第127話
私の声が届いてるとは思えないけど、私の声に呼応して、ドラゴンさんが雄叫びを上げた。
そしてそのまま、ドラゴンさんは、黒いオーラのドラゴンさんに体当たりする。
「グオッ!」
ドラゴンさんの存在に気付いていなかった黒いオーラのドラゴンさんは、ドラゴンさんの体当たりに反応できず、吹き飛ばされてしまった。
そのお陰で、レミィさんへの攻撃が止まる。
「レミィ!」
すぐにリリルハさんが駆け寄っていく。
レミィさんは、力なく倒れるけど、なんとか息はあるようだった。
よかった。
ドラゴンさんは、そのまま黒いオーラのドラゴンさんに向かって炎を吐いた。黒いオーラのドラゴンさんは、その炎を飛んで避けて、ドラゴンさんに体当たりする。
それを避けるドラゴンさん。黒いオーラのドラゴンさんは、無策では勝てないと思ったのか、ドラゴンさんを睨み、隙を伺っていた。
ドラゴンさんは、少しだけ私の方を見て、また黒いオーラのドラゴンさんの方を見た。
こっちは任せろ。そう言ってくれているように感じた。
「ああ、ドラゴンさん。あなたも、そうだったわね」
お姉ちゃんが呟く。
「あなたも、敵だったわね」
お姉ちゃんは、ギッとドラゴンさんを睨んで、魔法の槍を構えた。
だけど、その動きは竜狩りさんを無視したもので、その一瞬の隙を、竜狩りさんは見逃さなかった。
「ぐううおおぁぁ!」
「くっ」
力任せにお姉ちゃんを押し退けて、竜狩りさんはお姉ちゃんの拘束から逃れた。そして、そのままお姉ちゃんから距離を取って、剣を構える。
「うざったいわね。逃げたって、あなたが私に勝てる訳ないでしょ」
お姉ちゃんの言う通りだ。
ドラゴンさんが来てくれたお陰で、仕切り直しになったけど、実力差が埋まった訳じゃない。
ドラゴンさんだって、お姉ちゃんには勝てないし、しかも、レミィさんは重症でもう戦えない。
戦況が覆る程の変化は起こっていない。
辛うじて悪化しなかった。そんな感じ。
「リリルハ、レミィ。あなたたちはぁ、後ろで隠れてなさぁい」
そんな中、動いたのは、エリーさんだった。
「ちょっ、お姉さま。あなた、何もできないじゃありませんの!」
「あら? そんな風に言われるなんてぇ、お姉ちゃん、ショックだわぁ」
口ではそう言ってるけど、エリーさんは、特にショックを受けている様子はなかった。むしろ、面白そうに笑っていた。
けど、すぐに真剣な顔に変わった。
今まで見たことがないくらい。
「そんなことよりぃ、レミィをお願いねぇ。まだ、私のお願いはぁ、達成されてないしねぇ」
「お願い、ですの?」
エリーさんの言葉に、レミィさんが一瞬、ピクッて動いた。よくわからないけど、2人の間で、何か約束でもしてたのかな。
リリルハさんも、よくわかってないみたいだけど、エリーさんの真剣な顔を見て、何かを感じたのか、素直に頷いて、エリーさんの後ろに下がっていった。
「大した自信ね。あなたが私に勝てるとでも?」
お姉ちゃんは、エリーさんに注意を向ける。
目の前にいる竜狩りさんは、完全に無視しているみたい。
それでも、竜狩りさんが動かないのは、視線は外れているはずなのに、ほんの一瞬も隙がないからだろう。
お姉ちゃんは、常に魔力を空間に張り巡らせ、見ていなくても、まるで見ているように反応できるくらい、この場にいる全員の様子を観察している。
だけど、その中でも、エリーさんに向ける注意は別格だった。
それだけ、エリーさんを警戒しているみたいだけど、完全にエリーさんだけに注目していないのは、さっきみたいに注意をそらされて、何かの作戦に陥れられないようにしてるんだと思う。
「ふふ。それはぁ、こっちの台詞だわぁ。目の前の竜狩りさんが見えないのかしらぁ?」
「忠告どうも。でも、言われなくても、油断なんてしてないわ。全力で、あなたたちを倒すだけだから」
「それもそうねぇ。倒せるといいわねぇ」
エリーさんが笑う。それは、馬鹿にしている、というよりは、挑発をしてるんだと思う。
お姉ちゃんも、それはわかっているみたいで、腹を立てることなく、周囲への警戒を強めた。
半径何キロになるかわからないけど、かなり広い範囲を魔法で調べて、誰も、何もいないことを確認する。
それをどんどんと広げていくけど。
「はぁ!」
素直にそれをさせてくれるはずもなく、竜狩りさんが攻撃をしてきた。だけど、もちろんそれも、お姉ちゃんにはバレバレで、なんなく槍で受け止めてしまった。
「くっ」
「もう、あなたなんて、私の敵じゃないのよ」
竜狩りさんを押し返すと、槍を回して、後ろの部分で竜狩りさんの顎を殴る。
そのまま薙ぎ払うけど、竜狩りさんは、それは受け止めて踏みとどまった。
だけど、ギリギリの攻防は、竜狩りさんが圧倒的に押されている。
剣と槍では間合いが違いすぎる。しかも、最初は技量でなんとか保っていた均衡も、すでに差が埋まってしまっていた。
お姉ちゃんは竜狩りさんの動きを完璧に捉えて、その技術を盗んでいく。
それに加えて、レミィさんのように先読みもしているみたいで、もうお姉ちゃんを倒せる人なんて、誰もいないんじゃないかと思うくらい、圧倒的な強さだった。
「ぐはっ!」
(あ! 竜狩りさん!)
お姉ちゃんの槍が、竜狩りさんの肩に突き刺さる。ギリギリで避けたみたいだけど、もしそれが遅れていたら、確実に心臓を貫いている位置だった。
「えぇい!」
「は? くっ!」
そのまま押し倒そうとしたお姉ちゃんに、少しだけのんびりとした声が降ってきた。
次の瞬間、目映い光が目を覆い尽くして、流石のお姉ちゃんも目を覆う。
これは光る爆弾か何かだ。
エリーさんが使ったんだと思う。
その隙に、竜狩りさんは、無理やり肩から槍を引き抜いて後ろに下がっていった。
「あぁ、邪魔くさいわね」
「ふふ。というよりぃ、私を忘れないでねぇ?」
別にお姉ちゃんも、忘れていた訳ではなかった。それでも今のを許したのは、エリーさんは本当に戦う力なんてないから。この場で何かできるとは思ってなかったから。
「そう。なら、あなたから、始末した方がいいのね」
でも、エリーさんは、戦うことができなくても、何かをしてくるとはある。それは、目の前で戦う竜狩りさんよりも厄介だ。
何せ、何をしてくるかわからないから。
「あー、それは困るわぁ。竜狩りさん、私を守ってねぇ」
「無茶を、言う、な」
竜狩りさんはそう言いつつも、エリーさんを守るように立ちふさがる。
「邪魔よ」
だけど、お姉ちゃんは躊躇しない。
「なっ! ぐああぁ!」
多分、魔法だと思うけど、お姉ちゃんが手を横に払うと、竜狩りさんは紙のように吹き飛ばされてしまった。
そして、エリーさんに何もさせないように、一気に距離を詰めて、その首に槍を突き刺そうとする。
(あぶないっ!)
