9の24 念願のアブル村



「それじゃ、獣人の里とアブル村の出張に行ってきまぁーす!」


「ナナセ、危ないのは駄目なのよー!」


「ミケロさんと一緒だから、さすがにおかしなことはしませんよー!」


 私とミケロさんは視察のため、まずは獣人の里へ向かって飛び立った。私はペリコに乗り、ミケロさんがハルコに背負われている。


 ハルコは成人男性を背負うのが初めてだったようで、少しモジモジしていて笑ってしまった。一方のミケロさんもエルフ風の超綺麗な身体のどこにしがみつけばいいのかわからずあたふたしていて笑ってしまった。


「あはは、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、もし落ちちゃってもハルコがすぐに爪でガシッと拾ってくれますから」


「し、しかし・・・(むにゅ)」


 そんな些細なことは飛び立ってしまえば関係なく、しっかり捕まってなきゃ死ぬことを理解したのであろう、飛行中は一切の私語などなく、ハルコの柔らかい胸のあたりにしがみつき、あっという間に例の滝のところまで到着した。最近高速化したペリコの速度で、たぶん二~三十分くらいだったと思う。やっぱ空飛んじゃえば近いね。


「はぁはぁ・・・少々休憩を・・・」


「ミケロさんけっこう頑張りましたねぇ、バルバレスカさんなんて飛び上がったとたんに悲鳴を上げてましたよ」


「私ども建築隊は優秀な早馬にまたがった経験もありますし、高所での作業などにも慣れておりますからな、ずっと馬車の座席で移動していたバルバレスカ様とはずいぶん違いましょう。しかし、慣れてくれば、このような爽快な移動手段など他にありません。ハルコさん、ありがとうございました」


「ハルコ、ミケロ、ほめられた、うれしい」


「空飛ぶのって冬めちゃめちゃ寒いのが困っちゃうんですけどね。それはベルおばあちゃんクラスの強力な温度魔法があればある程度しのげますけど」


「ナナセ様とお仲間の特権ですな、貴族階級のようなものです」


「なんだか、時代を逆行しちゃってますね。でもでも、そのうち誰でも空を飛んで移動できるような時代が必ず来ますよ」


 ミケロさんが落ち着いたので、けっこう高い位置にある横穴式住居へ向かう。ハルコは人を乗せて翼を広げた状態だと穴に入りにくそうだったので、私とミケロさんはロープ代わりの蔦を使った正しい方法で滝の岩山を登ることにした。落ちると危ないからミケロさんに先に登ってもらって何かあったら私が下から重力魔法で受け止めようと思ってたけど、そんな心配はまったく無かった。


「ミケロさん登るの早っ!ぜーはー」


「ええ、こういった現場作業のような事には慣れておりますから」


 最近はすっかり役場の偉い人って感じだけど、本来は建築現場のお仕事をガシガシこなす鳶職みたいな人だったことを忘れてた。むしろ私の方がモタモタ登ってるから置いてかれちゃったよ。大変失礼しました。


「(コンコン)失礼しまぁす・・・」


「おお領主ナナセ様ではないか!よく来た」


「らやらやさん、突然すみません。ミケロさん、この方が獣人の里の長と呼ばれているらやらやさんです」


「お初にお目にかかります、私は王都直属建築隊長で現在はナゼルの町役場でナナセ様の補佐をしておりますミケロと申します。獣人の長であられるらやらや様には、嫌悪なさっている人族の来訪をお許し頂ければ幸いです」


「そのような丁寧な挨拶、痛み入る。俺はらやらやと申す、お見知りおきを頼もうミケロ建築隊長。領主ナナセ様のお仲間とあれば、この里に住む者みな大歓迎ですぞ」


 私はそのまま手土産の鶏肉を渡したり、お預かりしているゆぱゆぱちゃんたちの近況報告を行った。話が終わるとらやらやさんが遊んでいた子供獣人たちがまとわりついてきたので、獣人王になるために張り切っている私は持参した鶏肉で鶏南蛮みたいなものを作ってあげるためにゾロゾロ厨房へ向かった。


「お姉ちゃんこれから揚げ物するから離れないと危ないよ!」


「「「わかったー!」」」


 ミケロさんはこないだのウサミミ女性獣人の案内で、下階へ向かって住居の視察を始めたようだ。しばらくして戻ってくると、「ふむ・・・あれはバロック様式ですな・・・寝室そのものが工芸品のようだ・・・滝の水圧を再現するには・・・」とかぶつくさ言っていたのでそれなりの収穫があったのだろう。専門的なことは専門家に任せた方がいい。


 鶏南蛮定食を大量生産した私は、ひとまず子供獣人たちだけに食べさせてあげた。男性獣人たちは里の外で農作業なんかをしている女性獣人たちより先に食べようものなら間違いなくぬっ殺されると言いながらビビっていたので、ウサミミさんに「軽く揚げなおしてから出してあげて」と託してから、いよいよアブル村へ向かって飛び立った。



 獣人の里からアブル村までは、ナゼルの町から獣人の里までと同じくらいの距離で、また二~三十分くらいで着いてしまった。前にアルテ様と一緒に来たときは、海路でナプレ市から王都を経由し、さらにそこからチヨコが走る速度で迷いながら一日かかったけど、王都からの陸路よりもナゼルの町からの陸路の方が圧倒的に近い。これくらいの距離なら道路の整備さえしてしまえば高性能馬車でたくさんの荷物をストレスなく運べるだろう。


 村の中に入ると、至るところにモクモクと煙が上がる高い煙突があった。さすが鉱山と工業の村だ。その中でもひときわ大きなお屋敷があり、ミケロさんがそこに案内してくれた。


「プルチァーニさん、お久しぶりですね」


「おやおやミケロ隊長、お久しぶりですなぁ。ナゼルの町の開発に忙しいと聞いちょるよ」


 このプルチアーニさんという、老人と呼ぶにはまだまだ元気そうな人が村長さんなのだろうか?アブル村は変わった人が多いと聞いていたので軽く警戒しながらペコペコとごあいさつをする。


「ナゼル町長のナナセと申します、以前アルテ様にガラスの素材とか水銀を売って下さってありがとうございました」


「ナナセ閣下の話は噂に聞いちょるよ、あん時の美しい娘さんはナナセ閣下のお使いだったんじゃね。それにしても“水がね”なんて何に使うんじゃい?わしゃ職人として興味あるさ」


 神様におつかい行ってもらうって、考えてみたら酷い話だ。


「おかげさまでナプレ市のガラス工場も安定した稼働ができています。水銀は温度を計るのに使おうと思っているのですが手つかずです。あれ、私たちが生活しているくらいの温度で膨張収縮するから、うまく加工すれば便利に使えるはずなんですよ。お料理とかに」


「はっはっは、噂どおりナナセ閣下は変わった娘さんなんじゃなぁ!どれ、わしらもそれをヒントに温度を計る装置を作ってみよっかね」


 ここでミケロさんが文官らしい険しい顔になった。


「プルチアーニさん、それは王都の利益ではなくナゼルの町の利益になるよう調整して頂かなければ許可はできませんな」


「なに言うちょるんかい、ここは元々ゼル村のチェルバリオ閣下の領地内なんじゃから、本来その権利はナゼルの町にあるんじゃよ」


「そうなんですかっ!?」


「こっからゼル村へは危険な陸路になっちまうから、アブル村の製品や税金はどうしたって王都へ納入することになっからね、チェルバリオ閣下にはその後、国王陛下から金貨で支払われとったらしいのう」


「へえ、そうだったんですねぇ、全然知りませんでした」


「そのようなことは私も存じ上げませんでしたな・・・」


 この後、二人から詳しく話を聞いてみると、プルチアーニさんは一応遠いご先祖様が王族の血を引いてはいるものの領主教育など受けておらず、あくまでも集落の長であり村長にはなれないそうだ。昔はアブル山で掘った鉱石を王都へ売るだけの細々とした炭鉱の集落で、村と呼べるほどの規模には程遠かったらしい。


 しかしゼル村ができた五十年くらい前から急に工業製品の品質が高まり、住民も納税額も劇的に増え、小さな集落というレベルではなくなった頃にチェルバリオ村長さんの提案で村に昇格し、その流れでプルチアーニさんが村長代行になったらしい。


 昇格したと言ってもただの職人や鉱夫の集まりだったため、納税作業やら公共事業の整備やら、きちんと領主教育を受けたような人にしかできないようなことに手が回らず、チェルバリオ村長さんが気をかけて面倒を見てあげながら、当時の皇太子だった弟さんであるヴァルガリオ様にアブル村を優遇するよう言ってくれていたらしい。


 結局、そのヴァルガリオ様が暗殺されてしまい、それを機にアブル村の所在が曖昧になってしまったんじゃないかということだ。


「チェルバリオ村長さんに金貨で支払われていたってのはなんか心当たりがあります。田舎の農村だったゼル村なんかじゃとうてい貯金できるとは思えない莫大な遺産が私に転がり込んできましたから」


 私の貯金額は最後に確認したとき二十四億円くらいだった。たぶんそこからアルテ様の帳簿操作により、さらに億単位で増えてると思う。これもまた酷い話だ。


「確かに、あの預金額は異常な数値ですな。しかしナナセ様は正直に話しすぎです、そういったことは隠すものだと思いますが・・・」


「必ず町に還元するつもりですから、全部私の財産だなんて思ったこと一度もないですよ。王城より立派なお城を建てるんですから」


「実際に建てるのは我々建築隊ですが・・・」


「はっはっは!羨ましい話ですなぁ。まあ、わしらも他の村なんぞよりよっぽど裕福な暮らしができちょるのも、あの頃に面倒を見て下すったチェルバリオ閣下のおかげですわ、今でも感謝しちょりますし、ナナセ閣下にも期待しますぞい!」


「そうですか。ところでプルチアーニさん、数十年前から急にアブル村の工業製品の品質が良くなった理由、私気づいてますよ」


「ぎょっ」


「そういうの普通は口に出して言わない言葉ですっ!」


「ぎくっ」


「それもですっ!」


 さあ、地下に引きこもってるドワーフに会わせてもらおうか。

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