第50話

「では、簡単にですが、ホラリホについてご説明させていただきます」


 約束の時間が近づいてきて、クリストフさんと合流した私たちは、ホラリホがどういうものなのかを教えてもらっていた。


「まず、ホラリホには舞手がいます。その舞手は、あちらに設置されているドラゴン様の像の周りで舞うことになります」


 クリストフさんが言う先には、ドラゴンさんの形をした石像があった。

 その石像は、ドラゴンさんよりも少し大きくて、凛々しくて、ちょっと年を取ってるように見える。


「基本的に、アリス様やドラゴン様に、何かしていただくことはありません。こちらで特設の席をご用意いたしましたので、そちらでご覧になってください」


 クリストフさんが指差したのは、私用の席と、ドラゴンさん用の大きな台座。


 そこは、モナノフさんやこのお祭りの責任者さんが座るような特等席だった。その少し後ろには、ミスラさんたち用の席もちゃんと用意されている。


「今回は、我々が受け継いできたものをドラゴン様に見ていただきたいので、1番前の席をご用意させていただきました」


 そういうことなんだ。

 確かにあそこなら、ドラゴンさんの像が近くて見やすいし、前には誰もいないから、小さな私でも見える。ドラゴンさんは、大きいから何処で見ても大丈夫かもしれないけど。


 一通り説明を終えると、クリストフさんが時計を見た。


「さて、ホラリホまでは、もう少しだけ時間がありますが、そろそろ席にご案内いたしますね」


 クリストフさんが席に向かって歩き出す。

 私もそれについて行こうとしたら、ドラゴンさんが私の服の袖を甘噛みして、そんな私を引き留めた。


「ドラゴンさん?」


 ドラゴンさんは何も言わないけど、なんとなく、少し待ってくれ、と言ってるような気がした。

 そして、ドラゴンさんの目は、ドラゴンさんの像の方に向いていて、見たい、と言ってるようにな気もする。


「アリスちゃん?」


 立ち止まったままの私に、ミスラさんも気付いた。

 その声に他の人も気付く。


「どうかされましたか?」


 クリストフさんが戻ってきてくてたので、私は1つお願いしてみることにした。


「あの、えっと、ドラゴンさんの像、ちょっと見てみてもいい?」

「ドラゴン様の像をですか? 構いませんよ。まだ少し時間はありますので」


 クリストフさんは、一瞬だけ時計を見たけど、笑顔で許してくれた。


「ありがとう。行こう、ドラゴンさん」


 ドラゴンさんは、私が言うのとほぼ同時に動き出していて、いつもとは違って、私よりもドラゴンさんの像の方が気になっているようだった。


 私はそれを走って追いかける。


 そんなに離れていなかったので、ドラゴンさんの像の所にはすぐに着いちゃったけど。


「ブウウン」


 ドラゴンさんは、ドラゴンさんの像を見つめ、微かに息を吐いた。


 いつもみたいに何も言わない。

 けど、その表情はどこか懐かしんでいるようで、それでいて、悲しんでいるようにも見えた。


 静かにずっと、ずっと像を見つめるドラゴンさんは、まるでドラゴン像を目に焼き付けているみたいだった。


 その雰囲気に私はドラゴンさんに話しかけることができなかった。

 それを見ていたみんなも同じみたいで、誰1人として、ドラゴンさんの行動を尋ねることはしなかった。


 そして、それからしばらくして、不意にドラゴンさんが私の方に振り向く。


「ブウウン」


 もういいぞ。そう言ってるような気がした。

 ドラゴンさんの顔が少しだけ名残惜しそうに見えたけど。


「もういいの?」

「ブウウン」


 ドラゴンさんが頷く。


 結局、ドラゴンさんが、この像を見て何を思っていたのかは謎だけど、満足したと、そう言ってるような気がしたので、私はクリストフさんに言って、席に向かうことにした。


 ◇◇◇◇◇◇


「それでは、これより、ドラゴン様に、ホラリホを捧げようと思う。今年は、本物のドラゴン様も見てくださっておる。みな、張り切って舞ってほしい」


