10の2 新しいご主人さま(後編)
ゼノアさんの地下室へ入ると、昨日枯れちゃったサニーレタスっぽい葉っぱとベビーリーフっぽい葉っぱが復活していた。植物はたくましい。あとで少し持ち帰って味見しよう。
「・・・すごい部屋でしゅ」
「これは神様にしか作れないでしゅ」
「あたしたちじゃ無理でしゅ」
「やっぱそうだよねー」
「でも似たような部屋なら作れると思いましゅ」
「この部屋は色々な魔法が使われていましゅ」
「あたしたちじゃ魔法の再現は無理でしゅ」
どうやら小人族は魔子が豊富な部屋くらいなら作れるようだ。ピステロ様の寝室みたいに宝石で満たしちゃえば似たような効果が望めるようで、そういった宝石や貴金属をうまく練り込んだ素材で壁や家具を作るらしく、私の剣もそういう感じで作られているそうだ。なんとなく想像してた通りだったね。
「領主様の重力結界は凄かったでしゅ」
「重力魔法の紡ぎ手にも会ってみたいでしゅ」
「領主様が話していた動力源を作りたいでしゅ」
「そうそう、ナプレ市にいるサトゥルっていう細工師の仲間がさ、重力エンジンってのの試作品を完成させたらしいからさ、それを完璧な製品に仕上げるお手伝いしてもらいたいんだよね」
重力エンジンについては給水塔にも使わなきゃならないので、優先的に作りたいと思ってる。そうこう話しているうちに、いつのまにかゆぱゆぱちゃんが神棚から妖刀・月乃舞神楽を手に取っていた。
「ひんやり、すりゅにゃ」
「見たことのない形状の剣でしゅ」
「かなり硬質そうな素材のさやでしゅ」
「美しい曲線でしゅ」
「これね、武器を分類するなら日本刀っていう剣なんだよ。ゼノアさんって人と私にしか抜けたいみたいだから分解なんてとてもじゃないけど無理だと思う。あ、でもゆぱゆぱちゃんなら頑張ればその刀、抜けるかも」
「えっと、こうかにゃ・・・シャキン!」
「って、えええええぇえ!?」
ゆぱゆぱちゃんは私と違って力感なくあっさりと刀を抜いて見せた。私は慌てて身体を重力結界で包み込んで吸い取り攻撃から身を守っていると、みるみるうちに謎の葉っぱが枯れてしまった。あとでサニーレタスで肉でも巻いて食べようと思ってたのに残念だ。
「にゃにゃせおねいにゃんの、まねしたにゃ」
「フラフラしないの?」
「きにょう、ふりゃふりゃして、もう、にゃれたにゃ」
妖刀・月乃舞神楽はけっこう長くて重たい。獣人族はもともと力持ちなので、ゆぱゆぱちゃんは左手にさやを持ったまま、右手で刀をひゅっひゅっと嬉しそうに振り回して見せてくれた。危ないよ。
いっぽう、小人族の三人は片膝をついて吸い取りから耐えつつも、周囲の光を吸い取るかのように闇色に鈍く輝く剣身に心を奪われていた。この、なんとも表現できない黒とはまた違う独特な色の刃に私も気を惹かれている。弱ってた頃のアイシャ姫の瞳に吸い込まれそうになった時の感覚に似ている。
「ぐぐぐ、これはヤバいでしゅ・・・でも美しい刃なのでしゅ」
「フラフラしてきたでしゅ・・・力が抜けるような感じでしゅ」
「ぜえぜえ、日本刀というのはこんなに危険な武器なのでしゅ?」
「小人族のみんなもすごい耐えられるんだねぇ。こんな風に危険な吸い取りしてくる特殊な武器はこれだけだと思うよ」
小人族も少し慣れてきたのか、ゆっくりと立ち上がってゆぱゆぱちゃんに近づき、その剣を至近距離で眺めたり、指先でつんつん触ったりし始めた。私は少し離れて警戒しながら有事に備えつつ、みんなの様子を見ている。
「吸い込みが弱くなってきたでしゅ」
「やっぱり領主様の剣と似てましゅ」
「これも打ち直すのは無理でしゅ」
「やっぱそうだよねー。黒く光ってるっていうか光を吸収しちゃってるっていうか、なんとも言えない不思議な色。これならさ、斬らなくても抜くだけで敵を倒せちゃいそうで便利だね。剣術いらずだ」
そんなこんなでしばらくみんなの様子を見ていると、ゆぱゆぱちゃんがうんうんうんと大げさに首を振ってうなづき始めた。
「うんうん、えっと、にゃまえ、ゆぱゆぱ。にゃにゃせおねいにゃんと、いにゃりの、こぶんにゃ!」
「と、突然どしたの!?ゆぱゆぱちゃん!吸われすぎておかしくなっちゃったのっ!?」
「かぐりゃと、おはなし、みゅ」
「ええー、私には何も聞こえないけど・・・」
この後もゆぱゆぱちゃんはしばらく大げさにうんうんしながら妖刀・月乃舞神楽とおしゃべりをしている様子だった。なんか可愛い。
「うんうん、わかったにゃ。にゃにゃせおねいにゃん、ゆぱゆぱといっしょに、かぐりゃ、にぎりゅにゃ」
「そっか、握ってる人にしか聞こえないんだ」
これはきっと私の眼鏡と一緒で、聞こえるというより感じ取れるような性質のものなのだろう。小人族の三人と一緒に妖刀・月乃舞神楽の柄の部分を握ると、頭の中に可愛らしい女の子の声が響いた。
「【ご主人!久しぶりなのだ!】」
「私、ゼノアさんじゃないよぉー」
