第29話 二つの暴風
「いいかお前たち、あいつを倒せば、この忌々しい城から出られるぞ」
金で雇った兄妹たちに指示を出しながら、課長はサイクロプスの特徴を伝える。
「あいつの弱点は目だが、一つしかないから狙うのは簡単だろう。後は動きが遅いから、お前たち二人で攪乱すれば、簡単に倒せるはずだぞ」
「了解ですよ」
「任せたぞ。ゲームしか能の無かったお前たちに兄妹に、援助してやったのは誰だと思ってるんだ? ここで結果を残せなかったら、あの暗い部屋に戻るだけではない。お前たちを馬鹿にして来た奴等を見返す間もなく無様に死ぬということだぞ」
「わかってますって」
課長の言葉に、兄、マサキの方がやれやれと肩を竦めながら前へと出る。
「…………そんなこと、言われなくてもわかってるさ」
課長に聞こえないようにそう呟いたマサキは、サイクロプスを真っ直ぐに見つめたまま剣をぼぅ、と構えているレイナの隣に行くと、頭を一撫でしながら話しかける。
「というわけだ。一先ずこいつで最後みたいだから気張るぞ」
「うん……でも、マサキ兄ちゃん。お腹空いたよ」
「お前、さっきからそればっかりだな……まあ、確かに気持ちは分かるが、この戦いが終わったら腹一杯食わせてやるから先ずはあいつを倒すことに専念しような」
「……うん、わかった」
マサキに諭されレイナは静かに頷くと、剣を構えてクラウチングスタートの姿勢を取る。
「だったら、今すぐにでも倒す」
「あっ、おい、待て……」
だが、その言葉に聞く耳を持たず、レイナは緑色の閃光となって猛然とサイクロプスへと突撃していく。
「チッ、待てと言っているだろう」
勝手に飛び出したレイナを追うため、マサキもまたクラウチングスタートの姿勢から矢のような勢いで飛び出す。
彼等が使っているのは、ソードファイターの第四スキル『テンペスト』で、正に暴風の如くの超スピードで相手を撹乱するスキルである。
このスキルは強力な反面、その余りにも早過ぎるスピードにいかに対処できるかが肝となっていた。
だが、VRゲームを中心に、いくつもの反射神経を問われるゲームで結果を残してきたこの兄妹にとってテンペストの速さについていくことはそう難しいことではなかった。
さらに、異世界へとやって来て実際に体を動かすことになっても、まるで熟練の戦士のようにすぐさま対応できたのも、ゲームの腕前だけで生きて来た……変わり続ける世界に対して、すぐさま対応していかないと生きていけなかった二人だからこそ、対応できたことだった。
ただし、そんな彼等も決して万能の強さを持っているわけではない。
ゲームの腕前こそ超一流ではある兄妹だが、特別運動能力が高いわけではない。つまり、スキルの効果が切れてしまうと途端に戦う力を失ってしまうので、その前にサイクロプスを倒し切る必要があった。
「フフッ、殺しちゃうよ」
一足先にサイクロプスに肉薄したレイナは、巨木をそのままくり抜いたかの様な棍棒の攻撃を掻い潜り、サイクロプスの鎧の隙間を狙って無数の切り傷を刻んできた。
だが、ゴブリンと比べて桁違いの巨躯を持つサイクロプスは、多少の傷では全く怯む様子も見せず、飛び回る蠅を叩き落そうとするように棍棒を振るう。
「……甘い」
しかし、その攻撃すらもレイナは華麗に回避し、返す刀でサイクロプスの目を狙おうとする。
だが、流石に弱点部位をそう簡単に攻撃させるはずもなく、サイクロプスは目を腕で覆うようにしてガードする。
「――っ、それじゃあ殺せない」
レイナはそのままガードの上から斬りかかるが、サイクロプスの両手に装備された鉄製の腕輪に弾かれて火花を散らす。
「クッ……」
「おい、先ずは削って動きを封じるぞ」
「……うん」
後からやって来たマサキの声にレイナは頷くと、一旦距離を取ってから二人で挟み込むようにしてサイクロプスの体に無数の切り傷を刻んでいく。
「ウウ……ウガ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」
二人の鎧の隙間を的確に突く攻撃に、怒りの頂点に達したサイクロプスは雄叫びを上げながら飛び回る蠅を叩き落すように無茶苦茶に棍棒を振るう。
「チッ、脳筋野郎が……」
全く先が読めない攻撃に、マサキが堪らず距離を取る。
まだテンペストの効果が切れる時間ではないが、身軽に動くために碌に防具を装備していないので、攻撃が少しでも掠めただけで致命傷になりかねなかった。
だが、サイクロプスが無茶苦茶に暴れているお蔭で、逆にこれまで絶対に死守しようとしていた目の防御が疎かになっているので、安全を確保すれば隙を突いて目を攻撃できるかもしれなかった。
「おい、お前も一旦距離を取れ!」
一瞬でそこまで判断したマサキがレイナに指示を出すが、
「――っ、何をしている!?」
自分と同じ動きをしていると思われたレイナが、何故かサイクロプスの足元で呆然と立ち尽くしていたのだ。
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