第49話

「うわぁ、すごぉい」


 今日は待ちに待ったお祭りの日。

 と言っても、1日しか待ってないけど。


 でも、すごく楽しみにしてたから、本当に待ちに待ったお祭りって感じがする。


 そして、目の前に広がるお祭りの光景は、私の想像以上に賑わっているものだった。


 この町に来た時に見たドラゴンさんが描かれた旗や看板は、このお祭りのためのものだったみたいで、私たちの服にも同じ絵が描かれている。


 これは毎年、この町の職人さんたちが1つ1つ描いてるんだって。

 流石に職人さんだけあって、パッと見ただけでは違いなんてわからないけど、微かな違いは職人さんたちの個性で、それはそれで味がある気がする。


 出店もたくさん出ていて、ドラゴンさんの尻尾を模したキーホルダーやドラゴンさんの吐く炎をイメージしたパフェなんかもあって、そういうのを見るだけでもすごく楽しかった。


「よう、嬢ちゃん。これなんてうまいぞ? 食べてみないか?」

「あ。ありがとう。すごくおいしそうだね」

「こっちはどうだい? このポーチ、似合うと思うんだけどねぇ」

「あ、可愛い」


 そんな散策をしている私たちに、町の人たちはよく声をかけてくれた。

 色んな食べ物や物を見せてくれて、サービスまでしてくれた。


 それに。


「おお、ドラゴン様。なんと神々しい姿なんじゃろう」

「お嬢さん、ドラゴン様に触れてもよいかのぉ」

「え? あ、うん、大丈夫だよ」


 ドラゴンさんも大人気みたいで、特におじいちゃんやおばあちゃんがドラゴンさんを拝んだり、撫でたりしていた。


 そして、そんなおじいちゃんやおばあちゃんは、ドラゴンさんと目が合うと、泣きそうなくらいに喜んでくれていた。


「すごい人ね」


 私はミスラさんと手を繋ぎながらお祭りを楽しんでいる。

 迷子にならないようにって。


「うん。そうだね。昨日までとは違うみたい」

「そうね。なんでも、近くの村や町の人たちも来るみたい。思ってたより、大きなお祭りみたいね」

「へぇ」


 この町の人たち以外も来るんだ。


 そういえば、この町の人たちは、伝統的な服をあまりに着なくなったって聞いていたけど、周りを見ると、その服を着てる人たちは結構いる。


 あの人たちが、この町の人以外の人たちなのかも。私たちみたいに、記念に着てみようと思ったのかもしれないね。


「あんたたちもはぐれないでよ。いざと言う時に見失ったなんて、笑えないんだから」

「わ、わかってる」


 アジムさんは、たくさんの人の波に歩くのも一苦労って感じ。

 避けながら、人にぶつかりそうになったりしてる。


「くっ。俺は孤高の男だ。こういう人が多い所は苦手なんだよ」


 と独り言を言ったりしてた。

 そっか。慣れてないんだね。それなら仕方がない。


 それに対してウンジンさんは、まっすぐと歩いている。どちらかと言うと、周りの人がウンジンさんを避けて歩いてるみたいな。


 うーん。ウンジンさんはムスッとした顔をしてるから、ウンジンさんのことを知らない人は恐いと思って離れちゃうのかも。

 あとで教えてあげようかな。


「お嬢ちゃん。ここに甘いお菓子があるよ。試しに食べていかないかい?」

「あ、食べてみたい」


 それからも私は、みんなと一緒に色んなお店を見せてもらった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ずっと色んな店を回って歩いて、気付けば夕日がかなり傾く時間になっていた。