 モナノフさんの宣言のあと、ホリンと呼ばれる舞手の人たちが、ドラゴンさんの像の周りで舞を始めた。


 ホリンの人たちは、私たちが着ているお祭りの伝統的な服に似たデザインの服を着ていた。


 微妙に違うのは、私たちが着ている服は、私たちよりもデザインが質素で、色にも深みがあり、厳かな雰囲気を放っているところ。


 シャランシャランと、鈴を鳴らして、ホリンの人たちが舞い、踊る。


「きれい」


 思わず漏れたのは、ミスラさんの声。

 アジムさんやウンジンさんも、あの舞に見とれているようで、静かに、真剣に見ていた。

 私もそれを真剣に見る。



「あ、れ?」


 だけど、何故か、私はそれに集中することができなかった。

 よくわからないけど、なんとも言えない気持ち悪さが胸の中に込み上げてくる。


 ジジジッて、砂嵐が吹いたみたいに、視界が歪んだ。


 そして、舞が進めば進む程、気持ち悪さは強くなっていく。


「うっ」


 遂に吐き気までが込み上げてくる。

 胸が痛い。


「アリスちゃん?」


 ミスラさんが、そんな私に気付いて声をかけてくれる。

 だけど、私はその声にも反応できないくらい、胸が気持ち悪かった。


「うっ。おえっ」

「お、おいおい。大丈夫か?」


 嗚咽を漏らす私に、アジムさんも気付いた。

 そして、ミスラさんが私の背中を撫でてくれる。


 だけど、気持ち悪さは治まらない。


 どんどんどんどんどんどん、気持ち悪さは強くなっていく。



「た、す、けて」


 声が聞こえてきた。

 だけど、私の声じゃない。

 私の知ってる誰の声でもない。


「痛い。苦しい。憎い」


 さっきよりも、はっきりと聞こえる。


「憎い憎い憎い憎い」

「ア、アリスちゃん?」


 いつの間にか、その声は私の口から漏れてきていた。

 何が憎いのかなんてわからないけど、ただ口が勝手に動いていた。


「ゴミどもが。クズどもが。私を否定するな」


 何を言ってるんだろう。

 誰に言ってるんだろう。


 頭が動かない。

 なのに、口は止まらない。


「私は、私は……」


 目の前に見たことのない景色が広がる。

 見たことのない人たちが浮かぶ。


 みんな同じような表情で、私を睨んでいる。

 恐怖、憎悪、侮蔑。


 そんな感情が、私の中に流れ込んでくる。


 景色は浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。

 これは、私の記憶の欠片を手にした時と同じ感覚だ。


 グルグル景色が回る。

 でも、その中に浮かぶ人たちの顔はどれも、私を睨んでいた。


 その舞を踊る人たちは、私を囲んで、ドラゴンさんを囲んで、蔑むような目で私を見る。


「やめて」


 そんな目で見ないで。


「私は……」


 何もしてないのに。


「私を」


 否定しないで。


「私を……」


 否定するな。


「私は、私は」


 私は。


「お前らをゆるさない!」

「グオオオオォォォォン!」


 ドラゴンさんの雄叫びが辺りの空気を揺らした。ビリビリと電気が流れたみたいに、空間を揺らした。


 そして、その音の波動が、ドラゴンさんの像にぶつかり、その像は木っ端微塵に吹き飛んだ。


「きゃあぁ!」

「うわぁ!」


 悲鳴が聞こえる。

 たくさんの人が驚き、戦き、恐怖に染まった悲鳴が聞こえる。


 だけど、そんなことなんてどうでもよかった。


 私は、ただ1つ、手に入れたいものを見つけたのだから。


「アリスちゃん!」


 ミスラさんの声が聞こえる。

 だけど、そんなの、どうでもよかった。


 破壊した像の中には、輝く石が転がっている。

 私の記憶の欠片だ。


 私はそれを魔法で引き寄せて、手に掴む。


 そして、頭の中に浮かぶ景色が、私に記憶を思い出させる。

 欲しかった記憶を、手に入れなければならない記憶を、思い出すのだった。

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