第55話 その前に その六

 壁があってもなんのその。

 レミィは、目の前の壁を魔法でぶち壊しながら、城の中を駆け抜けていく。


 その速度は魔法により強化されたもので、常人であれば、追い付くことはおろか、目を離した隙に見えなくなってしまうだろう。


 しかし。


「おっと」

「きゃ!」


 そんな速度で走るレミィたちに追いすがるのは、軽さのみに重点を置いたような身なりの、感じたことのない気配を発する者たちだった。


「あれが、ヤマトミヤコ共和国に伝わる忍者というものですね」

「忍者? 聞いたことありませんわ?」

「忍ぶ者、と書いて忍者です。主に隠密を担当することが多いと聞きます。影のプロフェッショナルといった所ですね。まあ、今はそんなことも言ってられないようですが」


 レミィは、忍者の放つ魔法をかき消しながら、走る速度を落とさないレミィに、リリルハは必死でついていく。


 しかし、微かに疲れを見せはじめるリリルハに、レミィは挑戦的な目を向けた。


「抱っこしてあげましょうか?」


 リリルハは、ムカッと腹を立てたようで、見るからに機嫌悪そうな目付きに変わる。


「舐めないでくださる?」


 リリルハは、自分の足に魔法をかけ、レミィの前に躍り出た。

 その瞬間、リリルハが元いた場所が、魔法によって砕け散った。


「お見事です、リリルハ様」

「あなたは、本当に……」


 素直に守る、ようなことはしないレミィに、リリルハは呆れてしまった。


 しかし、その叱咤もあって、リリルハはレミィに遅れることなく、城の中を颯爽と逃げていく。



 気付けば、リリルハたちを追う姿はすでに見えなくなっていて、気配もなくなっていた。


「撒けましたの?」

「いいえ。まだですね」


 しかし、2人は速度を緩めることなく、走り続ける。


「こちらへ」


 そして、レミィはリリルハの手を掴んで、急激に進行方向を変えて、そこにあった窓をぶち破った。


 そこから飛び降りるように外へと出た2人だったが、その瞬間、リリルハは刺すほどの殺気に気付く。


「レミィ!」


 その声を出したのと、黒い槍のような魔法が飛んでくるのは、ほぼ同時だった。


 黒い槍のような魔法は、一直線にレミィに向かってきて、その体に突き刺さる。


「ぐっ!」


 呻き声を上げるレミィ。

 そして、突き刺さった箇所から鮮血が飛びちる。


 何本も槍に貫かれたレミィは、歯を食い縛りながらも、リリルハを守るように地面に降り立つ。


 そして、何事もなかったかのように、また走り出した。


「ちょっと、レミィ! 大丈夫なんですの!」


 まるで悲鳴のように言うリリルハだったが、レミィは反対に冷静な口調で答えた。


「問題ありません。想定内ですよ」

「想定内って、あなた」


 ダラダラと血を流しながら走るレミィは、どこからどう見ても、重傷者だ。


 すぐにでも治癒魔法をかけたかったリリルハだが、その魔法をかける技術はリリルハにはなかった。


「今ので、敵の位置も把握できました。反撃しますよ」


 レミィは、余裕を見せる表情で、魔法で球体を8つ作る。

 そして、それを上に放り投げると、8つの球体は、それぞれ別々の方向に飛び去っていった。


「ぐあっ!」

「ぎゃぁ!」


 少し離れた所から聞こえてきた呻き声に、リリルハが視線を向けると、倒れているのは、さっきまで追いかけてきた忍者だった。


「もう一度」


 レミィは、さっきと同じように球体を作り、また放り投げる。

 今度は球体が9つあって、またそれぞれ別々の方向に飛び去っていき、忍者を仕留めていた。


 そして、それを確認したレミィは、リリルハを抱き抱え、一際高く、空へと飛び上がり、ぐんぐんと、まるで鳥のように、空から逃げていった。


 ◇◇◇◇◇◇


 空を飛ぶ。というより、滑空しているという方が正しいだろう。


 少しずつ地面へと向かっていくレミィは、頃合いを見計らったかのように、バサッと速度を落とし、地面へと降り立った。


 それは、ヒミコの城からかなり離れた所で、レミィが周りを確認しても、誰も付いて来れていないようだった


「これで、少しは時間を稼げるでしょう」


 ふうっ、と呼吸を整えるレミィ。

 しかし、そんなレミィに、リリルハが駆け寄った。


「そんなことより、早く怪我の治療を。血が大変なことになってますわ」


 身体中を貫かれ、大量の血を流してるレミィ。

 しかし、とてもそうは思えない程に、レミィな態度は自然なものだった。


 しかし、目の前で血が流れているのは間違いなく、リリルハは、気が気ではなかった。


「こんなの、放っておけば治りますよ」

「何を、馬鹿なことを!」


 真面目に話を聞こうとしないレミィに、リリルハが怒鳴り付ける。


 そうしてやっと、レミィは、真剣な表情でリリルハの顔に目を向けた。


 しかし、その表情は、真剣ながらも、少し苦笑いが浮かんでいた。


「リリルハ様、よく見てください」

「さっきから見てますわ! だから、ちゃんと治療を、と、言って……」


 怪我した箇所を見るために、服を捲ったリリルハは、予想外の光景に言葉を失った。


「え? 傷が、治って、る?」


 服に付いた血は、紛れもなく本物で生暖かい。


 紛れもなく、ついさっきの攻撃により、体を貫かれ、致命傷でもおかしくない攻撃を受けたはず。


 しかし、そこにあるはずの傷が、レミィの体の何処にもなかった。

 そこにあるのは、綺麗なレミィの素肌だけ。


「走りながら、治癒魔法をかけていました。だから、問題ないと言ったのです」


 レミィは、ペロッと舌を出して、悪戯に成功した子供のように笑っている。


 いつもなら、主人をからかう従者に対して、リリルハが怒って、終わり。だった。


 しかし、リリルハには、そんなことを言える余裕がなかった。

 それは、レミィの言葉が信じられなかったからだ。


「でも、シュルフが、治癒魔法は、超高度な魔法だと。大怪我を治す魔法なんて、そうそう使えないと」


 以前、アリスの治癒魔法を見た時、シュルフはそのようなことを言っていた。

 リリルハもそれは記憶があった。


 しかも、その時、レミィはその場にいて、その話に異議を唱えることもなかった。


 確かにレミィは、リリルハの想像を越えるような魔法を軽々と使うことができる。

 しかし、レミィは今まで、誰かの傷を治したりすることはしたことがなかった。


 それなのに、今回に限り、完璧なまでに自分の体を治癒する魔法をかけることができたということに、リリルハは違和感を覚えていた。


「そうですね。私も、莫大に魔力を消費するので、あまりやりたくはないんですが、今回は仕方ありませんでした」

「そんな、でも、だって」


 莫大な魔力を消費する。だから、あまり使えない。一見、その通りだと思えるかもしれない。


 しかし、リリルハは違った。


 レミィが傷を負ったのは、ここに来る前の話。

 しかし、レミィはここに来るまでに、忍者を撃退する魔法や空高く飛び上がる魔法を、普通に、何一つ苦労せずに扱っていた。


 莫大な魔力を消費して、疲労しているなど、どう見ても思えなかった。


「あなた、いったい、何を……」

「リリルハ様。そのお話は、またの機会に。まだ、追手がこちらに向かっているようですので」


 レミィは、いつになく真剣な顔で言う。


 リリルハは、その真意を探ろうと、レミィの目を見つめた。やや間があって、リリルハは何も言わずに頷く。


「わかりましたわ」


 それから少し遅れてリリルハの声がした。


 レミィに促され走るリリルハは、レミィを見ようとしない。


 そんなリリルハに、レミィはなんとも言えない表情を浮かべる。


「そろそろ、隠しきれないですかね」


 レミィの独り言は、リリルハの耳に届かず、空に消えていった。

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