第36話
改めて、街を出ることにした私は、きちんとリリルハさんやテンちゃん、みんなに挨拶をすることにした。
ちゃんと、勝手に出ていこうとしてごめんなさいって謝ってから。
それでも、みんな、気にしてないよって優しく言ってくれた。
「さて、アリス。私はしばらくこの街の復興に立ち会いますわ。ヴィンバッハ家の失態は、ヴィンバッハ家が灌がなければいけませんから」
「うん、わかった。頑張ってね」
「ええ、もちろんですわ。それで、アリス?」
リリルハさんは、少しそわそわした様子で、わたしをチラチラと見る。
どうしたのかな。
リリルハさんは、少し間を置いて、意を決したように口を開く。
「えっと、これが終わったら、久しぶりにゆっくりとお話ししたいですわ。私が追いかけますから、待っていてくださる?」
「本当? すごくうれしい」
私が言うと、リリルハさんは涎を垂らしながら、ぐふふ。と笑った。
お腹空いたのかな。
「アリス」
テンちゃんが私を呼ぶ。
「これ、あんたにあげるわ」
「これは?」
テンちゃんがくれたのは、シュンバルツさんの屋敷に侵入する時にくれた、あの時のビスケット。
今度は小さな袋に入っていっぱいある。
「これ、みんなで作ったのよ。あんた、美味しそうにしてたでしょ」
「うん。え? あんな美味しいの、みんなが作ったの?」
あれ、すっごく美味しかった。
ずっと、お店屋さんのだと思ってた。
「こんなの買うお金なんてあるはずないじゃない。まあ、でも、そんなに喜んでくれてたなら嬉しいわ」
テンちゃんは照れくさそうに笑った。
それを見て、リリルハさんが閃いたとばかりに手をパンッと打ち鳴らした。
「テンさん。あなた、いえ、あなたたち、お菓子屋さんでも始めたらどうですの?」
「お菓子屋さん?」
テンちゃんが首を傾げる。
私も突然のことに、首を傾げた。
「くはっ! ダブル美幼女の首を傾げる姿。し、死にそう、ですわ」
リリルハさんは、ガクッと膝を落とした。
だ、大丈夫かな。
「く、なんとか耐えましたわ。そ、それで、お菓子屋さんのことですけれど。このビスケット。見ただけでも素晴らしいものだとわかります」
私がもらったビスケットを1つ手に取って、リリルハさんが言う。
「1つだけ、食べてみても?」
「いいよ。すごく美味しいから」
リリルハさんは一口食べてみて、そして、目を見開いた。
「美味しい! これは、本当に美味しいですわ!」
リリルハさんはすごく喜んでいた。
そして、テンちゃんの手を取る。
「これなら、お店屋さんを出してもやっていけますわ。今まで数多くのビスケットを食べてきた私が断言します」
テンちゃんはすごく驚いていたけど、でも、すぐに落ち込んだ様子で肩を落とした。
「でも、あたしたちだけで、店なんて」
「私が全面的に協力しますわ」
リリルハさんは力強く言う。
「私は、テンさんや、あなたたちと同じような境遇な人たちにも、この街でしっかりと生きていけるように支援していきたいと思っていますわ。だから、その手始めに、テンさんにも協力していただきたいのです」
「協力?」
私とテンちゃんは顔を見合わせた。
どういうことだろう。
「この街には、テンさんたちのように、虐げられてきた人が多くいると聞いていますわ。そんな人たちを、私たちで援助してあげるのは簡単なことですわ。ですが、それでは根本的な解決にはなりません。その人たちが自立できるような街にならなければ」
リリルハさんの言うことは、私には少し難しかった。
でも、多分、リリルハさんの言ってることは間違ってないと思う。
だから、テンちゃんも真剣にリリルハさんの話を聞いてるんだと思う。
「さしあたっては、みなさんが働ける場を作りたいと思っていたのですが、テンさんに、こんな才能があるのなら、それを活用しない手はありませんわ」
「才能」
テンちゃんは、小さく呟く。
「あなたたちが働くことは、他の人たちにとっても、希望となるはずですわ」
「でも、私たちのことをよく思ってない人たちは……」
「そういう人たちの相手は私に任せればいいんですの。今までがどうだから、なんて、絶対に言わせませんわ」
