第48話
お祭りには、特別な服があるんだって。
モナノフさんの執事のクリストフさんから教えてもらった。
何でも古くから伝わる服みたいで、昔はみんなもその服を着ていたみたいだけど、今となっては、参加者は自由な服を着て良いみたい。
でも、せっかくお祭りに参加するなら、その服を着てみたらどうか、というモナノフさんの話を受けて、私たちはその服を着てみることにした。
「これも、これも、これも可愛いわ」
ということで次の日。
私たちは町にあった服屋さんに来ていた。
来てみたんだけど、その店の店主さんに、私はまるで着せかえ人形のように色んな服を着せられていた。
「店員さん。もうちょっとフリフリがついたやつとかありますか?」
「はい、それでしたら、こちらとかはいかがですか?」
ミスラさんは、キラキラした瞳で店員さんと楽しそうに私の服を選んでいる。
ちなみに、これは、お祭り用の服とは別。お祭り用の服は既に買ってある。
とっくの前に買ってある。
茶色を基調としていて、女の人も男の人も足首まであるスカートのようなデザインになっている。
お腹の辺りからエプロンのようなものが垂れていて、そこにはドラゴンさんの絵が描かれていた。
靴はブーツで、頭にはバンダナを付ける。
最後に、長袖の服に肩掛けのようなものを布を羽織って完成。
伝統的とは言っても、すごく可愛らしいデザインだった。
私はこの服でも満足だったんだけど、せっかく来たんだから、普段の服も買ってあげると言われて、色んな服を着てみたのが始まりだった。
色んな服を着る私を見て、ミスラさんの何かのスイッチが入ったみたいで、今の状況になっている。
「姉上の買い物は長い」
アジムさんは諦めたように呟いていた。
「そのようだな」
ウンジンさんもお店の入り口で壁にもたれ掛かり、実感するように溜息を漏らしていた。
「これだから、男どもは。アリスちゃんのこの可愛さに気付けないなんてね」
「わかります。可愛い子の服選びは至高の時間ですよね?」
「店員さん。あなた、わかってるわ」
ガシッと店員さんと握手をするミスラさん。
2人の間に不思議な絆ができたみたい。
でも、アジムさんたちには申し訳ないけど、私は色んな服が見れてすごく楽しかった。
ミスラさんや店員さんの持ってきてくれる服は、どれもが可愛くて、目移りしてしまう。
そんなこんなで、それから結局、さらに30分くらい服選びをして、3着の服を買ってもらっちゃった。
◇◇◇◇◇◇
「はあぁぁぁぁ。良い買い物したわ」
今後のことを話し合うため、私たちは、町の中央にある、アスニカ広場という場所に来ていた。
だけどそこでミスラさんは、話よりも先にまず、ものすごく満足そうな吐息を漏らした。
「えっと、ありがとう、ミスラさん」
今までずっと、リリルハさんの町でもらった服を着ていた。
それらもすごく可愛くて、すごく嬉しかったけど、こうして新しい服をもらうのもまた、すごく嬉しい。
抱える袋の中には、ミスラさんが選んでくれた服が入ってる。
それを見るだけでも嬉しくて、思わずギュッて抱き締めた。
「そんなに嬉しそうにしてくれるなら、買った甲斐があったわ」
「うん。すごくうれしい」
早速明日にでも着てみようかな。
どれを着たら良いのかな。
それを考えるだけでもすごく楽しい。
「ふふ」
そんな私を見て、ミスラさんは少しだけ微笑んで、そしてそれから、表情が真剣なものに変わった。
「さて、それじゃあ、これからの方針を決めましょうか」
その言葉を皮切りにみんなの雰囲気も真剣なものに変化した。
「とりあえず、祭りに参加するんだよな?」
「ええ。それで、町長さんから言われてたことなんだけど」
実はあのあと、私たちは、というより、私とドラゴンさんは、モナノフさんからとあるお願いをされた。
それは、お祭りの最後にある、伝統的な舞に参加してほしい。
というものだった。
それは、ホラリホと呼ばれる舞で、古くからドラゴンさんに捧げる舞として、受け継がれてきたものみたい。
そして、偶然とは言え、今年はドラゴンさんがいる。
だから、ドラゴンさんにその舞を見てほしいんだって。
特にその舞の中で私が何かをやる訳でもないみたいだったから、引き受けても良いかなと思ってたんだけど、ミスラさんにはそれを止められていた。
その時は理由を教えてくれなかったけど。
でも、ミスラさんには、何か気になることがあるみたい。ミスラさんは、不穏そうな顔で私とドラゴンさんの方を見る。
「心配しすぎかもしれないけど、今はあまり目立つことはしない方がいいと思うのよね」
「あ、う、そう、だね」
ミスラさんが心配していたのは、どうやら竜狩りの人に見つからないかということらしい。
確かにその通りかも。
ここに来るまで何事もなかったから気にしていなかったけど、竜狩りの人は、今も私を探してるかもしれない。
なのに。
「そもそもドラゴンさんがいるだけでも目立つのに、この町には竜狩りが一度来てるという事実もある。あまり目立つことはしない方がいいと思うのよ」
「ふん。まあ、妥当だろうな」
ミスラさんとウンジンさんの意見は一致してるみたい。
でも、ミスラさんの言うことは正しいよね。
私やドラゴンさんが竜狩りの人に狙われているという問題は解決してないのに、目立つ行動をして見つかっちゃったら、ミスラさんたちにも迷惑をかけちゃうよね。
うん。ミスラさんの言う通り、今回は断った方がいいのかもしれない。
でも、私が思い出したのは、この町に来て、町の人たちが、ドラゴンさんを見れて、すごく喜んでたこと。
ドラゴンさんのことが大好きな町の人たちが舞をする時、目の前にドラゴンさんがいたら、もっと喜んでくれると思う。
それはすごく嬉しいこと。
なんだけど。
でも、それでミスラさんたちに、迷惑をかけちゃうのは嫌だ。
なら、残念だけど、ここは断らないといけない。んだよね。
「なんとかなるんじゃないか?」
「え?」
そう思っていた私に、アジムさんのあっけらかんとした声が聞こえてきた。
「なんとかって、あんたねぇ」
「目立たないようにって言っても今さらだろ。ドラゴンがいるだけで目立つし、ここで少し気にした所で、あまり意味はない」
「それはそうかもしれないけど」
アジムさんの淀みのない言葉に、ミスラさんが少しだけ言葉を詰まらせる。
「それに、そのための用心棒もいる。契約は守るんだろ?」
「ああ、当然だ」
ウンジンさんは、アジムさんの言葉にも、ミスラさんの言葉にも、特に興味がないみたい。
本当に、ただ単純に与えられた自分の仕事をこなしている、そんな感じだった。
「それに俺もいる。何の問題もないだろ」
自信ありげなアジムさんに、ミスラさんは何も言えないみたいだった。
ミスラさんは、何かを確認するようにアジムさんの目を見て、そして、諦めたように肩を落とした。
「命に代えてもアリスちゃんを守るって誓える?」
「ああ、もちろんだ」
一瞬の迷いもなくアジムさんが言う。
すごくかっこよかった。
「わかったわ。それなら、もう何も言わない。町長さんに引き受けるって話をしてきましょう」
まだ不安そうな表情のままだったけど、ミスラさんはどことなくアジムさんを優しく見守っているようだった。
「少しは、男らしくなったのかしらね」
ミスラさんが何か言ったような気もしたけど、私には聞こえなかった。
歩き出すミスラさんの後ろで、私はアジムさんに声をかける。
「アジムさん。ありがとう」
「は? な、何の話だ?」
アジムさんは知らんぷりをして目をそらす。
だけど、その目はキョロキョロと落ち着きがなく、さっきまでとは違って言葉にも詰まっていた。
しかも、顔は微かに赤くなっていて、わかってて知らんぷりしてるのは確実だよ。
「私がやりたいと思ってたから、ああ言ってくれたんでしょ?」
本当は引き受けたいと思っていた私のことに気付いて、アジムさんがミスラさんを説得してくれたんだよね。
「な、何のことなのか、わからないな」
あくまでもシラを切るアジムさん。
恥ずかしいのかな。
「ありがとう」
なら、それ以上聞かない方がいいよね。
私はもう一度だけお礼を言って、ミスラさんを追いかけた。
チラッと振り返ると、アジムさんは顔を真っ赤にしてこっちを見ないように明後日の方を見て顔を仰いでいた。
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