 それでも人の波が治まることはなくて、まだまだ賑わっている。

 人の声には活気が溢れていて、もう薄暗くなってるはずなのに、寂しい雰囲気は全くなかった。


 でも、流石に歩き続けていたせいで、足が痛くなっていた。


「大丈夫? アリスちゃん」

「うん。少し疲れちゃった」


 ドラゴンさんの背中には、お祭りで買った、たくさんのものが置かれている。

 こうして見ると、すごい買い物をしてたんだなぁと思った。


 これに加えて、食べ歩きもしてたから、町にある出店はほとんど見てしまったんじゃないかってくらい。


「夜には、ドラゴンさんに捧げる、ホラリホの舞もあるし、少し休みましょう」

「ありがとう」


 休憩ということで、アスニカ広場まで来ていた。ベンチに座って一息ついていると、アジムさんがジュースを持ってきてくれた。


「ほれ」

「あ。ありがとう」


 アジムさんの買ってきてくれたジュースは、甘いオレンジジュースで、冷たくて、すごく美味しかった。


「それにしても、本当に1日中歩いてたな。人混みのせいで、余計疲れたぞ」


 アジムさんは私の隣に座りながら、ああー、と濁った声を漏らした。すごく疲れてるみたい。


「情けない。それでも、旅してたんでしょ? このくらい、訳ないでしょ」

「人を避けながら歩くのは神経を使うんだよ」


 アジムさんは、ミスラさんの方を見ないようにしながら、ふて腐れたように言う。

 それをミスラさんがさらに指摘するけど、アジムさんは、ツーンとして聞こえないフリをしていた。


 そんな感じで、少しだけ言い争いになっちゃったけど、別に喧嘩してる訳じゃないみたいだから、このままでも大丈夫かな。


 私はベンチから立ち上がって、1人でいるウンジンさんの方に行く。


「ウンジンさん」

「なんだ?」


 ウンジンさんはずっと、ムスッとした顔をしてる。今だって。


 そのせいなのかはわからないけど、ウンジンさんの周りには誰もいない。

 広場にはたくさんの人がいるのに。


「ウンジンさん、ずっと、ムッて顔してるよ? 楽しくなかったの?」

「別に俺は楽しもうとしてお前たちについてきている訳じゃない」


 ウンジンさんは、興味なさげに言う。


「でも、おまつりはたのしいよ? ウンジンさんも何かしてみたら、たのしいかもよ?」


 せっかくのお祭りなんだから、楽しまないと勿体ない。

 ウンジンさんは、仕事でここにいるのかもしれないけど、やっぱり楽しむ時は楽しまないと。


 私はドラゴンさんの背中に乗せていたドラゴンさん口から火が出るみたいに紙が伸びるおもちゃをウンジンさんに見せた。


「これ、息を吹くと火が出るんだよ?」


 ふぅって、息を吹き掛ける。

 すると、火を模した紙が、ウンジンさんの目の前まで伸びる。


「くだらんな」

「そう?」


 つまらなかったかな。

 じゃあ、次はこれ。


「これはね、この紐が伸びたり縮んだりするの。それでこの先についてるボールを弾いて遊ぶんだよ?」

「何がしたいんだ?」


 ボヨンボヨンと遊んでると、ウンジンさんは本気で訳がわからない。という顔をした。

 顔にそんなことが書いてあるみたいに。


「えっと、じゃあ……」

「もういい。別に暇をしてる訳ではない」


 ウンジンさんが、頭を押さえた。

 どうしたんだろう。疲れたのかな、


「貴様はまったく。俺は仕事を遂行してるだけだ。祭りを楽しみたいのであれば勝手にしろ。だが、俺には俺のやり方がある。それに指図するな」

「あうっ。ごめんなさい」


 楽しませようとしただけなんだけど、ウンジンさんとっては、邪魔だったのかな。

 迷惑だったのかな。

 一生懸命仕事してるのに、邪魔をしちゃってたのかな。


「ああ、くそ。勘違いするな。別に責めてる訳じゃない。泣きそうな顔をするな」

「うえ?」


 泣きそうになってたのかな、私。

 ウンジンさんは心なしかいつもの仏頂面の中に困惑の色が混ざっていた。


「別に俺に構う必要はない。俺は、そう、だ。俺は俺で、仕事がしたいからここにいるんだからな」


 ウンジンさんが焦ってるように見える。

 言葉を選びながら、必死で答えてくれようとしていた。


 そっか。

 私たちがお祭りで楽しんでるように、ウンジンさんはしっかりと仕事をしたいと思ってくれていたんだ。


 さっきの表情も、真剣な表情だったんだね。


「だから、気にするな。構う必要はない」


 ウンジンさんが繰り返す。困ったように、微かに眉を歪めて。

 少しだけ、可愛いかも。


「うん。わかった。ありがとう」


 私はお礼だけ言って、ミスラさんたちの所に戻っていった。


「まったく。やりづらいやつだ」


 遠くでそんな声が聞こえて来た気がした。

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