リリルハさんはドンッと胸を叩いて、自信満々に言う。
「もちろん、あなたにその気があれば、ですけど。他にやりたいことがあるのなら、私はそれを応援しますわ」
「そんなの、考えたこともなかった」
テンちゃんは呆然として、リリルハさんを見ていた。
そして、少し考えるように目を瞑って、次に目を開けた時には、すごく嬉しそうな目をしていた。
「私、やってみたい。ちゃんと自分で働いてみたい。今までとは違う、ちゃんと、この街で暮らしていきたい」
「ふふ、決まりですわ」
テンちゃんはリリルハさんと握手する。
具体的な話はまた今度ってことになったけど、そんな話をする2人は、すごく楽しそうだった。
よかったね、テンちゃん。
◇◇◇◇◇◇
「アリス。また戻ってくるんでしょ?」
挨拶も終わって、じゃあ、出発しようかなと思っていた私に、テンちゃんがそう聞いてきた。
ちなみに、リリルハさんやみんなはもう戻ってる。
最後にテンちゃんが私と2人で話がしたいって言って。
「うん。帰ってくるよ」
私にとって、この街は帰ってくる場所。
リリルハさんの町と同じように。
そう言うと、テンちゃんは嬉しそうにニカッと笑った。
「なら、今度はもっと美味しいビスケットを作ってあげるわ」
「うん。楽しみにしてる」
「みんなも、待ってるから、ちゃんと帰ってきなさいよ」
「うん。みんなにもありがとうって伝えてね」
「わかったわ」
そのあと、テンちゃんはまた何か口を開いたけど、何も言わずには閉じた。
「えと、気を付けなさいよ」
「うん。ありがとう」
テンちゃんは、モゴモゴと何かを言いたそうにしている。
でも、中々言い出せないみたいで、さっきから素っ気ない話しかできてない。
「テンちゃん?」
「な、何?」
テンちゃんは焦ったように返事をする。
やっぱり、少しおかしい。
「どうかしたの?」
「え、えーっと」
テンちゃんは目を泳がせていて、視線を合わせてくれない。
「テンちゃん。ちゃんとお話したいよ」
何か言いたいことがあるのなら、言ってほしい。
絶対、これで最後なんてことはないけど、でも、今言わないといつか後悔することかもしれないから。
少し無理矢理だけど、テンちゃんの顔を私に向かせた。
そしたら、テンちゃんは少しだけ目を潤ませていた。
「テンちゃん?」
「あ、こ、これは」
テンちゃんが目をかく。
涙を隠すように。
「テンちゃん、悲しいの?」
そう聞くと、テンちゃんは少しうつ向いて、ほんの少しだけ頷いた。
「もう少しここにいて、なんて言っても、困るんでしょ?」
テンちゃんは、そう呟いた。
「これで終わりじゃないってわかってる。けど、やっぱりこういうのって寂しいじゃない。だけど、あんたにはあんたの理由があるもんね」
「……うん」
旅はやめられない。やめたくない。
だけど、やっぱりお別れは悲しいよね。
私も同じだもん。
「ねえ、テンちゃん。私はテンちゃんがこの街にはいるってこと、知ってるよ」
「え?」
「私はテンちゃんが、私のことを思ってくれてるって知ってるよ」
知ってる。
「それを思い出せば、寂しい気持ちも、少しは耐えられるの」
だから。
「テンちゃんも、思い出して? 私はちゃんとテンちゃんのこと、思ってるから」
そしたら、多分、耐えられると思うから。
私が言うと、テンちゃんはしばらく黙っていたけど、やがて。
「ぷっ。あはははは。耐えるって、結局寂しいってことじゃん」
笑われた。
「だ、だって、寂しいのは仕方ないもん」
「あはははは。そうね。そうよね。そんなの当たり前なのよね」
テンちゃんが涙を流して笑う。
さっきとは違う。笑顔の涙。
テンちゃんはスッキリした顔で、私を見る。
「うん。そうよね。大丈夫。うん、耐えられる。そうよね、少しの間だけだもんね」
「うん。そうだよ」
よかった。テンちゃん。元気になったみたい。
「アリス、ありがと」
「ううん。私こそありがとう」
お礼を言い合って、私たちは同時に笑った。
大丈夫。
私たちは大丈夫。
また会おうね。
そう誓って、私はまた旅を続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます