第17話 致命攻撃

 背中を貫かれて倒れたゴブリンは、確認するまでもなく絶命していた。


 泰三を弄っていた時はあれだけギラギラとしていた目の光は完全に消え失せ、口からは紫の血で染まった長い舌がだらりと垂れ下がり、口角からは蛇口が壊れた水道のように体内に残っている血が溢れ出てきていた。また、全身から力が抜けた所為か、下腹部から排泄物がちょろちょろと流れ出て来て、その余りの臭さに俺は堪らず鼻を摘む。


「はぁ……はぁ……クッ!」


 奪った。命を奪ってしまった。

 泰三の命を救う為とはいえ、異世界で出会った初めての自分たち以外の住人の命を奪ってしまった。


 俺はゴブリンの紫色の血でべっとりと濡れている手を見つめながら、先程のゴブリンの背中に見えた黒いシミは、俺の職業レンジャーのスキルの一つ、バックスタブによる防御力無視の致命攻撃だったと確信する。

 どうやらゴブリンは革の鎧の下に鎖帷子を着込んでいたようだが、それにも拘らずまるでバターにナイフを突き立てかのように、何の抵抗もなく刃が体を突き抜けたのがその証拠だ。

 だが、グラディエーター・レジェンズ内で相手の背後を取ることに成功し、見事にバックスタブを決められて時のような爽快感は皆無で、実際に生物にナイフを突き立てた感覚は、ただただ不快で、今すぐにでも胃の中のものを地面にぶちまけたかった。


 だが、今はそれよりも優先させなければいけないことがある。


「泰三、大丈夫か!?」


 俺は強引にゴブリンの死体から視線を外すと、地面に蹲る泰三へと手を伸ばして助け起こす。


「すまない泰三。もっと早く助けるべきだった」

「……いえ、今度は来てくれると信じていますから…………クッ!」


 泰三は弱々しく笑みを浮かべるが、すぐさま苦悶の表情を浮かべて左の頬を押さえる。


「痛むのか?」

「ええ、痛くて今にも死にそうです……僕の頬……穴開いていませんか?」


 そう言って手をどけると、泰三の頬には顎から左目の下にかけて十センチ以上の深い切り傷ができており、とめどなく血が溢れて首から下は流れ出た地で真っ赤に染まっていた。


「…………大丈夫だ。穴は開いていない」


 見るからにヤバイ状況だったが、ここで下手に不安にさせるよりはマシだと思って俺は泰三に嘘を吐く。

 同時に、一刻も早く止血をして傷口を塞がなければと思った俺は、何かないかと必死に辺りを見渡す。だが、元は貴賓室でそれなりに物があったはずの室内は荒廃が進み、ベッドや家具の残骸はあるものの、包帯となりそうな布切れは疎か、傷薬の一つもありそうになかった。


「……浩一」


 するとそこへ、壁際まで吹き飛ばされた雄二がふらふらとした足取りでやって来る。


「泰三は大丈夫なのか?」

「…………大丈夫」


 俺はそう言いながらも、目だけで予断を許さない状況であることを雄二に伝える。


「……そうか、と言っても包帯とか必要だろう。俺でよければ他の部屋を見てくるか?」


 俺の表情と、泰三の容態からから何となく状況を察した雄二が何か治療に使えるものを探してくると提案してくる。

 グラディエーター・レジェンズではアイテムの類は貴賓室のような小部屋に配置されていたから、まだ荒らされていない部屋を見つけることができれば何か役に立つ物が見つかるかもしれなかった。


 ゴブリンみたいな未知の生物がいた以上、単独行動は極力避けたいところだが、ことは一刻を争うし、誰か一人は泰三についていないといけないだろうから、他に選択肢はなさそうだった。


「わかった……」


 くれぐれも無理はしないでな。そう続けようとしたその時、何処からか「チュウ、チュウ」という可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。


「……何だ。ネズミか?」


 声のした方向に雄二が目を向けると、そこには確かに灰色の四足歩行の動物……ネズミのような生物がいた。

 顔付きはネズミとよく似ているが、大きさはネズミにしては大きくモルモットぐらい、体格はボールのようにまん丸としたそいつは、頻りに「チュウ、チュウ」と鳴きながら何かをアピールしていた。


「何でこんなところにネズミが……どんな病気持ってるかわからないし、万が一の食料になるかもしれんからっておくか?」


 全然逃げようとしないネズミに雄二が物騒なことを言い出すが、俺は真逆の考えを抱いていた。


「……本当に?」


 俺がそう口にすると、ネズミは「チュウ」と鳴きながらゴブリンがいた場所までとてとてと駆けていく。


「……雄二、悪いが泰三のことを頼む」

「浩一?」

「もしかしたら泰三を治療できるかもしれない」

「お、おい、浩一……」


 戸惑う雄二に、俺は泰三を半ば押し付けるよう託すと、勢いよく立ち上がった。

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