声なんて聞こえないし、聞こえた所で逃げられるようなスピードではなかった。
だけど、私の声に反応したのは、エリーさんではなかった。
「グオオオオン」
「っ!」
エリーさんを目前にして、お姉ちゃんが後ろに飛び退いた。そしてそこに、黒いオーラのドラゴンさんが落ちてくる。
「ドラゴンさん! 大丈夫?」
どうやら、黒いオーラのドラゴンさんは、ドラゴンさんに吹き飛ばされてきたらしい。
私の声を聞いて、それをこっちの方に飛ばしてくれたのかも。
吹き飛ばされたと言っても、大きな怪我をしている訳ではないみたいで、すぐに起き上がって、お姉ちゃんに頷いた。
そして、空にいるドラゴンさんにまた向かっていく。
それを見てから、エリーさんの方を見ると、エリーさんはかなり離れた所に逃げていた。
「ちょこまかと、ふざけてるわね」
「ふふ。逃げも一手よぉ。あなたはぁ、もう私の策に嵌まってるのぉ」
お姉ちゃんは、槍を握る手に力を込める。
かなり離れたとは言え、お姉ちゃんなら、大した距離じゃない。さっきと比べても誤差の範囲だと思う。
そのくらいを逃げただけで、得意気なエリーさんに、お姉ちゃんは苛立ってるんだ。
だけど、お姉ちゃんは油断なんてしていない。冷静に周りを見て、他の誰かがいないかを確認している。
結果は誰もいない。正確に言うと、すぐ近くにリリルハさんとレミィさんの気配は感じるけど、それは元からだから、気にしてない。
ちなみに竜狩りさんはまだ動けない。
立ち上がろうとしてるけど、ダメージが大きすぎて、中々思うように動けないみたい。
そうなると、エリーさんを守ってくれる人はいないんだけど。ドラゴンさんも、そう何度もタイミング良く、エリーさんを助けられないだろうし。
それでも、エリーさんの表情は余裕たっぷりだ。
「いいわ。なら、望みどおり始末してあげる」
お姉ちゃんは、そこまで確認しても、警戒を緩めることはしなかった。
槍を握り、持ち上げて投げるように構える。
やっぱり、エリーさんの言っている策というのが気になってるんだ。何を仕掛けているのかわからないけど、近付くのは危険だと判断したんだ。
「避けられたら、誉めてあげるわ」
そう言って、お姉ちゃんはエリーさん目掛けて槍を投げた。真っ直ぐエリーさんの心臓を目掛けて飛ぶ槍は、一瞬でエリーさんの胸を貫いた。
何の障害もなく、何の抵抗もなく。
「ぐうっ、がはっ」
「……え?」
流石に、そんな無抵抗なエリーさんに、お姉ちゃんは呆気に取られた。避けることはできなくても、何か防御する策は張っていると思っていたから。
だけど、エリーさんは、何もせずにただその槍を受けた。血が流れて、ガクッとその場に倒れる。
(エ、エリーさん)
それは演技なんかじゃない。
本物の血で、本当に倒れている。
血溜まりは広がっていって、エリーさんの命の気配が少しずつ弱まっていた。
ど、どうしよう。どうしよう。このままじゃ、本当に死んじゃうよ。すぐに治癒魔法をかけないと。
だけど、かけられる人なんていないし、かけられても、生半可な魔法じゃ、間に合わない。それこそ、私が治癒魔法をかけるぐらいじゃないと。
でも、今の私にはそんなことはできない。
ああ、どうしよう。
もう間に合わない。
早くしないと、間に合わない。
どうしよう。どうしよう。
「やっと、隙ができましたね」
「え? しまっ!」
呆けていたのは私だけじゃなかった。
聞こえてきた声は、レミィさんのもので、レミィさんは左手に溜めた魔力を一気に開放して、お姉ちゃんの胸元にその魔力の塊をぶつける。
「魔人は、人間の記憶に介入することができます。それは、人の精神に深く関わることができるということです。その力だけならば、私は竜の巫女にも負けません!」
「ぐっ! うあぁぁ!」
お姉ちゃんの苦しそうな声と同時に、不思議な感覚が私を包み込む。誰かが私の手を引っ張ってくれているような、そんな感覚。今の私に手なんてないはずなのに。
「させない。させないわ! アリスは、渡さない!」
「ぐっ。流石に、手強いですね」
ビリビリと魔力がぶつかり合って、私を引っ張る力と、引き戻そうとする力を感じた。
それは拮抗していて、でも、レミィさんの魔力から考えると、そう長くは持たないだろう。
「リリルハ様!」
「えぇ! わかってますわ」
だけど、その後ろから、リリルハさんが飛び込んできた。
そして。
「アリスゥゥゥゥ! 愛してますわぁぁ!」
「ひゃあぁぁぁ!」
リリルハさんはお姉ちゃんに抱きついた。
唇を少しだけ尖らせて。
えっと、何をしたかったのかな。
お姉ちゃんは、それをグイッと顔を背けて避けたけど、抱きつかれるのを避けることはできなかった。
だけど、その影響なのか、私を引き戻そうとする力がかなり弱まって、一気に私は誰かに引っ張られた。
そして、久しぶりの感覚が訪れる。
自分の目で、世界を見る。という感覚が。
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