第33話
階段はこの前の時と同じ。
下に行けば牢屋があるだけ。
だけど、今回はシュンバルツさんを探さないといけない。
何処にいるのかはわからないけど、この辺りはあまり隠れられる場所もなかったはずだし、すぐに見つけられるかも。
そう思っていたら、牢屋に繋がる入り口の所に人影を見つけた。
「くそっ。どうして鍵がないんだ。ここの鍵さえあれば、あの化け者どもを放てるというのに」
あ、いた。
すぐに見つけちゃった。
「あいつ」
シュンバルツさんを見つけて、テンちゃんはすぐに走り出した。
「この屑!」
「ん? うおっ! このガキ、こんな所まで」
テンちゃんの攻撃を辛うじてかわしたシュンバルツさんは、そのまま牢屋の方に逃げていく。
「まて! 卑怯者!」
テンちゃんがそれを追いかける。
「アリス様、私たちも」
「うん」
私たちもすぐにテンちゃんを追いかけた。
ドラゴンさんは、狭そうに壁を壊しながら空を飛んでついてくる。
もう、そのうち、この屋敷壊れちゃうんじゃないかってぐらい、ぐちゃぐちゃに。
こんな時だけど、そんなことを思っちゃった。
◇◇◇◇◇◇
「はぁはぁはぁ、くそ」
この前、ドラゴンさんを捕まえていた広い部屋まで来ると、シュンバルツさんは肩で息をして立ち止まった。
というより、もう走れないのかもしれない。
「くっ。しつこい奴らだ」
「あんたの往生際が悪いんでしょ!」
テンちゃんが飛び上がってシュンバルツさんを殴ろうとする。
だけど、それも避けられて、逃げられて。
そろそろテンちゃんの苛立ちは限界みたい。
そんなテンちゃんの肩を、シュルフさんがポンポンと叩く。
「テン様、落ち着いてください。ここまで来れば、あとは時間の問題です。怒りに身を任せては、思わぬ反撃を受けないとも限りません」
「……わかってるわよ」
それで少しは落ち着けたみたいで、テンちゃんは深呼吸をした。
「さて、シュンバルツ様、そろそろ諦めて、素直に降伏していただけませんか?」
シュルフさんは、シュンバルツさんに、様、と付けた。
でも、その表情を敬ってるようには見えない。
どちらかというと、呆れているように見える。
未だに、何処かへ逃げられないかと、キョロキョロしているシュンバルツさんのことを。
「俺はヴィンバッハ家の人間だぞ!」
「ええ、ですが、すでにあなたには何の権限もありません」
「ぐぐぐ、くそがぁ。くそがぁ。くそがぁ!」
シュンバルツさんは地団駄を踏んで、遮二無二何かをこちらに投げつけてきた。
「お2人とも。私にお掴まりください」
シュルフさんは、私たちを背中に隠すと、白い光の盾を作った。
そして、次の瞬間、その何かが爆発して、辺りは火に包まれた。
「あうっ!」
「きゃあ!」
吹き飛ばされそうになる私とテンちゃんは、シュルフさんの服を離さないように手に力を込める。
と言っても、その爆風は一瞬で、ふき飛ばされることはなかったけど。
でも、すごくびっくりした。
「この程度では時間稼ぎにもなりませんよ、シュンバルツ様」
「くそっ! もう、どうにでもなれだ!」
シュンバルツさんは私たちに爆弾を投げている間に、壁の方まで走っていたようで、そこにあるボタンを押した。
「何を……」
問いかける前に、ドカァンと、後ろの方で大きな音がする。
「っ! これは」
シュルフさんが低い声を出す。
振り向くと、そこには、ドラゴンさんくらい大きい狼さんみたいな動物が私たちを睨んでいた。
「グルルルルルルッ」
私なんかよりも大きく見えるその牙は、白く輝いて、何でも噛みきっちゃいそう。
そして、その首元には、それまた大きな首輪が付けられていた。
「はは、本当なら、鍵がないなら仕方がない。好きに暴れてしまえ」
シュンバルツさんは、高らかにそう言うと、奥の方へと逃げていく。
「その混乱に乗じて逃げるつもりね。そんなことさせないわよ!」
テンちゃんがシュンバルツさんを追いかけていった。
「テンちゃん!」
大変。
テンちゃんが行っちゃった。
「アリス様、テン様を追いかけてください。ドラゴン様と一緒に」
「で、でも、シュルフさんは?」
あんな大きな狼さんを相手にシュルフさん1人なんて危ないよ。
「大丈夫です。まともに相手するつもりはありません。どうにか時間を稼ぐだけです」
「ほんとう?」
この前の光景が頭をよぎり、私は不安になった。シュルフさんが大怪我をしたあの時。
あんなのもう、見たくないから。
そう思っていると、シュルフさんが私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫です。私を信じてください」
シュルフさんの顔を見る。
真剣な顔。
シュルフさんを信じる。
そうだね。シュルフさんは信じられる。
「わかった。行ってきます」
「はい、お願いします」
笑顔でシュルフさんに送り出されて、私はテンちゃんを追いかけた。
◇◇◇◇◇◇
「さて。とは言ったものの、どうしたものか」
シュルフは、目の前にそびえる大きな狼に目を向けて、思案していた。
狼。単純にそう言うには、この大きさはあり得ない。かといって、さっきまでの魔獣のようにも見えない。
