第47話

 馬車に揺られて1日目。


 ドラゴンさんは、私たちの馬車のすぐ横を低空で飛んで移動している。


 馬車に乗っているのは、私とミスラさん、アジムさんと、ウンジンさん。そして、馬車の運転手さんだった。


「ねぇ、ウンジンさん。ライコウさんはどうしたの?」

「ん? ああ、奴は別行動だ。別の依頼を受けていてな」

「そうなんだ」


 ライコウさんにも、久しぶりに会いたかったんだけど、残念。



 そんな他愛もない会話をしながら、私たちは、ゆっくりまったりと移動していた。


 竜狩りの人が、また襲ってくるかもしれないという懸念はあるけど、この広い世界、一度見失えば、そうそう見つかることはないだろう、とウンジンさんが言ってくれた。


 事実、今のところ、私たちは、何も事件に巻き込まれることもなく、順調に移動できていた。



「それにしても、ウンジンさんは、なんでもやるのね」


 そんな、ただ移動するのに飽きてきた頃、唐突にミスラさんがウンジンさんに尋ねた。


「この前は、自分で誘拐したアリスちゃんを助けに行って、何がしたいんだろうと思ってたけど」

「俺は金さえもらえればなんでもする。まあ、契約次第だがな」


 ウンジンさんは、ミスラさんの方を見るでもなく、誰かを見るでもなく、精神統一をするように目を瞑ったまま答えた。


 ミスラさんは、そんなウンジンさんに、ふむ、と、何やら思案するように見つめる。


 そして、また、おもむろに口を開いた。


「じゃあ、アリスちゃんを誘拐した時はいくらもらってたの?」

「それは言えない契約だ」


 ウンジンさんが即答する。


「じゃあ、今回は?」

「金貨、200枚だ」

「馬、買えるじゃない」


 すごい、そんなに、ものすごいお金をもらってるんだ。

 そういえば、お仕事だって言ってたもんね。


「まあ、別にちゃんと働いてくれるなら何も言わないけど、裏切る可能性は?」

「基本、契約中は、他の仕事の依頼が来ても断っている。裏切ることはない」


 ミスラさんは、声を低くして聞く。


「終わった瞬間に襲ってくる可能性は?」

「今回に限ってはそれもない。契約でそれも止められてるからな。お前たちの無事をエリザベートに伝えるまでが仕事だ」


 なんとなく口を挟めない空気に、私はビクビクしていた。


 それからしばらく、沈黙が続いて、なんとも言えない空気が漂う。



 そんな時。


「ふん。お前が裏切ったとしても、俺が返り討ちにしてやるがな」


 アジムさんが自信ありげに言う。


 それを聞いて、ウンジンさんは何も言わず、ミスラさんは呆れているみたいだった。


 でもそれを聞いて、私はなんとなく面白くて笑ってしまった。


「ふふ」

「なっ。おい、アリス。なんで、笑うんだ」


 アジムさんは怒っていたけど、私は笑いが止められなかった。


 だって、あんなに緊張していた空気が、アジムさんが口を開いただけで崩れちゃった。


 それがすごく面白くて。


「ふふふ」

「こ、この、そんなに笑うなよ」


 そう言われても、私は笑いが止められず、しばらく笑ったままだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 そんなこんなで、アジムさんのおかげで、和んだ空気のまま、私たちはアスニカまでたどり着いた。


 アスニカの町に入ると、エリザベートさんが話を通してくれているみたいで、門番の人たちは、すんなりと町長さんの所まで案内してくれた。


 町長さんの所に行くまでの間、町を歩いていたんだけど、町の人たちはドラゴンさんを見て、すごく驚きながらも、嬉しそうに手を振ったりしてくれた。


 この町の人たちは、話に聞いていたみたいに、ドラゴンさんのことが大好きみたい。


 ふと、建物の方を見ると、たくさんのドラゴンさんの絵が描かれた旗があったり、看板が立っていたりする。


 だけど、流石に、町長さんの家は、エリーさんの家みたいに、ドラゴンさんが入れるくらい大きくはなかったから、ドラゴンさんだけは、外で待っててもらうことになった。


 家に入ると、町長さんと思われる人と執事さんみたいな人がいた。


 そのうちの町長さんのような人は、杖をつきながら、私たちの元へ来る。


「ようこそお越しくださいました。わしはこの町で町長をしている、モナノフという者です」


 モナノフさんは、白いお髭を生やした優しそうなおじいちゃんだった。


「えっと、初めまして」

「ああ、初めまして。君がアリスちゃんかな?」

「あ、はい」


 モナノフさんは、私を見て、優しそうに笑う。


「話は聞いておるよ。ドラゴン様と心を通わせておるんじゃな?」

「えと、うん。ドラゴンさんは、私の家族なの」


 私が言うと、モナノフさんはさらに嬉しそうに顔を綻ばせた。


「それはそれは。素晴らしいことじゃ。さ、中へ案内しよう。クリストフ」

「かしこまりました」


 モナノフさんの隣にいた執事さんはクリストフさんと言うみたいで、クリストフさんは、私たちを客間まで案内してくれた。


 部屋に入ると、大きな長椅子が2つあって、私たちは案内されるまま、その椅子に座る。


 それから、クリストフさんは手際よく紅茶を淹れてくれた。


 そして、私たち全員に配り終えた頃、モナノフさんが口を開いた。


「さて、エリザベート様から、少しお話は聞いておるよ、竜狩りについてじゃったな」


 それに対して、ミスラさんが代表して説明をしてくれる。


 本当は私が説明しなきゃいけないんだけど、私は説明が下手だから、ミスラさんが説明するということになった。


 満場一致で。


「はい。実は、私の愚弟が、以前にこの町を訪れた際に、竜狩りと遭遇しているようなのです。そこで、もし、その竜狩りについて、何かご存じであればと思い、お伺いさせていただきました」


 モナノフさんは、自分の白い髭を擦って、ふむ、と呟いた。

 どことなく、さっきまでの雰囲気と変わっているように見える。


 何て言うのか、思い出したくないことを、思い出すような、そんな感じかな。


「竜狩りは、確かにこの町に一度来ておる。わしも、その竜狩りと話しておるしのぉ」

「え? どんなおはなしをしたの?」

「ふむ。竜の巫女を知っているか、と聞かれたのじゃ」

「りゅうのみこ?」


 竜は、ドラゴンさんのことだよね。

 でも、みこって何だろう。


「竜の巫女については、わしらも何も知らんのじゃ」


 モナノフさんが言うには、竜狩りの人は、この町に訪れて、いきなりモナノフさんの家に訪ねてきたらしい。


 もちろん、誰かもわからない人を、家に入れなかったらしいんだけど、その人は、自分が竜狩りで、竜の巫女を探していると言っていたみたい。


 門の前でモナノフさんが、そんなものは知らないと答えると、竜狩りの人は何処かに行ってしまった。ということらしい。


「それ以外、その男は見ておらん。門番の話じゃと、そのあとすぐに町を離れていったようじゃがな」

「そう、なんですね」


 結局、竜狩りについては、それ以上詳しいことはわからないみたいだった。


 うーん。そっか。

 竜狩りのこと、何かわかるかもしれないと思ったけど、そう簡単ではなかったみたい。


「力になれず、すまんのぉ」

「ううん。そんなことないよ、ありがとう」


 少なくとも、竜狩りの人が、りゅうのみこ、という人を探してるらしいということはわかったんだし。


 目的すらもわかってなかった、さっきまでに比べたら、すごく前進してると思うから。


 でも、このあとはどうしたら良いんだろう。

 エリーさんからは、竜狩りのことを調べてきなさいって言われたけど、これだけで良いのかな。


「どうしよう、ミスラさん」

「うーん」


 このあとのことは、ミスラさんも見当がつかないみたいで、天井を見上げて唸ってしまった。


「もう少し、何か情報がほしいところだけど」


 やっぱり、そうだよね。

 せっかくここまで来たんだから、何か他にも情報がほしいよね。


 でも、モナノフさんも、他の人もこれ以上は知らないみたいだし。うーん。


「ならば、今度ある祭りにでも参加してはどうじゃ?」

「おまつり?」

「そうじゃ。ちょうど明後日にあるお祭りじゃ」


 そのお祭りとは、この町に古くから伝わるお祭りで、ドラゴンさんを讃えるためのお祭りらしい。


「祭りでは、古くから伝わる伝承や歴史を舞で表現しておる。その他にも、古くから伝わる飾りや習わしがあるのじゃ。もしかしたら、それが何かのヒントにもなるかもしれんしのぉ」

「なるほど。それは、一理ありますね」


 お祭りか。すごく楽しそう。

 お祭りって見たことないけど、すごく楽しそうなものだってことはわかる。


 いいな、いいな。

 お祭り、行ってみたいな。


「あの、ミスラさん」


 私はミスラさんを見上げる。

 そして、行ってみたいの、と言おうとしたけど、それよりも先に、ミスラさんが片手を挙げた。


「あー。はいはい。わかってるわよ、アリスちゃん。そんな目で見られたら、何を言いたいのかすぐにわかるわよ」

「え?」


 そんな目って、どんな目だろう。


「行きたいってのが嫌でも伝わってくるぞ」

「ふむ。目を輝かせていたな」


 アジムさんやウンジンさんにも言われた。

 そんな目をしてたんだ、私。


「まあ、良いんじゃないか? 町長の言うように、昔からある祭りなら、何かヒントがある可能性はあるし」

「まあそうね。仕方ない、か」


 ミスラさんは、少しだけ納得してないような表情だったけど、最終的には頷いてくれた。


「それでは、町長のお言葉に甘えて、お祭りに参加させてもらおうかしら」


 やった。お祭りに行ける。

 私は初めてのお祭りに心が躍った。



「ああ、楽しんでおくれ。それで、1つ、お願いがあるんじゃが」

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