10の22 商家の娘と商家の娘(前編)
あたくしはお姉さまが準備して下さった夕ご飯を食べながら、イナリ様とピステロ様とベル様の四人で他愛もない話をしておりますの。
「アデレードの重力魔法は安定してきておる。よき鍛錬をしている証拠であるの。」
「温度魔法もずいぶん上達したのじゃよ。水を沸かせる温度に上げられるまでもう少しじゃな」
「ありがとうございますの。重力魔法はアイシャお姉さまが直々に剣のお稽古の時間を作って下さっておりましたし、温度魔法はベル様がいつも見て下さっているからだと思いますの」
「おーい!光魔法はどうなのじゃー!」
「治癒魔法はー!ちっとも上達しませんけれどー!暖かい光はー!お相手によってー!とても効果が上がってきましたわー!」
「ふむ、アデレードはよき師匠に恵まれておるのだな。」
「はい、毎日がとても充実しておりますの。けれども、ナナセお姉さまはほぼ独学で魔法の威力を増しているようですから、いつの日か追いつきたいという目標からどんどん遠ざかっていきますの・・・」
「アレは別の世界の常識が基礎となり魔法を使っておるようである。例えば時の流れを数値にして可視化しようなどと考える者は他におらぬ。我々とは根本から考え方が違うのだから気にするな。」
「そうじゃのぉ、温度を可視化しようなどと普通は考えないのじゃよ。なにやら数値化した温度のマイナス二百七十三より低くはならないそうじゃが、わしゃそんなこと知らんのじゃよ」
「あたくし、まだまだ覚えることがたくさんありそうですの」
お姉さまが作って下さった美味しい夕ご飯を食べ終わると、ピステロ様とベル様は新しい隠し通路の探索に向かいましたの。あたくしは狐の姿をしたイナリ様のふかふかとした暖かい毛に寄りそって寒さをしのいでおりましたら、ついに鳥さんが目を覚ましましたの。
「あれ、つかまったのに、食べられて、ないよ・・・」
「あなたのことは食べませんの」
針金でぐるぐる巻きになっている鳥さんが窮屈そうにしておりましたから、あたくしは食い込んでしまっている部分を少しだけ緩めてあげてから、稚拙な重力結界で包んで差し上げましたの。
「ああ、この闇、おちつくよ・・・」
「光が苦手なのですわね」
「うん。つよい光、からだがとける、感じがするよ」
鳥さんは最初に遭遇した時のように、あたくしたちを怖がったり泣いたりはしませんでしたの。しばらく重力結界で包みながらすべすべとした羽根を撫でていると、イナリ様がお話を始めましたの。
「おぉーい!わらわの光はおぬしにとって毒じゃから近づけぬのじゃー!おぬし名は何と申すのじゃー!わらわはイナリじゃー!」
「あたくしも自己紹介が遅れましたの、アデレードですの」
「イスカだよ」
「あら、島の名称と同じですのね」
「島より、あたしが、先だよ。アデレードは、あたしと同じ感じがするね」
「聞こえないのじゃあーー!」
「島と同じお名前でー!イスカさんとおっしゃるそうですのー!」
イスカさんはあたくしとイナリ様を味方だと感じているようなので、ぐるぐる巻きにしていた針金を取ってあげてから、お姉さまがお夜食として準備して下さった三角形のおにぎりをちぎって少しづつ食べさせてあげましたの。
「おいしい!おいしい!おこめ食べたの、なん百年ぶりだろ!」
「ナナセの料理はー!なんでも美味しいのじゃー!わらわもおにぎりひとつ食べたいのじゃー!」
「今持って行きますのー!」
鳥におにぎりを与えても良いのかわかりませんけど、喜んで食べているから問題なさそうですわ。レイヴもサギリもお姉さまの色々なお料理を美味しそうに食べておりましたし、きっと問題ありませんわね。
「おおーい!イスカー!そなたはその鳥の中に別の人格が入っておるのじゃー?奇妙な生命体なのじゃー!」
そうでしたわ、あたくしお姉さまに「話を聞いておいて」と言いつけられていましたの。色々と伺ってみますの。
「あたしはね、いまは、この鳥のなかに、住んでるみたいだよ」
「イスカさん、ゆっくりでけっこうですから詳しく聞かせて下さいますの。まず、どうして死んでしまいましたの?」
「生きてるよ」
「そ、そうですわね、失礼しましたの」
「あのね、むかしすぎて忘れちゃったこともあるけど、おしえてあげるね。まず、お父さんが、ここにお城をつくってね・・・‥…」