ということは、これはまた、シュンバルツの悪事の1つ、と思えなくもなかったが、とりあえず、今のシュルフにそれを考える余裕はなかった。
油断すれば、その瞬間に噛み砕かれそうな迫力の狼に、シュルフは一瞬たりとも、目をそらさずに次の動きを考えていた。
「私の様子を伺っている。実力を推し量ろうとしているのでしょうか。なら、それなりに知能がある、ということですね」
シュルフは、少しだけ身を屈める。
「ガアァァァ!」
それを見て、狼は雄叫びを上げてシュルフに襲いかかった。
シュルフは光の壁を形成し、その攻撃を真っ向から受け止める。
その攻撃を避ければ、アリスたちにも被害が及ぶと考えて。
思った以上の威力に、シュルフは少し押し込まれたが、身を屈めていたため、吹き飛ばされることはなかった。
「これは、やはり、時間稼ぎをして、応援が来るのを待つしかありませんね」
シュルフは、狼を囲むように白い光の矢を形成する。
その矢は狼を狙い、次々と放たれる。
だが、狼はそのすべての攻撃を俊敏な動きで避けきった。
「これは! 流石に驚きです。ですが」
狼が避けた先には、シュルフの仕掛けた魔方陣があった。
狼は即座にまた逃げようとしたが、それよりも早く、魔方陣から鎖が表れ、狼を拘束した。
「オ、オオ、オオオオオオ!」
ギリギリと、鎖を引き千切ろうと狼がもがく。
そのあまりの威力に、魔法で作られたはずの鎖は悲鳴を上げて、やがてヒビが入っていく。
「まさか、これでも、大して時間稼ぎができないとは」
そして、鎖は砕け散った。
シュルフの攻撃に、狼も怒り、先程までよりも息づかいが荒くなっている。
目は血走っていて、どう見ても正常な様子ではなかった。
「あなたも、被害者なのかもしれませんね。ですが、それに同情をして、怪我をする訳にもいきませんので」
一瞬、悲しそうに呟くシュルフだったが、すぐに意識を狼に向け直した。
「これで、お眠りなさい」
シュルフの手が空間を走る。
そこに残る軌跡には光で、とある形ができあがっていって、それはやがて1本の槍に変わる。
「ガアァァァ!」
狼はその攻撃を危険と判断したのか、右へ、左へと飛び回りながら、シュルフに牙を向けた。
だが、それに惑わされることなく、シュルフはただ一点を見つめ、その槍を投げた。
投げられた槍は、真っ直ぐ狼に向かっていく。
何故か、狼がどう動いても、その槍は狼のことを追尾した。
そして、空中で身動きのとれない狼の心臓を、槍が貫いた。
「ギャア!」
苦しそうな声を漏らす狼は地面に落ちていった。
だが、血が吹き出している訳ではない。
無理やり起き上がろうとする狼だったが、足に力が入らないのか、何度も何度も倒れてしまう。
遂には、狼は起き上がることすらできなくなり、目も閉じられてしまった。
それを見届けて、シュルフはガクッとその場にへたり込んだ。
「魔力を使いきる程の魔法で、やっと眠りにつきましたか。危ない所でした」
これでしばらくは時間が稼げるだろう。
そう思っていたシュルフだったが。
「ガウルルッ」
狼の後ろの影から、大量の魔獣が這い出てきた。
狼がここに来るまでに、通路を壊しながらやって来ていた。
そのせいで、牢屋に入れられていた魔獣たちが出てきてしまったらしい。
「これは、計算していませんでしたね」
シュルフは、怠くなった足に鞭を打って、なんとか立ち上がる。
魔力はほとんどなくなっていたが、逃げることくらいはできるはず。
リリルハとの約束を果たすためにも、ここでただじっとしている訳にはいかなかった。
「とはいえ、ここから先に通す訳にもいきません。困りましたね」
ここを通してしまえば、アリスやテンが危ない。
ドラゴンがいるとはいえ、挟み撃ちに合わせる訳にはいかなかった。
シュルフは、忍ばせていたナイフを取り出す。
魔法程、使いこなせている訳ではないが、ないよりはましと判断したのだろう
魔獣は少しずつ増えていく。
その数は1人で処理できる数を優に越していた。
「万事休すですか」
シュルフが、どうしようかと考えあぐねていると、不意に、今まで感じなかった冷気に気付いた。
「これは」
そう思った瞬間。
部屋の中が氷に包まれた。
魔獣のほとんどを巻き込んで。
「無事ですの? シュルフ!」
そして、そこから現れたのは、警備隊を率いるリリルハだった。
「ええ、お陰さまで」
怪我した様子のないシュルフを見て、リリルハは胸を撫で下ろす。
「リリルハ様。各牢屋の魔獣はすべて駆除しました」
「ご苦労様ですわ。ですが、こんな場所があるのです。警戒を緩めず、他にも隠された部屋がないか探りなさい」
「はっ」
リリルハの後ろにいる警備隊は、シュルフに一度だけ頭を下げると、すぐに走り去っていった。
ついさっきまでとはまるで違うその様子に、シュルフは、改めてリリルハの力量を思い知ったのだった。
「それより、アリスたちは何処に行ったのかしら?」
「ああ、そうです。アリス様とテン様はシュンバルツ様を追って先に行かれました」
「まあ! それは早く追いかけませんと」
リリルハはシュルフに手を差しのべる。
「立てますの?」
「はい。もちろん」
そして、2人はアリスたちを追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます