第34話
「ドラゴンさん、大丈夫かな?」
私たちはシュンバルツさんを追いかけて、狭い通路を走っていた。
途中まではドラゴンさんも一緒に来ていたんだけど、流石にドラゴンさんの通れない狭さになってきて、ドラゴンさんをそこに残してきてしまったのだ。
私は通路を壊しながらでも、進んでもらおうかなと思ったんだけど。
「こんな地下でそんなことしたら、崩れてきちゃうかもしれないでしょ」
と、テンちゃんに言われて、やめた。
確かにテンちゃんの言う通りだよね。
ここは地下だから、あんまり壊しちゃうと天井が崩れてきちゃうかもしれない。そうなったら、シュルフさんも危なくなっちゃうから。
だから、ドラゴンさんには途中の通路で待っていてもらうことになった。
「ここから動かないでね」
と言ったら、ドラゴンさんはかなりシュンとしていたように見えたけど、これは仕方ない。
「あいつ、逃げ足だけは早いのね」
私も、テンちゃんも全速力で走ってるけど、シュンバルツさんとの距離は縮まっていない。
目の前に見えるけど、まだ手は届かなさそう。
「埒が明かないわ。これでも、食らえ!」
言うと、テンちゃんは近くに落ちていた石をシュンバルツさんに投げた。
「ぐあっ!」
それは見事にシュンバルツさんの頭に当たって、シュンバルツさんはその場に転ぶ。
「やった!」
テンちゃんと私はその隙に、逃げられないよう、シュンバルツさんの前に回り込んだ。
「ぐっ、このガキどもめ」
「もう逃げられないわよ」
テンちゃんは、パキパキと手を鳴らして、ゆっくりとシュンバルツさんに近寄る。
シュンバルツさんは、それに怯えたように少し後ずさりする。
「くそっ! あの鍵さえあれば、お前らなんて」
そういえば、さっきから鍵がなんちゃらって話してたかも。
鍵。
うーん。鍵。
あ。
「これのこと?」
「っ! なっ! 貴様、何処でそれを!」
私はドラゴンさんを助けに行く時に持ってきちゃっていた鍵を見せた。
すっかり忘れてた。
「ははぁん。あんたはこれを探していたのね」
「くっ。この、盗人め!」
シュンバルツさんは、鍵を奪おうと私に向かってくる。
けど。
「させるか!」
「うぐっ」
テンちゃんは、そんなシュンバルツさんの足を払ってお腹を殴る。
勢いよく壁に叩きつけられたシュンバルツさんは、テンちゃんをきつく睨む。
「これ、何なの?」
テンちゃんが鍵を私から取って、クルクルと回してみせた。
シュンバルツさんは、悔しそうな顔でそれを睨み、おもむろに口を開いた。
「その鍵は魔法具だ。本来はそれを使ってあの狼を自由に操るのだ。今はそれがなくて暴走しているがな」
「へー。意外と素直に教えてくれるのね」
テンちゃんは、鍵を掴み、意外そうな顔でシュンバルツさんを見た。
私も、シュンバルツさんがこんなにあっさりと教えてくれるとは思わなかった。
諦めてくれたのかな。
テンちゃんもそう思ったのか、鍵を私に返して、シュンバルツさんに近付いた。
けど、そんな中、シュンバルツさんの顔には少しだけ笑みが浮かんでいる。
ように見えた。
本当に、ほんの少しだけだけど。
でも、確かに笑ってる。
嫌な笑顔。
嫌な予感がする。
あの、シュルフさんが大怪我をした時と同じような嫌な予感。
それに気付いてないテンちゃんが、また1歩、シュンバルツさんに近付く。
その瞬間、シュンバルツさんが腰の辺りから、いきなり拳銃を取り出した。
「え?」
テンちゃんは、それに反応できない。
「油断したな。死ね、ゴミが!」
バンッ。
嫌な音が聞こえた。
その音が聞こえた瞬間。
ううん。
聞こえる前から、私は動いていた。
そして、私はテンちゃんを押し退けて、シュンバルツさんの銃弾を受ける。
「っ! アリスッ!」
テンちゃんが、悲鳴のような声を上げた。
私は心臓を撃ち抜かれて、すごく痛かった。
すごく熱かった。
そして、手足が急激に冷たくなっていくような気がした。
「ははは! 馬鹿が! 自分から死にに来る、なん、……て?」
シュンバルツさんの高笑いが、少しずつ恐怖に染まっていく。
どうしたんだろう。
「アリス、あんた……」
「え?」
テンちゃんも何かに驚いてるみたい。
不思議に思って自分の体を見ると、さっきシュンバルツさんに撃たれて、血が吹き出していたはずの場所が綺麗になっていた。
しかも、服まで綺麗になっていて、まるで怪我なんてしていなかったみたいに。
「こ、この! 幻影か!」
シュンバルツさんがまた何度も撃ってくる。
痛い。
熱い。
でも、そんなのは一瞬で、すぐに治っちゃった。
「ば、馬鹿な、どんな魔法が……」
魔法。
あ、そうか。
あの怪我を治す魔法って、私にも効くんだ。
だから、怪我をしてもすぐに治っちゃうんだ。
なら、怪我なんて気にしなくても大丈夫だね。
私はシュンバルツに近付く。
テンちゃんが狙われないように、隙だらけに、不用意に、近付く。
そしたら、案の定、シュンバルツさんは私ばっかりを狙って撃つようになった。
「う、うわぁぁぁぁ! 来るなぁ!」
痛い。けど、問題ない。
熱い。けど、問題ない。
そして、シュンバルツさんの拳銃に手を添える。
「もう、やめよう?」
「う、うわぁぁぁぁ!」
シュンバルツさんは、拳銃を放り投げて、四つん這いになって逃げようとする。
恐くて立ち上がれないみたい。
「化け物。化け物がぁ!」
その言葉が、胸にチクリと刺さった。
「私のアリスに向かって、ふざけたことぬかしてんじゃねぇですわっ!」
「ぶべっ」
ドゴォン、と地面にヒビが入った。
そして、そこに現れたのは、リリルハさんとシュルフさんだった。
「大丈夫ですの! 2人とも」
リリルハさんが走りよってきて、私とテンちゃんを抱き締める。
テンちゃんは、呆然とされるがままになってたけど、思い出したように叫んだ。
「ア、アリスが、アリスが、さっき、撃たれた!」
「なんですって! 何処、何処ですの!」
テンちゃんの言葉に、リリルハさんはすぐに私の全身を確認する。
けど、すぐに首をかしげた。
「何処も、なんともない、ですわよ?」
「う、撃たれたの、で、でも、い、いつの間にか、治ってた、の」
「治って、いた?」
リリルハさんは、後ろにいたシュルフさんの方を見る。
シュルフさんは深刻な顔をして、口元を指で隠して、少しだけ汗を滲ませる。
「まさか、そんなことが」
「どういうことですの? シュルフ」
シュルフさんの深刻な声音に、リリルハさんが声を潜める。
「おそらく、アリス様の回復魔法の影響でしょう。常時発動していて、アリス様の回復力を上回らない攻撃は、瞬時に治ってしまうということです」
「それって……」
「アリス様の魔力が尽きない限りは、不死身ということになります」
ごくっとリリルハさんが息を飲んだような気がした。
それから、シーンと、その場は静かになる。
誰も何も言えず、困惑しているみたい。
私のせいで。
「と、とにかく、2人とも無事でなによりですわ。ですが、まだすべてが終わった訳ではありません。みなさん、戻りますわよ」
リリルハさんの声で、みんなはハッとしたように頷いて、私たちは屋敷の外に出ることにしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
それからは早かった。
リリルハさんが本部に戻ると、警備隊の人は世話しなく動いていて、指示通り、すべての地区の安全確認が終わった所だったみたい。
魔族が出てきていた場所も、それ以外の場所もすべて確認済みということで、本当の意味でこの事件は解決した。
みんな、すごく喜んでいたけど、私はその中に入ることはできなくて、少し離れた場所でそれを眺めていた。
リリルハさんはそんなわたしを心配そうに見ていたけど、警備隊の人たちと後片付けがあるみたいで、私の所には来れないみたい。
そして、テンちゃんは。
あれからテンちゃんは、私から目をそらして、近寄ってくれない。
そうだよね。
恐いよね。こんな、化け物の私なんて。
こんな、私なんて。
私は静かに、その場を離れるしかできなかった。
ドラゴンさんと2人だけで。
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