命を張ってもらうぞ」

「はぁ………………わかったよ」


 雄二は大袈裟にかぶりを振りながら溜息を吐くと、背中に担いでいた盾を構える。


「浩一がそこまでの覚悟を持っているなら、協力しないわけにはいかないだろ」

「悪いな……」

「気にするな。それよりバックスタブを狙うなら浩一、お前は何処かに身を隠しておけ」

「えっ?」

「忘れたのか? バックスタブとバックアタックの違いを」

「そう……だったな」


 雄二が言うバックスタブとバックアタックの違いとは、背後から攻撃を仕掛けられた相手がこちらを認識しているかどうかの差を示している。


 グラディエーター・レジェンズでは、第二スキルを保持したレンジャーがバックスタブを発生させれば、ほぼ確実に相手を一撃で絶命させることができた。だが、バックアタックの場合、与えるダメージにボーナスが発生してかなりの大ダメージを与えることができても、残念ながら一撃必殺の攻撃とならない。

 つまり、バックスタブとは、相手の不意を討つことで初めて成功するスキルなので、俺がサイクロプスに認識された時点で、このスキルの効果を得ることができなくなってしまう。

 だから雄二は、サイクロプスを挑発する前に俺だけはどこか別の場所に身を隠せと言ってきたのだ。


「わかった……」


 雄二の提案に俺はおとなしく頷く。

 だが、その前に……、


「別行動を取る前に、奴を倒すための作戦を決めておこう」


 そう言うと、俺はこれまで見たサイクロプスの動きからどう立ち回るべきかを手早く説明していった。

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