イスカさんは数百年も前の記憶を思い出しながらゆっくりとお話をして下さいましたの。ところどころ、お話が前後しておりましたけれど、古すぎる記憶を辿るのはとても大変そうでしたから、あたくしなりに正しい順番で解釈するように頑張りましたの。
しばらく黙ってお話を聞いていると、人と話すこと自体が何百年ぶりだったようで、最初はぎこちなかった言葉遣いも、だんだんと慣れてきたように思いますの。
「では、イスカさんはあたくしと同じ商家の娘なのですわね。同じ感じがするというのは、そういう理由なのだと思いますの」
「しょーけ?」
「ええ、商品を安く買付け、それを少しでも高く売ることで利益を出して生計を立てるのが商家ですの」
「お父さん、漁師さんとしては、あまり腕が良くなかったっていってたよ。だから、仲間の漁師さんたちが獲ってきたお魚を、まとめて買ってあげて、それを大きなまちで、売ってくるおしごとにしたんだって」
「それはお父様にも、お仲間の漁師さんたちにも、双方にとって合理的な商売ですわね。当然お船の操縦はできたのでしょうし、王都まで売りに行けるのであれば、お城が建つほど儲かるのも理解できますわ」
イスカさんのお父様は、とても上手に漁師さんのお仲間をまとめていたようで、ナプレの港町から王都までの漁師さんたちは、すべてイスカさんのお父様に漁の収獲物を売るようになっていたようですわね。
さらにじっくりとお話を聞いていると、どうせ王都とナプレの港町で何便もの船を出しているのであれば、畜産物や農作物も一緒に乗せて運ぼうということになり、結果として王都の商人・・・当時は貴族が幅を利かせていたようですが、それをもしのぐ、とても力のある卸問屋にまで成長したようですの。お姉さまがよく言っていた「流通を制する」というのはこういうことですわね。
「それでね、あたしがね、公爵さんちのお嫁さんにいけばね、お父さんが准男爵さんっていうのになれるってね、仲間の漁師さんたちみんなおおよろこびしてたんだけどね、お父さん怒っちゃってね、えっと・・・それでここにお城を作ったんだよ」
イスカさんのお話は何度も何度も前後しましたけれど、ようやく籠城した理由がわかってきましたの。可愛い娘を王家に取られたくなかったお父様の行動だったのではないかしら。島に娘の名前を付けてしまうほど愛されていたのかと考えると少しは理解できますの。なんだか、あたくしを望まぬ婚姻から守ってくれたお姉さまみたいで素敵なお話ですの。
「あたくしは爵位についてあまり詳しくありませんけれど、公爵さんというのはきっと年頃の王子様ですわよね。それと、准男爵というのは一代限りの爵位でしたかしら?それは漁師さん出身なのに頑張って商売を成功させたお父様にとって、これ以上ないほど名誉なことではありませんの?」
「あたしも、むずかしいこと、わかんないよ」
「ときにイスカさんはおいくつで亡くなられたんですの?」
「死んでないよ」
「そ、そうですわね、失礼しましたの。おいくつの時に体を失いましたの?」
「十二歳だよ」
「あたくしと同じ歳ですの!」
「そうなの?アデレードは、おとなっぽくて、素敵だね!」
「イスカさんの羽根も、とても鮮やかで素敵な彩りですわ!」
「ほめられちゃったよ、えへへ。鳥のままで、いい気がしてきたよ」
この後、お姉さまがひょうたんの水筒から鍋に移していた紅茶を、あたくしの稚拙な重力魔法とイナリ様の雷魔法で、“でんきこんろ”を動かして温めてから一息入れましたの。イスカさんも「おいしい!お茶のんだの、なん百年ぶりだろ!」と喜んでいましたわ。
お茶を飲み終わると、あたくしが一番気になっていることを聞いてみましたの。
「ときにイスカさん、どのような経緯で鳥さんになってしまいましたの?」
「あのね、最初はね、イカだったんだよ」
「イカとは、あの足が十本で海を泳ぐイカですの?」
「うん、イカ」
あたくし、もし意識あるままイカに生まれ変わっていたら、残りの人生に絶望してしまうと思いますの。
「大変な思いをされていますのね・・・」
イスカさんのお話は、あたくしには理解できないことばかりですの。けれども、お姉さまでしたら何かわかるかもしれませんから、まだまだしっかりと聞いておかなければなりませんの。
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