第52話

「あれ?」


 やっと目を開けることができたと思ったら、視界に入ってきたのは、見たことのない景色。

 何処かの森の中だった。


「ここは?」


 気付けば、私はまた1人。

 誰もいない空間。


 でも、この感覚は、記憶の欠片で見た光景と同じかもしれない。

 いつもと違ってドラゴンさんはいないけど。


「魔族だ! すぐに捕まえろ!」

「え?」


 少し遠くで声が聞こえてきた。

 誰かの怒鳴り声。

 何処かで聞いたことのある言葉に、私は胸騒ぎがした。


「行かないと」


 いても立ってもいられなくなって、私は声のした方に走っていく。


 だけど、それは思いの外近かったようで、そこにはすぐに着いてしまった。


「私、まぞくじゃないよ。なにもしないよ」


 するとそこには、大人の人たちに囲まれる1人の女の子とドラゴンさんに似た、ドラゴンさんがいた。

 女の子は何やら必死に何かを訴えている。


「嘘をつくな! ドラゴンを従えるなんて、人間にできる訳がない!」


 だけど、女の子の言葉は、大人の人たちには届かないようで、怒りに狂ったように、大人の人たちは、女の子に武器を振るう。


 女の子のことをドラゴンさんが守ってくれているけど、その光景は、私にも身に覚えがあった。


「リリルハさんの町の時と一緒だ」


 そう。この光景。

 私が初めて訪れた、リリルハさんの町の時とまったく同じだ。


 あの時もみんな、私の話を聞いてくれなくて、リリルハさんが来てくれなかったら、どうなっていたのかわからない。


「やめて。なにもしないの。ほんとうだよ?」

「うるさい、黙れ、悪魔め!」


 ドラゴンさんの固い体には、その人たちの攻撃なんて効かないだろうけど、だけど、その人たちの表情は、見ていてすごく恐かった。


 町の人たちも、ダメージを受けている様子のないドラゴンさんに怯えているようで、少しずつ、その声は荒くなっていく。


「くそっ! やれ、殺せ!」

「男どもを集めろ! 追い払え!」


 ドラゴンさんは翼で女の子を守っているけど、町の人たちは止まらない。

 恐怖と憎悪の感情が渦巻いていて気持ち悪い。気持ち悪くてたまらない。


 そして、それは、多分、その女の子も同じだったんだと思う。

 ドラゴンさんに守られながら、女の子は踞り、震える体を自分で抱えていた。


「どうして? なんで、話をきいてくれないの?」


 小さな声は町の人たちにかき消されていた。

 だけど、どうしてか、私の耳には聞こえてくる。まるで、直接心に響くように。


「グオオオォォン!」


 その時。


 一際大きな雄叫びを上げたドラゴンさんが、翼をバサッて広げて、町の人たちは驚いて飛び退けた。


 ドラゴンさんは、その一瞬で、女の子を掴み、空へと飛び上がる。

 そして、そのまま、勢いよく何処かへと飛び去ってしまった。


「や、やったぞ。魔族を追い払ったぞ!」

「おお! やった!」


 町の人たちは歓喜の声を上げるけど、私はそれを見ていて、胸が苦しくなった。



 そして、また景色が変わっていく。


「けほっ。けほっ」


 今度は何処かの洞窟の中。

 薄暗いけど、さっきの女の子がドラゴンさんに体を預けて、辛そうに咳をしていた。

 その顔は真っ赤で、すごく汗をかいている。


 多分、風邪か、もしかしたら、もっとひどい病気なのかもしれない。


 服装はさっき見た時よりもボロボロになっていて、泥や赤黒い染みで汚れている。

 髪もグシャグシャで、元から白い肌も、わからないくらい泥だらけだった。


「寒い。寒いよ。ドラゴンさん」


 女の子がドラゴンさんに抱きつく。

 焚き火も近くにあって暖かいはずなのに、女の子は寒さで凍えているようだった。


「今度の町では、話をきいてくれるかな? 誰か、話をきいてくれるかな?」

「ブウウゥン」


 答えは返ってこない。

 だけど、ドラゴンさんも悲しそうだった。


 女の子は辛そうにしながら、そのまま眠りにつく。



 また景色が変わる。


「けほっ。あ、あの、けほっ。ま、町に、いれて、もらえ、ませんか?」


 女の子は咳き込みながらも、なんとか尋ねる。

 その近くには、ドラゴンさんはいない。


 だから、門番の人たちも、いきなり女の子に攻撃してくることはなかった。


 だけど、ボロボロの、しかも、まだ幼い女の子が急に現れたから、門番の人も不審がってるみたい。


「君、名前は?」

「なま、え? えと、あの」


 女の子はしどろもどろになる。

 女の子には、名前がないんだ。


 それもまた、私と同じだ。

 私には、リリルハさんにつけてもらったアリスという名前がある。


 だけど、この女の子は、そういう人に出会えていないから、名前がないんだ。


「不審なやつだ。親はどうした?」

「えっと、お、おぼえて、ないの」

「覚えていない? ふざけるな、お前のような子供が、1人で生きていける訳がないだろ」


 門番の人の表情が険しくなる。


「出ていけ! 不審者め」

「あうっ」


 門番の人は、女の子を突き飛ばす。

 立っているのも辛そうな女の子は、それで簡単に飛ばされてしまった。


 尻餅をついて、また泥を被る。


 だけど、門番の人たちの目は、そんな女の子を心配するどころか、当然だと言わんばかりに目下すものだった。



 ギリッと音がした。

 一瞬、何の音かわからなかったけど、すぐにわかった。


 私が自分で、歯を噛み締めていたんだ。

 音がなるくらい、力一杯。


 気付いたら掌からも血が出てる。

 爪が食い込むくらい、力をいれていたみたい。


 怒ってるから。

 とも、少し違う気がする。

 この感情を私はまだ知らないけど、多分。


「グオオオォォン!」


 その時、突然、ドラゴンさんの雄叫びが聞こえた。

 そしてすぐに、近くの茂みからドラゴンさんが飛び出してきた。


「なっ! ド、ドラゴンだと!」


 門番の人も驚く。


「あ、駄目。でてきちゃ」


 女の子が制止する間もなく、ドラゴンさんは女の子の元に向かい、背中に乗せた。


「お、お前が、ドラゴンを操る巫女か!」


 門番の人はすぐに、槍を構えて叫ぶ。

 けど、ドラゴンさんはそんな門番の人に構わず、女の子を連れて飛び立とうとした。


 けど。


「逃がすか!」


 門番の人たちの後ろから、1人の男の人が飛び込んできた。

 そして。


「ギャオオオォ!」


 飛び立とうとするドラゴンさんを、その誰かが切りつける。

 翼を切られたドラゴンさんは、飛び立つことができず、そのまま地面に倒れ込んだ。


「あうっ!」


 その拍子に女の子が投げ出されてしまい、そのドラゴンさんを切りつけた人の元まで飛ばされてしまった。


「もう逃がさんぞ。悪魔め」


 その男の人は、剣を構えて女の子に言い放つ。

 そんな男の人に、門番の人たちは、歓喜の声を上げていた。

 

「おお! 流石は魔族退治の専門家だな。さあ、さっさと悪魔を退治してくれ」


 まるで、化物を忌み嫌うように、門番の人たちは、女の子を指差して言う。


「けほっ。わ、わたし、あくまじゃ、うえっ!」


 なんとか起き上がろうとする女の子を、その人は蹴り飛ばした。


「やめて!」


 私は思わずその人に叫んだ。

 だけど、私の声は誰にも聞こえてないみたい。


 その人はそのまま蹴り飛ばした女の子の元まで歩き、剣を構える。


 そして。


「悪魔は粛清する」


 そう叫び、剣を女の子に突き立てた。


 だけど。


「ギャアオアオオオ!」

「ドラゴンさん!」


 だけど、ドラゴンさんがすんでの所でその剣から女の子を守った。


 その体を使って。


「あ、ああ、ド、ドラゴンさん」


 噴水のように、血が吹き出した。

 ドラゴンさんのあんなに苦しそうな顔、見たことがない。


 女の子は呆然とドラゴンさんを見上げる。

 立ち上がることができないのか、ただ手を伸ばして、ドラゴンさんに声をかける。


「ちっ。邪魔を」


 剣を突き立てる男の人は、苦々しい顔をして剣を引き抜いた。


「まだ悪魔が生きてる。やれ、殺せ!」

「早くしろ! どんだけ金を払ってると思ってる!」


 いつの間にか、町の人たちも集まってきて、その光景に、町の人たちが口々に言う。


 悪魔。

 魔女。

 魔族。

 存在してはいけないもの。


 そんな言葉が飛び交う中、女の子はそんな言葉なんて聞こえていないかのように、ただ呆然とした様子で、ドラゴンさんに触れる。


 すると、その触れた部分から、白い光が溢れた。


「え?」


 女の子は驚いている。

 だけど、私にはわかった。あれは、傷を直す魔法だって。


 思った通り、ドラゴンさんの傷は魔法によって、たちまち治ってしまった。


「なっ。馬鹿な!」


 ドラゴンさんを切りつけた男の人も、流石に予想外だったみたいで、驚きで咄嗟には動けなかったみたい。


 その隙に、ドラゴンさんは、女の子を掴んで、さっきよりも全力で、空へと飛び上がった。


「くっ。待てっ!」


 しかし、その男の人も、そのスピードには追い付けなかったようで、なんとか女の子とドラゴンさんは、その場から逃げることができたのだった。



 そして、またしても、景色が変わる。


「大丈夫だよ。ドラゴンさん。ドラゴンさんさえいれば、1人でも大丈夫だから」


 今度は何処かの森の中だった。

 女の子はさっきよりも、少しだけ大きくなったみたい。


 服はさっきよりも綺麗になっていて、心なしか顔も少しだけ健康的になったように見える。


 近くには木や葉っぱで作られた家みたいな形のものがあって、そこには木の実や果物が置かれていて、すごく簡素だけど、女の子はここに住んでいるみたい。


 誰もいない森の中。

 誰とも会うことはない。誰とも会えない。

 その代わり、誰にも迷惑をかけない場所。


 多分、女の子はそう考えているんだと思う。


 その証拠に、さっきまで町の人たちに向けられていたような嫌な視線は何処にもない。


「ここなら、静かに暮らせるよね? ドラゴンさん」


 女の子は嬉しそうに言う。

 ドラゴンさんも、そんな女の子を慈しむように目を細めたような気がした。



 よかった。

 これで、この女の子も、傷つけられることなく暮らしていくことができるね。


 と、思いたかった。


 思いたかった。

 けど、そんな気持ちにはなれなかった。



 だって、この森は、以前に記憶の欠片を手にした時に見た、あの森だったから。

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