「【うちがご主人を見誤るわけないのだ!】」
「似てるけど違うんだってば。私はナゼル町長ナナセだよ、よろしくね、妖刀・月乃舞神楽さん」
「【おお!うちに刻まれている文字が読めるのだ?】」
「うん、だってこれ漢字だし。月乃舞神楽さんって日本刀だよね、私が前に住んでた日本って国の言葉だし、日本を代表する武器なんだよ」
「【そんな国は知らないのだ。ご主人は読めなかったのだ】」
「そうだったんだ。この部屋の入り口に書いてあった“ふういんのま”ってのも、神棚に置いてあった“とりせつ”ってのも全部ひらがなで書いてあったから、ゼノアさん難しい漢字は読めなかったのかもね」
「【よくわからないのだ。してナゼルの町とはなんなのだ?】」
「えっとね、ゼル村の村長さんが何か月か前に亡くなっちゃったから私が引き継いで村から町に昇格して、ナナセのナを付け加えてナゼルって名前に変更したの。ちなみに前のご主人さまのゼノアさんも亡くなっちゃったらしいから、私は会ったことないの」
「【チェル君村長は子供の頃からよく知っているのだ。うちが少し眠っている間にそんなに色々なことがあったのだ・・・】」
月乃舞神楽さんの声が少ししょんぼりしてしまった。
「やっぱ刀をさやに収めてる状態だと完全に眠っちゃってるんだ?」
「【眠っているとすごく昔の夢を見ているような気がするのだ。でも目が覚めると忘れているのだ】」
「そうなんだ。たまに抜いてあげないと時間の感覚がおかしくなっちゃうねぇ」
「【今回はかなり長い時間の眠りで魔法因子を使い果たしてしまったようなのだ。たまに魔法因子が濃い場所に連れていってくれないと、抜いても眠ったままになってしまうのだ】」
あー、そういえば取説に「たまに旅に連れてけ」みたいなこと書いてあったっけ。今度さっそく海とか山に連れて行こう。
「この部屋じゃダメなの?かなり魔子が濃いみたいだけど」
「【全然足りないのだ。でも、ご主人とそのお仲間の良質な魔法因子をたっぷり吸い込んだから今は快調なのだ!感謝するのだ!】」
「あはは、私の魔子はともかく、お仲間ってのは神様だったんだよ。気を失っちゃってしばらく起きなかったんだから」
「【そ、それは大変失礼なことをしたのだ。創造神様に怒られちゃうのだ・・・】」
「たぶん大丈夫だよー。神様二人とも目が覚めたら魔子が入れ替わって身体が軽くなったみたいなこと言ってたから」
この後、妖刀・月乃舞神楽は小人族三人の質問攻めにあっていた。創造神に与えられた知識以外のことはわからないけど、「前世みたいなのがあった気がするのだ」と気になることを言っていた。もしかしたら、らやらやさんと一緒で、死んじゃってから時の流れ無視の謎空間に連れて行かれて人生やり直しさせられてるのかもね。刀に人生って言い方はヘンかな。
「【ご主人ではうちのこと扱うのは難しいのだ?】」
「どうだろ、今はまだ重力結界で防御してないとすぐ倒れちゃうと思うけど、もっと魔子が豊富な広い場所だったら吸い取りが分散されて使えるのかも。ゼノアさんのお手紙みたいなのにも『旅に連れてけ』って書いてあったからさ、今度ゆぱゆぱちゃんと一緒に獣人の里にでも遊びに行こうよ。あの山もけっこう魔子が豊富みたいだからさ、月乃舞神楽さん元気になると思うよ」
「【前のご主人やチェル君村長が亡くなったと聞いて寂しい気持ちになっていたのだ。でも新しいご主人と話をしていたら色々と楽しみになってきたのだ。うちはしばらくご主人とご主人の子分、二人の所有物なのだ。子分だけでなく小人族たちも無属性のようだから、うちのこと扱えると思うのだ】」
「あー、無属性とか力属性の人専用武器なんだ!」
「【力属性とはなんなのだ?うちは無属性剣だと教えられたのだ】」
「なんかね、創造神が思いつきで名付けた属性らしいよ、たぶん人族が温度魔法を火魔法とか液体魔法を水魔法ってわかりやすく呼んでるのと同じだと思う。その力属性ってのは獣人や小人族みたいに魔子を使って力持ちになれる人のことを言うっぽいけど、私にも詳しいことはわかんないや。どうやってやるのか知らないどさ、私も頑張って魔子でパワーアップみたいな鍛錬してみるからさ、振り回せるようになるまでちょっと待っててね」
「ぼくはこれからもパンチで戦うから武器は必要ないでしゅ」
「それにチビのぼくたちには長すぎて扱えない武器でしゅ」
「でも刃のお手入れはしてみたいでしゅ」
「【難しいことはわからないのだ。とにかくよろしく頼むのだ!】」
「かぐりゃ、ゆぱゆぱも、よろしく、にゃにょ!」
「「「カグラ殿、よろしくでしゅ!」」」
「私もよろしくね!えっと、神楽ちゃんっ!」
こうして妖刀・月乃舞神楽は、みんなと仲良しになってくれた。私が新しいご主人さまのようだけど、ゆぱゆぱちゃんが所有者っていう変な関係で落ち着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます