第51話

「ここ、は?」


 何処だろう。

 気付けば私は、何もない白い空間にいた。


 周りを見ても、誰もいない。

 ドラゴンさんもいない。


「ドラゴンさん? ミスラさん? アジムさん? ウンジンさん?」


 みんなを呼ぶ。

 だけど、誰も答えてくれなかった。


 周りを見ても、ただ真っ白な空間が広がるだけで、前を見てるのか横を見てるのか、上を見てるのか、下を見てるのか、何もわからないくらい、本当に真っ白。


「誰かいないのー?」


 ちょっと大きな声で呼んでみる。

 でも、誰も答えてくれない。


 ドラゴンさんすらいないなんて、どういうことなんだろう。


 仕方なく、私は歩いてみることにした。

 何処に行けばいいのかもわからないけど。


 だけど、何処を見ても真っ白だから、ちゃんと前に進んでいるのかもわからない。

 というより、私が足を出しているのが、前なのかもわからない。

 足の感覚がないみたいに。


 それから私は、しばらく歩く。


 ひたすら歩く。



 そして、それから、どれくらい経ったかわからない頃。


「何処に行くの?」

「え?」


 不意に、誰かの声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには女の子がいた。


 その女の子は私と同じくらいの女の子で、ジッと私の方を見ている。

 なんとなくその顔には見覚えがあるような、ないような。


 真っ白な空間に女の子が1人。

 異様な光景に見える。


 だけど、この空間で初めて出会えた人に、私は少しだけ安心できた。


「えっと、あなたは、だれ?」


 とりあえず、聞いてみる。

 だけど。


「あなたこそ、誰?」


 私の質問は、質問で返されてしまった。

 だけど、確かにそうだよね。人に尋ねる時は、ちゃんと自分から名乗らないと失礼だよね。


「ごめんなさい。私はアリスっていうの」

「そう」


 だけど、その女の子は、一言だけそう呟くと、それから黙ってしまった。

 そして、何かを確かめるような表情をしながら、私の姿を上から下までくまなく見ているみたい。


 何か、気になることでもあるのかな。

 変な所はないと思うけど。


「あの……」

「あなたには、名前があるのね?」

「え?」


 女の子は、きつい目付きで私を睨んでいた。


 その目には、強い感情が込もっている。

 恐いくらいに。


 私は、居心地の悪さに目をそらそうとするけど、女の子はそれを許してくれなかった。

 ギロッと刺されるような視線が、私の目を離してくれない。目線を動かせない。


「あなたは、だれ?」


 私はもう一度尋ねる。

 女の子は、その質問に歪んだ、気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「私は、竜の巫女と呼ばれていたわ」

「りゅうのみこ?」


 その名前には聞き覚えがある。


 竜狩りの人が探してた人だ。

 竜狩りの人は、この人を探していたんだ。


 でも、呼ばれていたって、どういうことだろう。今は呼ばれてないのかな。


 私の疑問に気付いたかのように、りゅうのみこさんが口を開く。


「あなたは、何も知らないのね。まだ」

「え?」


 りゅうのみこさんは、馬鹿にするような、呆れたような、蔑むような目を私に向けた。


 そして、その目は少しずつ冷めていって、とても冷たい目に変わる。

 その冷たい目は、周りの空気まで冷やすようで、私は少し肌寒さを感じた。


 腕を擦って寒さを紛らわすけど、りゅうのみこさんは、なおも私を睨み付けて、一度舌打ちをする。


「能天気ね」


 りゅうのみこさんは、心の底から私を憐れんでいるようだった。


「どういうこと?」

「あなたは、この先、人間に殺されるわ」

「ころ、え?」


 人間に殺される。

 いきなりのことに、私はびっくりして固まってしまった。


 だけど、りゅうのみこさんは、それに構わず話を続ける。


「人間は、クズでゴミよ。あなたは必ず人間に殺される」


 りゅうのみこさんの表情は、私を脅かすつもりだとか、冗談を言ってるだとか、そんな雰囲気ではなかった。


「どうして、そんなことを言うの? みんなやさしい人だよ?」

「優しい? 人間が? あっははははははは!」


 私の言葉に、りゅうのみこさんは大きく笑った。腹を抱えて、狂ったように。


「優しいなんて、まやかしよ。あなたは何も知らない。人間の本性を、あなたは何も知らない」

「そんなこと……」


 ないよって、言おうとしたのに、言えなくなってしまった。


 りゅうのみこさんの口元はこれでもかと笑っている。

 だけど、気付いてしまったから。


 その口とは裏腹に、目は笑っていないということに。ううん。笑ってないどころじゃない。


 その目に宿るのは、燃えたぎる憎悪。

 見るものすべてを憎んでいるかなような、激しい激情。

 すべてを信じていない、冷めきった目。


 そして、微かに混ざる同情の眼差し。


「あなたは何もしらない。これから先、どんな結末が待っているのかを」


 りゅうのみこさんの言葉は、そんなことないって、簡単に否定できないような、不思議な説得力があった。


 本当は、リリルハさんやミスラさん。それにほかのみんなも、優しい人たちばかりだったって言いたい。


 デリーさんやシュンバルツさんみたいに、恐い人もいたけど、だけど、そんな人ばっかりじゃなかったって言いたい。


 だけど、そんな言葉が言えないくらい、りゅうのみこさんの雰囲気は圧倒されるものだった。


「見せてあげる。これから、あなたも辿るであろう未来の道を」


 それから、りゅうのみこさんの手から目も開けていられないくらい、眩しい光が溢れた。

 その光は私を包み込んで、視界を真っ白に覆い尽くす。


「あうっ!」


 そして、一際目映い光が目の前を覆い尽くしたかと思ったら、急激に光が消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る